はじめに
テンサイは、大規模畑作地帯においてバレイショ、小麦、豆類を組み込む輪作上、重要な作物として位置付けられている。平成12年度の栽培面積は60,200haで近年減少傾向にあるが、その8割以上は十勝・網走地方で栽培されている(第1図)。十勝における一戸当りの作付面積は平均8.5ha前後であるが、栽培面積の4分の1をテンサイが占めている(第2図)。
少量散布は多量散布に比べ面積当りの散布作業時間は変わらないが、水・薬剤の補給時間および圃場から水補給場所までの移動回数(むだ時間)が少なくなり、この分だけ作業能率は向上する。更に水資源の節約と圃場踏圧の軽減も期待されることから農家の期待も大きい。
しかし、少量散布適応の殺菌剤や殺虫剤等の登録農薬が無かったことから、未だ普及に至ってはいないのが現状である。特にブームスプレーヤでは掛け合わせ部分での2倍量散布、枕地での重複散布により3倍の高濃度散布が想定される。十勝農試では、平成11年度よりテンサイの主要病害虫である褐斑病とヨトウムシに対する、10a当りの薬剤投下量(AI)を変えない少量散布法の防除効果、薬害発生の有無や作物残留毒性、土壌残留検定を行なっているので、その内容を紹介する。
▲第1図 北海道におけるテンサイの栽培状況(農林水産統計)
▲第2図 農家一戸当りの作付け動向(十勝:農業センサス)
1.散布装置について
(1)薬剤散布装置
使用されている農薬散布機はトラクタ直装型のブームスプレーヤが一般的で、低圧少量散布装置の噴霧ノズルはフラットタイプ(扇を広げた形状に噴霧)が使用され、ノズルの取り付け間隔は50cm前後、散布圧力は2~5bar(2~5kg/cm2、または0.3~0.5
MPa)である(第3図、第1表)。これに対し北海道で使用されている標準的なブームスプレーヤの噴霧ノズルは、コーンタイプ(円錐状に噴霧)やフラットタイプが使用され、ノズルの取り付け間隔は30cm、散布圧力は10~20kg/cm2(1.0~2.0
MPa)である。
薬剤散布装置 |
①低圧少量散布装置
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②畑作用ブームスプレーヤ
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型式 |
エアーアシストスプレーヤ
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高圧無気噴霧
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供試ノズル |
c.扇形散布ノズル
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a.一頭口 b.カニ目二頭口
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口径-噴板厚さ(mm) |
型番:4110-18
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0.7-0.3 0.7-0.5
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ノズル取り付け間隔 |
500mm
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300mm
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▲第1表 供試機の概要
▲第3図 供試した薬剤散布装置
①空気流を利用する低圧散布装置(エアーアシストスプレーヤ)
▲第3図 供試した薬剤散布装置
② 畑作用ブームスプレーヤ
(2)噴霧粒子径
畑作用ブームスプレーヤで使用した一頭口ノズル(a)とカニ目二頭口ノズル(b)の噴口径は0.7mmφであるが、噴板厚さが0.3mm、0.5mmと異なり平均粒子径では前者が0.05mmで噴板の厚さが厚い後者が0.09mmであった(第2表)。低圧少量散布装置(エアーアシストスプレーヤ)のノズルは扇型散布ノズル(c)で噴霧圧2kg/cm2での平均粒子径は0.127mmであり、
畑作用ブームスプレーヤで使用したノズルの2~3倍の大きさであった。
ノズル
種類
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圧力
(kg/cm3)
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最大粒径
(mm)
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平均粒径
(mm)
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a
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10
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0.27
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0.05
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b
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10
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0.28
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0.09
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c
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2
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0.55
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0.13
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(注)a.一頭口ノズル b.カニ目二頭口ノズル c.扇形散布ノズル
▲第2表 噴霧粒子径
(3)付着特性
各散布法による付着量を調査するためテンサイの葉の表裏面に直径85mmφのろ紙と感水紙を付け、石灰ボルドー400倍に希釈した散布液を散布し、付着量および被覆面積率を計測した。地上高さ40cmに水平に設置した感水紙の被覆面積率は10a当り散布量が100lで慣行ブーム、低圧エアアシスト散布とも100%であったのに対し、50l散布時で同様に80%、25l散布時で70~75%であり慣行ブームが5%多かった。Cu付着量の場合も、散布量に応じた付着が確認された(第3表)。
有効成分投下量(AI)を考慮すると、希釈倍率100l/10a散布を1とすると50l/10aで1.6倍、25l/10aで3.3倍の濃度であることからCu付着量を試算すると、両散布法とも散布量25l/10a区の付着割合が多い値を示した。
区分
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散布量
(l/10a)
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感水紙被覆面積率(%)
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Cu付着量(mg/ろ紙100cm3)
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表面
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裏面
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散布濃度一定
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AI一定資産値*
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慣行ブーム
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100
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100
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30
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0.817(100.0)
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0.817(100.0)
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50
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80
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13
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0.405(49.6)
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0.648(79.3)
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25
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75
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5
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0.282(34.5)
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0.931(113.9)
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低圧エアアシスト
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100
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100
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20
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0.850(104.0)
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0.850(104.0)
|
50
|
80
|
20
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0.412(50.4)
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0.659(80.7)
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25
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70
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10
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0.250(30.6)
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0.825(101.0)
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(注)
()内は慣行100l/10a散布時のろ紙付着量を100とした比率
* 100l/10a散布時の濃度を1とし、50l/10aは1.6倍、25l/10aは3.3倍濃度
▲第3表 付着量調査結果
2.防除効果
(1)褐斑病に対する散布特性
褐斑病の初発は7月18日(平年比-4日、2000年)に認められ、8月1半旬以降に病勢の急激な進展が見られた。8月8日に圃場全体の発病株率が98.9%、発病度18.3(指数0.5を設けている)に達したことから、翌日各散布装置およびノズルを用いて散布を行なった。なお希釈濃度は、慣行(100l/10a散布)の有効成分投下量の80%とした。
1回の散布後定期的に発病の推移を調査した結果、散布装置別には、マンゼブ水和剤の50l/10a散布で低圧エアアシスト散布区が他の散布装置と比較してやや効果が劣る傾向が見られた(第4図)。DMI系乳剤では同一散布量の散布装置間で効果差は少なく、25l/10aでは効果がやや劣る傾向も見られた。いずれの処理区も薬害は認められなかった(第5図、第6図)。
テンサイの葉は根際から仰角10度~90度まで傾斜しており、散布された液滴は流れ落ちやすい。特に噴霧粒子径が大きい低圧散布の場合は液滴が重なり合いながら根際や地面に落下しやすくなることから、低圧エアアシストの防除効果が慣行ブームの高圧散布に比較して若干劣る結果となったものと推察される。
▲第4図 マンゼブ水和剤の少量散布による防除効果(300倍、50l/10a散布)
▲第5図 EBI剤の少量散布による防除効果(1,500倍、100l/10a散布)
▲第6図 EBI剤の少量散布による防除効果 (300倍、25l/10a散布)
(2)ヨトウガに対する散布特性
ヨトウガの第1世代は、無処理区の食害程度が79と甚発生であった。薬剤散布後の食害程度はいずれの処理区ともに、無処理比で28~38と防除効果が認められた。また、薬剤、濃度、散布装置による防除効果の差は見られなかった。いずれの処理区も薬害は認められなかった(第7図)。
▲第7図 ヨトウガに対する防除効果
3.今後の検討課題
少量散布技術の普及には適応農薬の登録は勿論のことであるが、安定した防除効果を得るにあたり散布装置に対しては、①高圧散布、低圧散布の付着特性の解明、②タンク内での均一攪拌性や配管内で沈殿の有無とタンク残留量の確認法、更に慣行の多量散布(100l/10a)にも適応可能か否かの検討、農薬製剤上では、①高濃度で均一に希釈溶解が可能か、②配管内・ストレーナの網目やノズルの目詰まりの原因となる沈殿の有無、③展着剤や他の薬剤との親和性の確認が必要で、環境への影響に対しては、①微細な噴霧粒子の発生しないノズルの選定とドリフト(漂流飛散)の減少対策、②残液の適性処理法などを明確にする必要があり、それぞれについても現在検討中である。
(北海道立十勝農業試験場)
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