アリスタ通信 欧米と日本における施設栽培のIPMの違いについて
 
 
欧米と日本における施設栽培のIPMの違いについて
 
京都大学 生態学研究センター
矢野 栄二

はじめに
総合的病害虫管理 (Integrated Pest Management; IPM) の概念は、現在の病害虫防除の基本的な考え方となっている。施設栽培は露地栽培に比べて、比較的温度が安定しており、降雨の影響を受けない、土着天敵の影響が少ない、などの特徴がある。そのため、IPM体系の構築についても要素技術として、資材を利用した物理的防除法や天敵の人為的放飼に基づく病害虫防除が重要となるという特徴がある。現在の施設栽培における体系は欧米では、1970年代から、我が国では1990年代から始まり、ともにオンシツツヤコバチとチリカブリダニの商品化がきかっけとなって広まった。しかし、ヨーロッパでは大部分の施設栽培で生物的防除に基づくIPMが普及しているが、我が国ではまだ生物的防除に基づくIPMの普及程度は低い。ここではトマトを中心とする欧米における施設栽培のIPM体系の確立と変遷について説明し、我が国との比較を行う。

①IPMの考え方
IPM の概念は、FAO(2003)により、「すべての利用可能な病害虫・雑草防除技術を慎重に考慮の上、病害虫・雑草密度の増加を抑え、かつ農薬およびその他の防除措置を経済的に適正で人への健康と環境への危険を軽減あるいは最小にする水準に維持する適切な手段の統合。IPMでは農業生態系の攪乱を可能な限り少なくしつつ健全な作物の生長を重視し、自然の病害虫・雑草制御機構を利用する」と定義された。慣行のIPM では化学農薬利用を必要最小限にするため要防除密度の概念が重要であったが、現在はBiointensive IPMという自然界の天敵の利用を重視するIPMが注目されており、耕種的防除法と組み合わせて、害虫が発生しにくい環境整備に重点が置かれる。施設栽培では、あまり土着天敵の効果は期待できないので、天敵利用については人為的放飼が主体となる。

②IPMの要素技術
IPMの要素技術としては、圃場衛生、栽培技術の利用、植生管理などの耕種的防除法、耐病虫性品種の利用、防虫ネット、トラップによる大量捕獲、近紫外線除去フィルムのような資材による忌避などの物理的防除法、予防的な天敵放飼など、病害虫が発生しにくい環境を整備する予防的方法と、化学的防除および天敵の緊急放飼のような治療的方法がある。発生調査が行われる場合もあるが、恒常的に発生する場合は行わないことも多い。

③欧米における施設栽培トマトのIPM体系の確立と変遷
1968年以後イギリスでチリカブリダニの利用技術が開発されたが、それと並行してオンシツコナジラミが多発するようになった。そこで1920年代に利用されていたオンシツツヤコバチの利用が見直され、現在の繰り返し放飼技術が開発された。1970年代にチリカブリダニおよびオンシツツヤコバチの利用と選択性殺虫剤を併用に基づくIPMが確立された(表1)。
その後1980年代に入って、他の重要害虫であるアブラムシ類、アザミウマ類、ハモグリバエ類に対しても天敵が利用できるようになり、それらに対応した天敵利用を主体とするIPMが確立された(表2)。 
1990年代から2000年代にかけて世界中に蔓延した、タバココナジラミのバイオタイプBとQは、果菜類だけでなくアブラナ科野菜も加害するため、施設栽培および露地栽培の野菜に大きな被害をもたらした。
特にバイオタイプQは、TYLCV(トマト黄化葉巻ウイルス)を媒介し施設栽培トマトに各国で壊滅的被害を与えた。世界でも有数の施設栽培トマトの産地である、スペインのアルメリア地方では、TYLCVの対策として、施設内および露地の両方で、タバココナジラミのチチュウカイツヤコバチなど天敵寄生蜂の大量放飼を行い、抑圧に成功した。その後ヨーロッパには南米からトマトキバガが侵入した。その対策として、タバココナジラミとトマトキバガの両方を防除できる天敵であるタバコカスミカメが実用化された。タバコカスミカメとやはり捕食性のカスミカメであるMacrolophus pygmaeusは、地中海沿岸諸国ではトマトを加害するタバココナジラミの防除に広く使用されているが、イギリスなど北ヨーロッパでは、トマトを加害する害虫とみなされ利用されていない (Jacobson, 2004)。栽培されているトマトの品種の違いによるものかもしれない。
最近の施設栽培トマトのIPMにおける動向としては、二次害虫の顕在化(Messelink, 2014)と放飼した天敵の定着を促進する技術の開発があげられる (Messelink et al., 2014)。トマトではトマトサビダニが顕在化した。またタバココナジラミの防除に、タバコカスミカメなどの捕食性カスミカメを放飼する場合、定着をよくするため、アルテミア(甲殻類ホウネンエビモドキ)のシストが散布されている。
日本で研究開発が進められている、バンカー植物の利用は、バンカー植物の維持にプランターを利用するため、維持管理の困難さと二次寄生蜂の発生のため普及していない。


欧米と日本における施設栽培のIPMの違いについて

欧米と日本における施設栽培のIPMの違いについて

④欧米の施設栽培のIPMの普及の背景
欧米での施設栽培でのIPM普及の理由は、生産者サイドでは害虫の薬剤抵抗性の発達の対策、消費者サイドでは薬剤残留の懸念と思われる。また新規薬剤の開発が難しくなってきていることも、背景として考えられる。IPM体系の構築の際にも、当初は天敵放飼と選択性殺虫剤の利用などの組合せで体系化していたが、できるだけ化学農薬を天敵利用に置き換えようとしている。選択性殺虫剤に対して、害虫が抵抗性を発達させることを懸念しているのかもしれない。TYLCVなどタバココナジラミが媒介するウイルスの対策にしても、薬剤だけに頼った防除は不可能であり、防虫ネットなどの物理的防除法、罹病株の除去など耕種的防除法と天敵利用を組み合わせたIPMが推奨されている。天敵放飼は野外に存在するコナジラミの密度を下げるのに役立つし、施設内でも一次感染は防げないが、二次感染による蔓延防止には役立つ。

⑤日本における施設栽培におけるIPMの現状
現在の施設栽培におけるIPMは、作物別に病害虫を対象に天敵や生物的防除手段を基幹技術として開発されている。天敵の利用を基幹技術とする場合、農薬の施用だけではなく、栽培技術、作物の種類や品種まで考慮に入れる必要がある。しかし、作物によって天敵の普及程度には偏りがあり、ナス、ピーマン、イチゴでは比較的は普及しているが、キュウリやトマトでは普及が遅れている。キュウリでの天敵利用が普及しないのは、作型によっては栽培期間が短いことも関連していると思われる。トマトであまり普及していないのには、ウイルス病の蔓延に関する危惧が関係していると思われる。天敵農薬の販売額からみて、最も利用されている天敵はカブリダニ類(スワルスキーカブリダニ、ミヤコカブリダニ、チリカブリダニ)である。一方、生物農薬として登録を取らなくても、同じ都道府県内なら土着天敵を増殖して、特定農薬として利用することが可能となり、最近高知県など西日本で普及している。土着の雑食性カスミカメムシ類が植物を利用して増殖ハウスで増殖された後、放飼されている(下元、2011)。
天敵による防除の対象となっている害虫は、殺虫剤抵抗性が問題となっているナミハダニやミナミキイロアザミウマであり、前者はチリカブリダニやミヤコカブリダニ、後者がスワルスキーカブリダニとタイリクヒメハナカメムシが利用されている。コナジラミ類はトマト以外ではそれほど主要な害虫ではない。アブラムシ類に対してはコレマンアブラバチ以外あまり利用されていないが、天敵利用と併用できる選択性のアブラムシ剤が利用できることも関係している。
現在、ピーマン、メロン、ナスを加害するミナミキイロアザミウマの防除に対して、スワルスキーカブリダニが、これらの野菜の主要産地で利用されている。スワルスキーカブリダニは、組み合わせて利用できる殺虫剤が
多く、IPM体系を組み立てやすいと考えられる。例えば静岡県では、メロンのミナミキイロアザミウマ対策として、スワルスキーカブリダニを利用した場合、コナジラミ類やアブラムシ類に対するネオニコチノイド剤の定植時使用し、うどんこ病対策として硫黄剤のくん煙を組み合わせた体系が提案されている(増井、2011)。イチゴのナミハダニ対策としては、福岡県や栃木県のような主要産地で、ミヤコカブリダニとチリカブリダニを併用したIPMが促進されている。栃木県ではこれらのカブリダニ類に影響の少ない剤として、気門封鎖剤が利用されている。

編集者注:気門封鎖剤の連用はカブリダニ類に影響を及ぼす恐れがあるため、天敵放飼後に連用するのはさけてください。

⑥日本の施設栽培のIPMの普及の阻害要因
日本の場合は、天敵利用を基幹技術とするIPMの普及の動機付けは、生産者サイドの害虫の薬剤抵抗性の発達の対策であろう。欧米のような消費者の薬剤残留への関心はそれほど大きな理由ではないと思われる。天敵利用に基づく減農薬栽培は、有機栽培とは異なっており、消費者から十分な理解や支持が得られていないのではないであろうか。したがって害虫に抵抗性が発達しない限り、生産者も天敵を使用したがらず、殺虫剤で防除できる害虫には天敵を使用するようにはならないであろう。例えばアブラムシ類は、天敵利用と併用できる選択性殺虫剤が利用できる限り、天敵利用が広く普及するのは難しいかもしれない。今のところ、ミナミキイロアザミウマとナミハダニは殺虫剤抵抗性の発達のため利用できる薬剤が少なく、天敵利用は当面続くと思われる。トマトを加害するタバココナジラミの防除は、利用できる天敵があるのにもかかわらず、ウイルス病対策として天敵が利用できるという理解を農家から得られない限り、普及は難しいかもしれない。
日本におけるIPMの特徴の一つは、物理的防除法の普及である。防虫ネットは基幹技術として普及しており、黄色の粘着誘引トラップによる成虫の誘殺、忌避作用のある近紫外線除去フィルム、行動を制御するマルチ資材や土壌熱水消毒、土壌還元消毒なども利用できる。最近では、赤色ネットによる被覆や赤色光の照射が、ミナミキイロアザミウマ成虫に対して忌避効果を持つこともわかった。
薬剤抵抗性対策としては、薬剤の施用回数を大幅に減らすことが必要であるが、天敵利用に頼らずとも耕種的防除法や物理的防除法の組合せだけでも可能かもしれない。しかし天敵利用は、省力的で継続的効果が期待できるのが長所であり、欧米で普及しているのも、技術としての信頼性が高いからであろうと思われる。

[引用文献]
Jacobson, R. J. (2004) In Biocontrol in Protected Culture (K. M. Heinz et al. eds.) Ball Publishing, Batavia, Illinois, USA, 457–471.
増井伸一(2011) 植物防疫65: 612–615.
Messelink, G. J. (2014) IOBC-WPRS Bulletin 102: 143–150.
Messelink, G. J. et al. (2014) BioControl 59: 377–393.
下元満喜(2011) 植物防疫65: 400–403.
Woets, J. (1985) In Biological Pest Control – The Glasshouse Experience (N. W. Husseyand N. Scopes eds.). Blanford Press, Poole, UK, 166–174.



※2018年5月11日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。