アリスタ通信 化学農薬のミツバチへのリスク評価について
 
 
化学農薬のミツバチへのリスク評価について
 
日本農薬株式会社 海外営業本部本部長
大阪市立大学理学研究科、客員教授
元場 一彦

1. はじめに
ミツバチは蜂蜜他の生産のみならず、農業場面において送粉者として重要な役割を担っており、その減少は農業生産に大きな影響を及ぼしうる。欧米では2000年代よりミツバチの大量死、いわゆる Colony Collapse Disorder (CCD、蜂群崩壊症) の発生が報告され、主な要因として、栄養不足、ダニ等の寄生虫や害虫、病気等のほか、農薬の影響の可能性が指摘された。このため実際に各種の規制が導入され、特に欧州においては科学的根拠が判然としないにも関わらず1)、予防原則に則り全てのネオニコチノイド系薬剤の屋外使用登録が失効となっている。その一方で、現在に至るまで緊急登録制度による一部ネオニコチノイド系薬剤の使用 (屋外の種子処理) が継続していることには注意が必要である。

農林水産省は、日本においては CCD とは認められないもののミツバチが減少(死亡)する事案は発生しており、その中には農薬が原因と疑われるものもあると報告2)、2013年度から 2015年度までの3年間、農薬が原因と疑われるミツバチ被害発生事例の全国調査を行っている。その結果、CCDに比し減少(死亡)する個体数が少数の例がほとんどであり、農薬が原因と疑われるミツバチ被害の発生は夏季の水稲カメムシ防除時期に集中することが明らかとなった (図1参照)3)。

被害発生の時期および地域性から、 飛来したミツバチが水稲のカメムシ防除に使用された殺虫剤に直接暴露されたことが原因である可能性が指摘されている3、4)。本来、水稲は花蜜を分泌せず開花期間も限定的であるため、ミツバチにとってそれほど魅力的な植物ではないと思われるが、水稲開花期に他の蜜源植物の開花が乏しいことが上記の一因であると推察される。

従前、日本においては成虫に対する経口・経皮毒性試験のみが農薬登録に際しての要件であり、ハザード評価に基づくラベル注意事項を付すのみで登録されていた。しかしながら農薬取締法の一部を改正する法律 (2018年公示・施行、2020年第二弾施行) では、ミツバチへの被害軽減を目的にミツバチへの影響評価が、毒性の程度に加え暴露の形態・程度を加味したリスク評価へと変更されている。既に農林水産省はミツバチ被害の軽減のため、①農薬使用者と養蜂家の間の情報共有、②養蜂家による巣箱の退避・巣門の閉鎖等の対策、③農薬使用者による農薬の使用の工夫 (ミツバチの活動が盛んな時間帯を避けた使用等) 等の対策を都道府県に指導してきており、一定の効果がみられていることを報告しているが2)、さらに安全性を高めることを図ったことになる。

化学農薬のミツバチへのリスク評価について

本稿では、新たに導入されているミツバチへのリスク評価に関し、①その手法概要、②高次評価の手法、③その内包する問題点、および④既登録剤への想定影響等について概観する。

2. ミツバチリスク評価手法概要
日本におけるミツバチに対するリスク評価手法は概ねUS EPA の手法に則り、暴露推定に際しての各種パラメータも同様となっている。この内容は “農薬のミツバチへの影響評価ガイダンス” 3) として取りまとめられ第25回農業資材審議会農薬分科会 (2021年4月) 配布資料として公表されており、以下にその概要をまとめた。

1) 評価の枠組み
従前、成虫に対する直接的暴露による毒性のみを評価していたが、今回は外勤蜂が採集した花蜜・花粉を巣内の幼虫・成虫が摂餌することによる間接的暴露も評価対象とされている。評価は段階的に行い (Tier制)、個々の蜂を用いた影響評価 (第1段階評価) と蜂群に対する影響評価 (第2段階評価) の 2段階の評価が可能とされている。第1段階評価では蜂群を構成する個々の蜂を用いた試験結果による毒性指標を、暴露経路や使用方法を考慮した推定暴露量と比較することにより実施され、暴露量には推定値が用いられるが、必要に応じ圃場試験の実施(すなわち実測)による暴露推定の精緻化も可能とされている。第1段階の蜂個体を用いた評価の結果、リスクが懸念される水準 (後述) を超過する場合、第2段階として蜂群単位での影響評価を行うことが可能である。

2) 毒性評価
ミツバチに対する毒性試験は成虫を対象とするものと幼虫を対象とするものに大別され、暴露経路は経口暴露と接触(経皮)暴露に大別される。さらに、暴露形態として単回暴露と反復暴露があり得るが、幼虫試験の場合、幼虫が餌中で生育することから経口および接触暴露の区別なく、経口毒性試験として扱われる。下表に各試験が要求される条件等を一覧とした。


化学農薬のミツバチへのリスク評価について

上記の試験のうち成虫の単回接触毒性試験以外は新たな試験要求であり、国内・国外を問わずミツバチ試験を実施可能な試験機関が限られていること等に配慮し、原体再評価 1巡目の評価では既に試験成績を保有するか、または成虫の単回接触毒性試験の結果、ミツバチに対して一定以上の毒性 (11μg /bee 未満)を有する農薬及び脱皮阻害等を起こすことで幼虫への影響が懸念される昆虫成長制御剤についてのみ対応が必須とされている。このため、その他の剤については、原体再評価 2巡目までの時間的猶予が与えられていることになる。また、農薬の剤型および使用方法からみてミツバチが経口的に暴露されないと想定される場合 (例えば施設内使用、開花しないあるいはミツバチが訪花しない作物への適用) には経口試験は要求から除外される。一方、成虫接触毒性試験は化合物の特性を推し量るために、必須の要件とされている。

詳細は後述するが、成虫反復経口毒性試験については成虫単回経口毒性結果に基づくリスク評価結果が一定の水準 (RQ, Risk Quotient 0.04を超過) する場合に要求される。
上記の単回試験では得られたLD50 (原則として成虫では48時間後、幼虫では72時間後) を、反復経口試験ではLDD50 (Lethal Daily Dose、10日後) を毒性指標として用いる。

3) 暴露評価
暴露量は茎葉散布、土壌処理、および種子処理の3シナリオに基づき推定され、何れでもない処理方法(例えば、樹幹注入) についても、この3通りのいずれかに当てはめ暴露量を推定することが求められる。接触暴露の暴露量は茎葉散布についてのみが該当となり、経口暴露については上記3シナリオ全てで該当となる。推定暴露量は初期においては予測式を用いた推定値を、精緻化が必要となる場合には圃場試験に基づく花粉・花蜜残留実測値に基づく値を用いることができるが、後者の実測値に基づく暴露評価の問題点については後述する。

①接触暴露量: ミツバチ1頭あたりの薬液付着量を70nLとし、これに散布液中有効成分濃度を乗じて暴露量とする。尚、実際の付着データがある場合には、当該データの適用も可能とされている。

化学農薬のミツバチへのリスク評価について

化学農薬のミツバチへのリスク評価について


4) リスク判定
推定暴露量を毒性指標値で除した数値 (RQ) が、蜂個体(成虫、幼虫)への影響が懸念される水準として設定された0.4を超過しないことをもってリスクが受容可能であると判断する。この0.4という水準が設定された根拠は、LD50と LD10 の比が経験的に概ね0.4であること、および10%程度の死亡については蜂群の維持に影響しないレベルであると想定されることから設定された5)。反復暴露の場合、まず成虫単回経口暴露試験 LD50を用い、評価水準を0.04とした評価を行い、これを超過した場合、成虫反復経口毒性試験の実施と得られた LDD50に基づく評価が要求される。

3. 高次評価
前節で解説した初期のリスク評価において、RQが0.4を超過しリスク受容可能とならなかった場合には、高次試験による暴露や蜂群への影響程度の実証が求められる。代表的な高次試験に前者では花蜜・ 花粉への残留試験による暴露量の実証が、後者ではOECD GDに規定されるトンネル(半野外) 試験がある。以下に各試験の概要を記す。

1) 実測値を用いた暴露量の精緻化
経口暴露の評価において、花粉・花蜜への残留量を推計するための予測式 (表3) に代えて花粉・花蜜残留試験の実測値、あるいはそれに準じた成績 (例:花粉・花蜜の残留量が類推可能な作物残留試験成績) を用いることにより推定暴露量を精緻化することが可能であるとされている。このような試験を実施するには対象作物から分析可能な量の花粉・花蜜が採取できることが前提であるが、植物種によってはこれが困難となるケースもある6)。これへの対応として、第二回農業資材審議会農薬分科会・農薬蜜蜂影響評価部会 (2021年12月) では事務局から、”原則として、花弁を含む花全体での花粉・花蜜の残留値の代替を可能とし、花粉で花蜜の残留値の代替を可能とするが、申請者が代替可能との判断に至った考察は付すものとする。” という代替え案が提案されている。一方、複数の作物を作物グループの代表植物の成績をもって代替えするには、“作物の性質等を考慮し、グループ内で(使用する植物種の)残留値が最大であることが予想されることを示すこと” が求められている。この “残留が最大であること” を試験を実施せずに示すことは極めて困難であり、実際には適用作物が単一あるいはごく少数にとどまる剤にしか残留の実測による精緻化は適用できない状況にある。また、当然の帰結であるが処理により供試植物が枯死しうる除草剤についても、当該試験での暴露推計の精緻化は不可能であると思われる。

2) 蜂群への影響評価 (第2段階評価)
欧米では半野外 (Semi-field) 試験および野外 (Full-field) 試験が実施されているが、後者については、広大な  面積(EPPO 170(4) の試験では、1区0.25~1haの試験区を 2~3 kmの間隔をあけ2区設置) を要する試験であり、 日本での実施はほぼ不可能と考えられ、また 試験の前提が、モザイク状に面積が小さい圃場が存在し、多様な作物が多様な管理下で栽培される日本の農業景観と大きく異なることから推奨はされない。半野外試験にはトンネル試験 (Honey Bee Brood Test under Semi-field Conditions in Tunnels, OECD 75) あるいは自由採餌試験 (Oomen法) 7) が推奨されている。いずれの試験も半野外条件 (例えば4 x 10mのビニールトンネル) 内に生育させた植物 (一般的にハゼリソウ (Phacelia tanacetifolia) が頻用される、図2参照) に薬剤を処理 (無処理区、対象区、および処理区の3区、3反復) し、巣箱を設置することで暴露を行い、28日間に亘り生死、飛行強度、蜂群の発達、花粉・花蜜への残留等を調査する大掛かりな試験となる。本試験については適用作物での実施は求められていないことから、最大薬量におけるハゼリソウの試験成績のみですべての適用がカバーされるが、本試験についても除草剤には適用困難であることには注意が必要である。

図 2. トンネル試験風景
図 2. トンネル試験風景

4. リスク管理措置
前項に示したリスク判定において影響が懸念される水準を超過した場合にあっては、暴露推計の精緻化を図るあるいは蜂群に対する高次試験・評価を行うか、それらを行ってもなおリスクが懸念水準を超過する場合にはリスク管理措置を導入せねばならない。このリスク管理措置により、リスク評価が懸念される水準を下回れば登録可能と判断されるのであるが、とりうるリスク管理の例を以下に示す。開花期、即ち ミツバチの訪花時の使用を避けることが主体となるが、野外の果菜等では移行性のある薬剤については実質的に使用する時期は無くなる等の問題点もあり、実用に耐えうるリスク管理となりえるか否かは疑問である。
使用濃度あるいは量を下げる
→効果が担保できるのか?
接触暴露を避けるため、開花期を避け使用する
→実際の使用時期と整合性があるか?
接触暴露を避けるため、ミツバチが暴露しないような剤型(粒剤など)に変更する
→効果が担保できるのか?
経口暴露を避けるため、開花期終了後に使用する
→果菜等では開花が連続するため適用不可
ミツバチが暴露しないような使用場所(倉庫や施設)に限定する
→屋外使用は登録削除せざるを得ない

5. 今回提示されているリスク評価が内包する課題
リスク評価手法の項で説明したとおり、今回の経口暴露におけるリスク評価の前提は、ミツバチの食餌となる花粉・花蜜は、全て評価対象となる農薬を使用した圃場から採取されることが前提となっている。これは欧米の如く単一の作物が大規模に栽培されている場合には適切な前提であろう。しかし、日本の農業景観を考慮した場合、リスク評価の前提としてはいささか過剰気味にも映る。また、農林水産省自身が実績を上げていると自賛している指導 (“1.はじめに” の項参照) についてもリスク管理措置としては認められておらず、若干の矛盾が感じられる。
高次のトンネル試験では、評価する農薬の適用作物に関わらずハゼリソウでの試験実施が許容されている。これは、ミツバチがハゼリソウを好むため最大の暴露を受けることが理由であると説明されている6)。しかしトンネル試験は閉鎖系であることから、ミツバチは嗜好性とは無関係に試験区内のハゼリソウから採蜜するしかなく、前記の説明には少々無理があると思われる。むしろハゼリソウが花粉・花蜜へ最大の残留を示すことが前提であれば、ハゼリソウでの試験結果をもって他の適用作物での安全性を示したことになり理解しやすいが、この場合ハゼリソウを用いた花粉・花蜜残留値をリスク評価に用いることを許容せざるを得ないことになる(さもないと自己撞着となる!)。現状では、申請者は試験成績が受け入れられないリスクを冒してまで花粉・花蜜残留試験  (トンネル試験よりも簡易・迅速) を行うより、トンネル試験を行うという選択肢をとらざるを得ない状況にあり、花粉・花蜜残留試験成績として受け入れられる供試植物種  (植物群を代表する) の具体的提示を強く要望したい。


6. ミツバチリスク評価導入により想定される影響

未だ大多数の剤の評価結果は未公表であり、今後どのような影響が表れるかは未詳であるが、初期のリスク評価が懸念ありとの結果を与えた場合には、高価かつ実施施設の限られるトンネル試験の実施が不可避となる可能性が高い。今後このような経済的負担に耐えきれず、試験の実施を断念・登録失効に至る剤や適用が増えることも想定される。このような状況下、防除手段の減少で抵抗性管理のためのローテーションや適正な防除水準が維持できるのかには不安を感じざるを得ない。
また、行政が新たに規制を導入する際には Regulatory Impact Assessment (RIA) が行われ、その影響と効果が定量的に評価されるべきであるが8)、今回の規制に関してRIAは行われていないか、あるいは結果は公表されておらず、今回のリスク評価導入とその対応に費やされた資源 (資金・時間) が本当にミツバチ保護に有効であったかを評価する術はないことが残念である。


7. 今後にむけて
ミツバチはハチミツ等の産物の生産のみならず、野生ハナバチ、一部の甲虫等とともに送粉者として生態系サービスに極めて重要であることから、これらに対する農薬の影響を受容可能な程度にとどめることは必須であり、許容できない影響を与えうる農薬が淘汰されて行くことは当然の帰結であろう。このためにもミツバチリスク評価の導入自身は評価されるが、一方でそのリスク評価が保守的に過ぎ、有用な農薬までもが経済的事由で失効するならば本末転倒であろう。また、いくら高次試験に資源を投入し暴露推計の精緻化や影響程度の実証を試みても、実環境中でミツバチが暴露する農薬の量が減少することはない、すなわち現実のミツバチに対するリスク・影響が減じることはないことを強調しておきたい。ミツバチを含む送粉者の維持を図るなら、保守的なリスク評価への対応ために費消される資源の一部でも、現実に影響・暴露を低下させるような施策に振り向けるほうが得策ではないだろうか。例えば、ミツバチの良好な生息地すなわち、植生に多様性があり周年蜜源植物の開花が期待でき農薬散布されない環境を確保すれば、冒頭に示したような事例、例えば蜜源植物が乏しいために農耕地に飛来し暴露を受ける機会も減らせ、結果的にミツバチを保護することに役立つと考えられる。事実、米国ではUSDAの主導のもと2014年から Honey Bee Habitat Initiative9) として、農耕地の一部を蜜源植物の栽培にあて、これに対し補助金を支給する事業が実践に移され、成果を上げている。日本でも玉川大学の中村教授が  “耕作放棄地をお花畑に” という活動を提唱されている10)。
実際の使用場面では、農林水産省自身も述べているように、養蜂者側と農薬使用者側の情報共有等で ミツバチの事故件数は低減している。今後、今回導入されたミツバチリスク評価手法がブラッシュアップされ、さらにバランスの良い規制になることを期待したい。
尚、本稿に記された意見等は全て著者の個人的見解に基づくものであり、著者の属する組織とは無関係であることにご留意頂きたい。

8. 参考文献
1) https://cordis.europa.eu/project/id/244956/reporting/fr 
2) https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_mitubati/honeybee_survey.html 
3) https://www.maff.go.jp/j/council/sizai/nouyaku/attach/pdf/25-8.pdf 
4) https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nilgs/053347.html 
5) U.S.EPA(2014), Guidance for Assessing Pesticide Risks to Bees, p.32
https://www.epa.gov/sites/default/files/2014-06/documents/pollinator_risk_assessment_guidance
_06_19_14.pdf
6) https://www.maff.go.jp/j/council/sizai/attach/pdf/index-50.pdf
7) OOMEN, P. A., A. DE RUIJTER, and J. VAN DER STEEN (1992): Method for honeybee brood feeding
tests with insect growth-regulating insecticides. Bulletin OEPP/EPPO Bulletin 22, 613–616.
8) 岸本充生 (2018)、Journal of Life Cycle Assessment, Japan, Vol.14 No.4, P. 277-283.
9) https://www.fsa.usda.gov/Assets/USDA-FSA-Public/usdafiles/FactSheets/archived-fact- sheets/honey_bee_habitat_initiative_jul2015.pdf
10) https://tamagawa-cs.jp/lib/pdf/page/goods-list/flower-field2021.pdf



※2023年2月9日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。