アリスタ通信 IPMの中での生物的防除の位置付けを再確認
 
 
IPMの中での生物的防除の位置付けを再確認
 
元 宮崎大学農学部 (現在 綾オーガニックスクール)
大野 和朗

はじめに
令和3年に農林水産省で策定された “みどりの食料システム戦略” では、「化学農薬のみに依存しない次世代総合的病害虫管理 (IPM) の確立と現場への実証等を通じた促進」 がうたわれている。殺虫剤を使わなくてすむような農薬・防除技術の開発として生物農薬、天敵等を含む生態系の相互作用の活用技術の開発が上げられている。生産現場では各種の生物的防除資材 (天敵製剤) が開発され、施設栽培を中心に農薬散布に追われ、苦しむ農家の助けとなりつつある。露地栽培でも、生物的防除の新しい戦略として保全的生物的防除が提案され、土着天敵の有効利用や強化のための技術が開発されつつある。農林水産省で策定された “みどりの食料システム戦略” が目標とする化学農薬使用量の大幅な低減や有機農業の大幅な拡大を実現する上で、天敵利用が果たす役割は大きい。本稿では、慣行的なIPM体系と最終目標である環境負荷が小さく、生物多様性に優しいIPM体系を、生物的防除技術の位置付けとの関連から考えてみたい。


基本的な生物ピラミッド ~各種技術の組み合わせ方が重要
総合的害虫管理には多様な定義が存在しているが (Bajwa & Kogan, 2002)、IPMの実行性やIPMそのものの妥当性に関する疑問も示されてきた。その問題点を詳細に議論することは避けるが、以下では “相互に矛盾しないように多様な防除手段を組み合わせる” というIPM体系の重要な概念を確認するため、IPM本来の機能を高めるような階層性 (Naranjo, 2002) を重視するという点からIPMピラミッドを用いて説明する。まず、分かりやすい例として、アメリカのコーネル大学で提供されている作物栽培に関するアドバイザー認証試験用教材のIPMピラミッドを図1に示す。このIPMピラミッドは上段の化学的防除が選択性農薬と非選択性農薬に分割されている点をのぞけば、耕種的防除から、物理的防除、生物的防除、化学的防除が積み重ねられた、普通に目にすることができる形である。害虫に対する防除が必要となった場合、まず選択性農薬を優先的に使用し、それでも抑えられない場合に非選択性農薬を散布するという手順を示している。この選択性農薬の利用は天敵が関わっている場合であり、天敵の発生がない圃場では最初から非選択性農薬を使用することになる。


IPMの理想と現実のギャップ
IPMに関してさまざまな批判がなされてきた。例えば、モニタリングの難しさ、経済的被害許容水準や要防除密度に関する研究の欠落、その結果として防除の意思決定が生産者の判断、経験にまかされていること、要防除密度が確立されても、その後の栽培品種や栽培方法、栽培技術の変化にともなう修正がなされていないことなどである  (Hokkanen, 2012)。また、生産者にとって技術的に難しすぎるため、実行性に乏しいことなどである。その結果、IPMピラミッドは本来の理想(図2左)とかけ離れ、化学的防除に大きく依存したIPMが現実となっている(図2右)。図1の単純なIPMピラミッドに比べ、この図2では二段目に発生予察やそれに基づく要防除密度など農薬散布の意思決定が位置付けられている。図2左の理想的なIPMピラミッドで示されるように、耕種的防除や植生管理、天敵の保護などの予防的な取組により問題となるレベル以下に害虫を抑えるための予防的防除手段(最下段)に重きが置かれる(図2左)。直接的な防除手段として化学的防除が最上段に位置付けられている。実際の慣行的なIPM体系(図2右)では、最上段の化学的防除の占める役割が圧倒的に高く、逆ピラミッドになっている。生物的防除に比べ、化学的防除は生産者にとって使いやすく、抵抗性害虫の問題がなければ、効果も高く、安定していることも理由と考えられる。一方、施設での天敵利用はこの10年で利用しやすい、効果の安定した天敵製剤も開発されているが、露地栽培での天敵利用は生産者にとって難しい技術であることは間違いない。
図2 50年近く推奨されてきたIPM体系(左)と生産現場での一般的なIPM体系(右)とのギャップ.Hokkanen(2015)を一部改変(大野)
図2 50年近く推奨されてきたIPM体系(左)と生産現場での一般的なIPM体系(右)とのギャップ.Hokkanen(2015)を一部改変(大野)

持続的なIPMピラミッドでは、植生管理や栽培管理などの予防的取組を実施した上で、害虫の被害が問題化した場合の最終解決手段 (last resort) として化学的防除が位置付けられている (Flint et al.,1991; Hokkanen, 2015; Frische et al., 2018)。大幅な農薬低減と持続可能な農業生産の展開を強力に推進してきたEUの取組例として、IPMピラミッドを図3に示した (Frische et al., 2018)。生物的防除の中でも、放飼増強法(天敵製剤の利用, augmentative BC) はIPMピラミッドの中段の直接的防除に位置付けられている。
一方、地域で自然に発生する土着天敵の保護・強化を進める保全的生物的防除 (conservation BC) は、害虫が発生し難い栽培圃場を作るための植生管理などと同じ予防的取組に位置付けされている。
図3 総合的植物保護の基本原理 Frische et al. (2018)を基に一部修正(大野)
図3 総合的植物保護の基本原理 Frische et al. (2018)を基に一部修正(大野)

この予防的取組に関する研究や技術開発は大きく遅れているように思えるが、選択性農薬による天敵の保護だけでもIPM体系での減農薬栽培は可能である。露地ナス栽培では、永井(1991) により有効性が実証され、さまざまな地域の農家圃場で実証試験が行われてきた (例えば、Takemoto & Ohno, 1996; Ohno & Takemoto, 1997;井村,2020)。さらに、露地栽培オクラでの天敵保護と強化を組入れたIPM体系(柿元ら,2015,2016) では、IPMピラミッドで示される段階1の要素を加えた取組となっている。このように、わが国でも、化学農薬との整合性を高めた、天敵保護によるIPM体系が普及技術として生産現場で確立されつつある。

有機農業におけるIPM
みどりの食料システム戦略に掲げられた有機栽培の拡大を進める上で、有機栽培でも多様な防除手段を組み合わせる必要があり、有機認証農薬が最上段に位置付けられる。有機栽培での土着天敵利用を含めた害虫管理の問題点は、有機栽培という外的要因によるかく乱が少ない系での植食性昆虫(害虫やただの虫)、天敵の動態に関する知見が圧倒的に少ないということである。有機栽培でのIPMでは天敵温存植物やおとり作物、間作栽培、カバークロップなどを組入れた予防的取組が重要性を増す (Wyss et al., 2005)。害虫の発生を予防的に抑える技術の研究、実証が急がれるが、緑肥作物やカバークロップなどの普及率は海外に比べると日本では低い。さらに、天敵の保護強化を目的とした植生管理 (天敵に対しては生息場所管理) をすることのメリットは計り知れないものがあるが、直接的な利益として農家に植生管理などの取組への動機付けとなりえるだけの実証データを示す必要がある。農家圃場において個々の害虫に対する防除を組立てる取組はIPMではレベル1に相当する。しかし、作物に発生する害虫群集全体を捉えたレベル2、それを産地や栽培グループで取組むとレベル3のIPMになる (Kogan, 1998; Peterson et al., 2018)。有機栽培圃場での植生管理を含め地域で土着天敵の保護強化が進むことで、 地域や栽培グループでの利益を示すことができれば有機栽培での植生管理・生息場所管理を含めたみどりの食料システム戦略の推進につながるかもしれない。

図4 有機栽培における総合的害虫管理(IPM) Wyss et al.(2005)、Zehnder et al.(2006)を基に一部修正
図4 有機栽培における総合的害虫管理(IPM)  Wyss et al.(2005)、Zehnder et al.(2006)を基に一部修正

参考文献
Bajwa, W. I., & Kogan, M. (2002). Compendium of IPM Definitions (CID)-What is IPM and how is it defined in the Worldwide Literature. IPPC publication, 1-14.

Frische, T., Egerer, S., Matezki, S., Pickl, C., & Wogram, J. (2018). 5-Point programme for sustainable plant protection. Environmental Sciences Europe, 30, 1-17.

Kogan, M. (1998). Integrated pest management: historical perspectives and contemporary developments. Annual review of entomology, 43(1), 243-270.

草間直人, & 山中聡. (2020). 全国における IPM 体系の確立と普及に向けた普及指導機関からのアプローチ. 日本応用動物昆虫学会誌, 64 (3), 93-106.

Naranjo, S. E. (2001). Conservation and evaluation of natural enemies in IPM systems for Bemisia tabaci. Crop protection, 20(9), 835-852.

Peterson, R. K., Higley, L. G., & Pedigo, L. P. (2018). Whatever happened to IPM?. American Entomologist, 64(3), 146-150.

Wyss, E., Luka, H., Pfiffner, L., Schlatter, C., Gabriela, U., & Daniel, C. (2005). Approaches to pest management in organic agriculture: a case study in European apple orchards. Cab International: Organic-Research. com May, 33N-36N.

Zehnder, G., Gurr, G. M., Kühne, S., Wade, M. R., Wratten, S. D., & Wyss, E. (2007). Arthropod pest management in organic crops. Annu. Rev. Entomol., 52, 57-80.

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