「オルトラン」それはわが国で最も知られた農薬の一つです。
農薬のことをほとんど知らなくてもオルトランの名前、そしてそれが素晴らしい殺虫剤であることを知っている人がたくさんいます。
私は入社して間もなくそのオルトランの開発や普及に関り、その後も発売28年目にあたる現在に至るまでいろいろな形で関係を持ち続けてきました。
農薬ガイド誌が、記念すべき第100号の発刊を迎えられるにあたり、オルトランの歴史に思いを馳せてみます。
(社)日本植物防疫協会発行の農薬要覧(2000年度版)によると、平成11農薬年度のオルトラン粒剤の出荷額は48.4億円、オルトラン水和剤は38.3億円、オルトラン液剤は1.2億円、オルトランナック水和剤は1.5億円で合計89.4億円となります。ほかに家庭園芸用の製剤も多数ありますから、出荷額はさらに増え、まさに日本を代表する殺虫剤である言っていいでしょう。
(株)アリスタ ライフサイエンス(現アリスタライフサイエンス社)と武田薬品とはその後ゼンターリを通じても関係がいっそう深まりましたが、特にオルトランは当社にとって最も重要な製品の一つとなっています。
私が、オルトランと初めて出会ったのは、まだ、Ortho-12420の試験番号で開発が進められていた頃のことです。
私はそのころ技術普及関係の業務を担当しており、開発部門の担当者と当時は大手町の東海朝日生命ビルにあったアリスタ ライフサイエンス社での会議に大変緊張しながら出席したことを覚えています。
オルトラン水和剤、粒剤の農薬登録は昭和48年10月30日で、その後も新たな剤型や混合剤が開発されました。適用拡大も積極的に行なわれ、オルトラン水和剤では登録時に8作物延べ24害虫であったものが現在では36作物90害虫に、オルトラン粒剤では4作物6害虫が20作物延べ42害虫にまで拡大されています。ここまで適用が広がるには、(株)アリスタ ライフサイエンス、北興化学工業(株)と武田薬品で組織するオルトラン普及会で計画して拡大したものばかりでなく、今で言うところの「中山間地域特産農作物等生産支援対策事業」で都道府県の指導機関の方々からの強い要望により、薬効薬害試験や作物残留試験の協力、データの提供を戴き拡大したものも含まれています。
また、色々な事情により、適用拡大が計画通りに進まず、指導機関の方からお叱りを受けながら拡大した作物も有ります。
私はオルトラン剤の開発にあたり、数多くの指導機関の先生方と面識ができ、聞きかじりながらある程度の専門的な知識を得ることができました。また、当時オルトランの原体メーカーであった米国シェブロン・ケミカル社に研修に行ったり、技術普及や開発の手順も身に付けたりすることができ、まさにオルトランは私にとって仕事を広げるための有り難い教師役でした。
今や、オルトランは、北海道のテンサイからバレイショ、野菜類、ブドウ、カンキツ、カキなどの果樹、茶、葉タバコ、花卉など幅広い作物に使われていますが、開発当初は果たしてどの位売れるか担当者として確たる根拠は有りませんでした。
私たちは、オルトランを発売するにあたり販売予測を立てたわけですが、どの作物にどの位普及できるだろうかを、作物別の栽培面積や調査の結果得られた散布回数、散布液量などから求めた需要量に目指すシェアを乗じて算出するという、今から考えればかなり荒っぽい方法でした。数年たってみると幸いなことに結果的にはそれほどかけ離れたことにはなりませんでした。
我々は当時、オルトラン水和剤が先に市場に定着し、粒剤の普及にはかなりの時間がかかるものと見ていました。水和剤は、目の前で害虫がコロリと落ちる速効性には欠けるものの、鱗翅目の老齢幼虫に強い殺虫力があり、また残効性にも優れると言うそれまでの薬剤にない特長をもっていましたので、それが直ちに指導者や使用者の方から受け入れられると考えたのです。
一方、粒剤の場合は半翅目害虫ばかりでなく鱗翅目害虫にも有効であるという特性がありましたが、従来の薬剤に比べ価格が2.5倍位するため、その良さが評価され、普及するにはかなりの年数がかかると考えたからです。しかし、案に相違し、発売後からの粒剤の伸長は目覚しいものがありました。
机の上で考えることとユーザーの方の求める価値判断の基準が異なることを実感したものです。
オルトランがここまで使用者の方に受け入れられたのはいくつかのオルトランの特性に帰すことが出来ます。
(1)吸汁性の害虫ばかりでなく、咀嚼性の害虫にも効果が高いこと
このような性質を持つ薬剤は散布剤では沢山有りますが、特に園芸作物用の粒剤では目新しいことでした。
(2)植物に対する安全性の高さ
オルトランは、一部のバラ科の果樹などを除いてほとんどの作物に薬害の心配が有りません。安心して使えるということが大きな特長となりました。
(3)残効性が長いこと
粒剤、水和剤のいずれもそれまでの薬剤に比べ、散布回数の低減が出来ました。「粒剤は3週間、水和剤は2週間の散布間隔」がわかりやすい宣伝文句となりました。
(4)予防的に使用できること
残効性の長いこととも関係しますが、優れた浸透移行性により害虫の発生前に使用しても十分な防除効果があることが高く評価されました。
水稲用の粒剤では、当時苗代処理といった防除法も有りましたが、園芸用の粒剤で植穴処理や作条処理、また葉面散布(トップドレッシング)によって、長期間害虫の発生を防止できるのはオルトランだけの特性でした。
オルトラン普及会で作成する印刷物に「おってもおらんでもオルトラン」というキャッチフレーズを使ったことがありましたが、まさにオルトランならではの文言でしょう。
(5)安全性の高さ
普通物であるばかりでなく、有機リン剤にも係らず甲殻類に魚毒性が低くA類であることも注目されました。
しかし、単に優れた効果だけで製品寿命を長く保つことは困難です。常に時代の要請に応える話題性を持っていること、またそれに伴う用途の開発を絶えず行なうことが必要でしょう。
オルトランの場合、チャノキイロアザミウマの被害が問題になった頃、いち早くその有効性が確認されミカンに広く使われるようになりましたし、また侵入害虫としてその防除対策が焦眉の急となったミカンキイロアザミウマやマメハモグリバエに実用化されたのもその一例です。
オルトランは、全国の農協、小売店、ホームセンター、園芸店等どこでも見ることができます。粒剤、水和剤のほかに、家庭園芸用にエアゾール剤、サクラなどの樹幹にカプセルを打ち込みアメリカシロヒトリなどを防除する「オルトランカプセル」もあります。
オルトランは、今後とも日本を代表する殺虫剤として、植物防疫に貢献し続けることでしょう。
今後も、農薬ガイド誌がオルトランとともに発展を続け、そして植物防疫に携わる人たちに有益な情報を提供され続けられることをお祈りいたします。
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