④欧米の施設栽培のIPMの普及の背景
欧米での施設栽培でのIPM普及の理由は、生産者サイドでは害虫の薬剤抵抗性の発達の対策、消費者サイドでは薬剤残留の懸念と思われる。また新規薬剤の開発が難しくなってきていることも、背景として考えられる。IPM体系の構築の際にも、当初は天敵放飼と選択性殺虫剤の利用などの組合せで体系化していたが、できるだけ化学農薬を天敵利用に置き換えようとしている。選択性殺虫剤に対して、害虫が抵抗性を発達させることを懸念しているのかもしれない。TYLCVなどタバココナジラミが媒介するウイルスの対策にしても、薬剤だけに頼った防除は不可能であり、防虫ネットなどの物理的防除法、罹病株の除去など耕種的防除法と天敵利用を組み合わせたIPMが推奨されている。天敵放飼は野外に存在するコナジラミの密度を下げるのに役立つし、施設内でも一次感染は防げないが、二次感染による蔓延防止には役立つ。
⑤日本における施設栽培におけるIPMの現状
現在の施設栽培におけるIPMは、作物別に病害虫を対象に天敵や生物的防除手段を基幹技術として開発されている。天敵の利用を基幹技術とする場合、農薬の施用だけではなく、栽培技術、作物の種類や品種まで考慮に入れる必要がある。しかし、作物によって天敵の普及程度には偏りがあり、ナス、ピーマン、イチゴでは比較的は普及しているが、キュウリやトマトでは普及が遅れている。キュウリでの天敵利用が普及しないのは、作型によっては栽培期間が短いことも関連していると思われる。トマトであまり普及していないのには、ウイルス病の蔓延に関する危惧が関係していると思われる。天敵農薬の販売額からみて、最も利用されている天敵はカブリダニ類(スワルスキーカブリダニ、ミヤコカブリダニ、チリカブリダニ)である。一方、生物農薬として登録を取らなくても、同じ都道府県内なら土着天敵を増殖して、特定農薬として利用することが可能となり、最近高知県など西日本で普及している。土着の雑食性カスミカメムシ類が植物を利用して増殖ハウスで増殖された後、放飼されている(下元、2011)。
天敵による防除の対象となっている害虫は、殺虫剤抵抗性が問題となっているナミハダニやミナミキイロアザミウマであり、前者はチリカブリダニやミヤコカブリダニ、後者がスワルスキーカブリダニとタイリクヒメハナカメムシが利用されている。コナジラミ類はトマト以外ではそれほど主要な害虫ではない。アブラムシ類に対してはコレマンアブラバチ以外あまり利用されていないが、天敵利用と併用できる選択性のアブラムシ剤が利用できることも関係している。
現在、ピーマン、メロン、ナスを加害するミナミキイロアザミウマの防除に対して、スワルスキーカブリダニが、これらの野菜の主要産地で利用されている。スワルスキーカブリダニは、組み合わせて利用できる殺虫剤が
多く、IPM体系を組み立てやすいと考えられる。例えば静岡県では、メロンのミナミキイロアザミウマ対策として、スワルスキーカブリダニを利用した場合、コナジラミ類やアブラムシ類に対するネオニコチノイド剤の定植時使用し、うどんこ病対策として硫黄剤のくん煙を組み合わせた体系が提案されている(増井、2011)。イチゴのナミハダニ対策としては、福岡県や栃木県のような主要産地で、ミヤコカブリダニとチリカブリダニを併用したIPMが促進されている。栃木県ではこれらのカブリダニ類に影響の少ない剤として、気門封鎖剤が利用されている。
編集者注:気門封鎖剤の連用はカブリダニ類に影響を及ぼす恐れがあるため、天敵放飼後に連用するのはさけてください。
⑥日本の施設栽培のIPMの普及の阻害要因
日本の場合は、天敵利用を基幹技術とするIPMの普及の動機付けは、生産者サイドの害虫の薬剤抵抗性の発達の対策であろう。欧米のような消費者の薬剤残留への関心はそれほど大きな理由ではないと思われる。天敵利用に基づく減農薬栽培は、有機栽培とは異なっており、消費者から十分な理解や支持が得られていないのではないであろうか。したがって害虫に抵抗性が発達しない限り、生産者も天敵を使用したがらず、殺虫剤で防除できる害虫には天敵を使用するようにはならないであろう。例えばアブラムシ類は、天敵利用と併用できる選択性殺虫剤が利用できる限り、天敵利用が広く普及するのは難しいかもしれない。今のところ、ミナミキイロアザミウマとナミハダニは殺虫剤抵抗性の発達のため利用できる薬剤が少なく、天敵利用は当面続くと思われる。トマトを加害するタバココナジラミの防除は、利用できる天敵があるのにもかかわらず、ウイルス病対策として天敵が利用できるという理解を農家から得られない限り、普及は難しいかもしれない。
日本におけるIPMの特徴の一つは、物理的防除法の普及である。防虫ネットは基幹技術として普及しており、黄色の粘着誘引トラップによる成虫の誘殺、忌避作用のある近紫外線除去フィルム、行動を制御するマルチ資材や土壌熱水消毒、土壌還元消毒なども利用できる。最近では、赤色ネットによる被覆や赤色光の照射が、ミナミキイロアザミウマ成虫に対して忌避効果を持つこともわかった。
薬剤抵抗性対策としては、薬剤の施用回数を大幅に減らすことが必要であるが、天敵利用に頼らずとも耕種的防除法や物理的防除法の組合せだけでも可能かもしれない。しかし天敵利用は、省力的で継続的効果が期待できるのが長所であり、欧米で普及しているのも、技術としての信頼性が高いからであろうと思われる。
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