アリスタ通信 <普及員の声>「IPMとGAPの親和性~持続可能な農業経営を目指して~」
 
 
<普及員の声>「IPMとGAPの親和性~持続可能な農業経営を目指して~」
 
宮城県亘理農業改良普及センター
伊藤 博祐(ASIAGAP指導員、IPMアドバイザー)

【GAPの中のIPM】
Good Agricultural Practices(GAP)は直訳すると 「良い農業の実践」 となりますが、一般には  「適正農業規範」や 「農業生産工程管理」 といった日本語が当てられます。GAPは、5つの柱「食品安全」「環境保全」「労働安全」「人権保護」「動物福祉」  に配慮しつつ良い農業が実践できるような、“持続可能な農業経営” を行うための手法のことです。GAPの理念をみると、IPMと非常に親和性が高いことに気づきます。例えばASIAGAP総合規則Ver2.3改定第1版の「理念」では、

「人間と地球の利潤の間に矛盾のない農業生産の確立」
「環境に配慮した農業」
「農産物の安全を確保して消費者を守り、地球環境を保全し、同時に持続的な農業経営を確立すること」

と述べられており、環境に配慮した農業生産の一環としてIPMに必ず取り組むことになっています。
ほかのGAP認証基準書にも、同様の趣旨が記されています。
別の視点からも、IPMとGAPの高い親和性を窺うことができます。

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GAPに取り組む際は、先に示した5つの柱をさらに具体的な行動に落とし込んでいきますが、その手法として、プロセスアプローチを活用します。
プロセスアプローチは、QMS (Quality Management System、品質マネジメントシステム) やHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point、危害要因分析に基づく必須管理点) でも用いられている手法です。

<普及員の声>「IPMとGAPの親和性~持続可能な農業経営を目指して~」 プロセスアプローチは「PDCAサイクル」をらせん状にスパイラルアップしていく手法で、「PDCA」はそれぞれ、Plan = 計画、Do = 実行、Check = 検証、Action = 改善 を指しています。
IPM (IPMの“M”は、文字通り“Management”ですね!) には、3つの基本的な取組である 「予防」 「判断(モニタリングと評価)」 「介入」 がありますが、これらを 「予防」 →「判断(モニタリングと評価)」 →「介入」の順にスパイラルアップして運用するマネジメントシステムの1つがIPMであるともいえます。
このように、IPMとGAPは主要な理念や方法が共通しており、高い親和性を持つと考えられます。

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【「Integrated Pest Management」の語の意を改めて考える】
ここで、「Integrated Pest Management(IPM)」 という用語の意味を改めて考えてみます。

「Integrated」
農水省は 「総合的~」 としていますが、Integratedの日本語訳としては、一般に 「統合的」が用いられます。「総合」 と 「統合」は似た意味を持ちますが、
「総合: 多くのばらばらな物を全体として大きく一つにまとめること。」
「統合: 二つ以上のものをまとめて一つにすること。」
と、厳密には異なる意味となります。農業に当てはめると、「総合」は様々な技術を単に寄せ集めたもの、「統合」は様々な技術を1つの技術体系として組み直したもの、と考えてもよいでしょう。

「Pest」
pestの日本語訳は一般に 「害虫」が用いられますが、ここでは農業生産において有害な生物一般を対象とみなして、「有害生物」 と表現されることが多いです。農水省では、「病害虫・雑草」 と表現しています。

「Management」
managementの日本語訳は 「経営、管理」 が一般ですが、経営を考える上では、P. F. ドラッカーによる次のような定義を考慮すべきでしょう。
「組織の成果を上げさせるための道具・機能・機関」
「組織が機能し、それぞれの使命を遂行することを可能とする機関」
「組織」 を「有害生物対策(防除)」 に置き換えると、managementは 「有害生物対策(防除)の成果を上げるための道具・機能(・機関)」 と表現できると思います。「有害生物対策(防除)」 自体は農業経営上の手段の一つに過ぎないわけですから、最終的には 「農業経営で成果を上げるための道具・機能(・機関)」と言い換えることができるでしょう。

なお、QMS認証の1つISO9000では、マネジメントシステムを 「方針及び目標を定め、その目標を達成するためのシステム」、システムを 「相互に関連する又は相互に作用する要素の集まり」 と定義しています。

以上のように各単語の意味を考えた上で、もう一度「IPM」の意味・目的を考えると、「様々な手段を一つの技術体系として組み立てて、有害生物対策の成果を上げるための道具・機能(・機関)」と言い換えることができると思います。

ここで強調したいのは、「単にIPM技術といわれる手段を導入すればIPMに取り組んでいるわけではなく、一つの技術体系として組み立てる必要がある」、ということです。導入する各技術についても、「それぞれの使命を遂行するための目的」があるはずですので、導入の際にはその目的をしっかり考える必要があります。


【IPMやGAPを取り組むうえでの留意点】
GAP認証の基準書には多くの要求事項が示されていますが、一つ一つみていくと、すでに農場で取り組まれている内容も少なくありません。GAPの審査員やコンサルタントの多くは、「GAP認証取得に向けた取組を始める前から、ほとんど農場は多くの要求事項にすでに取り組んでいる。」 と指摘しています。

これはIPMについても同様で、意識してなくともIPMはどの農場でも取り組んでいるはずです。例えば、前作の反省を次作の防除対策に活かすのは 「判断(モニタリングと評価)」 に該当しますし、斑点米カメムシ類の発生時期に合わせて行う水稲畦畔の雑草管理は 「予防」 に該当します。また、ほ場の排水対策は収量確保や品質向上とともに土壌病害対策にもなり、やはり 「予防」 に該当します。このように、日ごろ何気なく行っている作業が、そのままIPM取組にもなっている場合が少なくありません。「自農場ではなかなかIPM取組ができていないなぁ」 と感じていても、普段の農作業を振り返ってみると、一つか二つは IPMといえる取組が思い浮かぶはずです。そうした点を足掛かりとして、よりIPMを意識した有害生物対策を進めることが、GAP取組を醸成することにも繋がります。

ただし、GAP・IPMとも持続可能な農業経営のツールですから、農業経営が成り立たないような無理な取組は行うべきではありません。IPMの最終目的は 「人間や環境への影響を考慮しながら “健全な農作物の安定生産” を行うこと」 ですので、無理な技術導入で農業経営にマイナスの影響を及ぼすようなことはあってはならないことです。まずは、各農場で取組可能な手段から少しずつ実施し、効果検証の上で持続可能な農業経営を目指していくことが重要です。

IPMとGAPを関連付けた考え方や具体的な手法については、三重県の鈴木啓史さんが月刊「植物防疫」2019年10月号で 「GAPにおけるIPMと薬剤抵抗性病害虫管理」 と題して提案していますので、詳しく知りたい方はそちらをご参照ください。
鈴木さんは、IPMとGAPの関係を、「GAPを用いたIPMの実践」として、次のようにまとめています。

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【IPMにおけるPDCAサイクル】
ここまで述べてきた内容を、「IPMにおけるPDCAサイクル」 として図示すると、次のようなイメージになります。これは、ISO9001のセクター規格である食品安全マネジメントシステムのISO22000で提案されているPDCAサイクルと同じイメージになっています。IPMが、GAPやQMSといったプロセスアプローチと高い親和性を持っていることが、このイメージからも窺うことができます。

「アリスタ通信」読者の皆様は、すでにIPMに取り組んでいる、あるいはIPM取組支援を行っている方々だと思います。IPMの取組方法を活かせば、GAPに取り組むことは決して難しいことではありません。「持続可能な農業経営」 の定着を目指して、IPMを足掛かりにGAPにも取り組んでみてはいかがでしょうか。

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※2023年8月8日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。