アリスタ通信 微生物的防除のはなし
 
 
微生物的防除のはなし
 
静岡大学名誉教授 西東 力

農作物に有害な病害虫や雑草を防除するために生物の機能を利用するのが生物的防除である。生物的防除の素材は天敵昆虫と天敵微生物に大別され、後者を利用する場合は特に微生物的防除と呼ばれている。初めに‘微生物的防除の歴史’を駆け足でたどってみたい。次に昆虫を侵す微生物(ウイルス、細菌、糸状菌、原虫)のうち、糸状菌に的を絞って‘昆虫病原糸状菌による病気’と‘昆虫病原糸状菌の利用上の留意点’について概説したい。

I.微生物的防除の歴史 
微生物的防除の系譜は青木清著の昆虫病理学(1957)と福原敏彦著の昆虫病理学(1979)に詳しい。それによると、昆虫が病気にかかることに気づいたのは蜜蜂や蚕が家畜化された紀元前にまでさかのぼる。中国では紀元前2700年頃に蚕の病気が記録されており、ヨーロッパではアリストテレスが蜜蜂の病気について記述している。近代になると、フランス、イタリア、日本などの養蚕国で蚕病の研究が飛躍的に進み、有名なパスツール(1822-1895)も若いころ蚕の軟化病の研究に取り組み、病原体は桿菌(おそらくBacillus thuringiensis)であると述べている。

今から100年ほど前まではもっぱら有用昆虫(蜜蜂と蚕)を病気から守るための研究であった。化学合成農薬がなかった時代、こうした病原体を害虫防除に利用しようという考えが芽生えたのは当然の成り行きであり、それを実践したのがメチノコフ(1845-1916)である。彼は昆虫病原糸状菌(メタリジウム)の罹病虫や胞子を混入した土にコガネムシ幼虫を放飼して感染させることに成功した。のちに彼はノーベル生理医学賞(1908年)をもらっているが、これは別の研究(免疫に関する業績)によるものである。

1930年代に入ると本格的な微生物的防除が始まった。米国では1939年に細菌の一種Bacillus popilliaeによるマメコガネ防除事業が開始された。ちょうどそのころ我が国でもスギやヒノキの苗木の根を加害するコガネムシの防除に昆虫病原糸状菌の一種Isaria kogane (= Beauveria brongniartii )が用いられている。
Isaria koganeの培養には製糸工業の副産物であった蚕蛹が利用され、この蚕蛹を滅菌した堆肥に混入してさらに繁殖させてから苗畑にすき込んでいた。著者が学生だった1970年代初頭、駒ケ根営林署で巨大な鉄釜を見た覚えがある。直径が5mもあっただろうか、赤く錆びた丸い鉄釜が畑の一角に置いてあり、当時はこれで大量のバーク堆肥を滅菌したと聞かされた。おもしろいことに培養物を畑にすき込む方法は80年たった今日も行われている。

微生物的防除のバックボーンは昆虫病理学である。第2次世界大戦後間もなく、カリフォルニア大バークレー校のスタインハウス(1914-1969)は昆虫の病気に関する知見を集大成しPrinciples of Insect Pathology(1949年)を著した(図1)。ちなみに、タナダ(バークレー校)・カヤ(デービス校)のInsect Pathology (1993年)は‘昆虫病理学の父’と呼ばれているスタインハウスに捧げられたものである。その後、微生物的防除関連の実用書も数多く出版されるようになり、今日に至っている。

昆虫病理学の成書 
図1 昆虫病理学の成書 
左からスタインハウスの「Principles of Insect Pathology」、
タナダ・カヤの「Insect Pathology」、
青木清の「昆虫病理学」、
福原敏彦の「昆虫病理学」

すべての生物は食物連鎖の輪の中にあり、無数の天敵に囲まれて生活している。食物連鎖のどこを切り取っても「食うものと食われるもの」の関係が存在し、この一断面に着目するのが生物的防除法である。この意味で生物的防除は理にかなった方法と言えるが、第2次世界大戦後に化学合成農薬が華々しく登場すると、生物的防除は隅に追いやられてしまった。その間に殺虫剤抵抗性の害虫が台頭し(図2)、それに伴ってリサ―ジェンス※1が顕在化するようになった。皮肉にも、このリサージェンスが天敵の重要性を再認識させてくれた。

※1 編集部注: “resurgence=誘導多発生” (化学農薬を散布したあと、その農薬に抵抗性をもつ該当の害虫が増えてしまったり、その害虫を捕食、寄生する天敵昆虫がいなくなりその害虫が増えてしまうこと)

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昆虫を侵す微生物はウイルス、細菌、糸状菌、および原虫である。The Manual of Biocontrol Agents (2014)によると、殺虫用の微生物として26種が記載されている。これに我が国で登録されているものを加えると30種になるが(表1)、実際はもっと多いと思われる。微生物的防除の素材は増え続けており、これは期待の表れでもある。
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Ⅱ.昆虫病原糸状菌による病気
昆虫病原糸状菌は鞭毛菌類、接合菌類、子嚢菌類、担子菌類、および不完全菌類に分類される。
微生物的防除にとって子嚢菌類と接合菌類はとくに重要である。
子嚢菌類のいくつかの菌種は製剤化され微生物農薬として使われている。一方、接合菌類は微生物的防除への利用が期待されているが、実用に至っていない。

1. 子嚢菌類
漢方薬として珍重される「冬虫夏草」は子嚢菌のCordycepsに感染した昆虫の死骸である(図3)。
死骸から細長いきのこが生えてきて、その先端に子嚢胞子をつくる(図4)。
子嚢胞子は完全世代(テレオモルフ)の胞子で、不完全世代(アナモルフ)には別の胞子(分生子)をつくる(図5)。市販の昆虫病原糸状菌剤(Beauveria bassiana、Metarhizium anisopliae、Isaria fumosorosea、Lecanicillium muscariumなど)は分生子を製剤化したものである。
ちなみに、上記の菌種はかつて不完全菌類(完全世代が不明)として取り扱われていたが、遺伝子レベルの系統解析などから子嚢菌類に帰属することが明らかになった。このほかにも数多くの重要種が不完全菌類から子嚢菌類に移されている(Nomuraea rileyi、Ashchersonia aleyrodis、Hirsutella thompsonii など)。

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昆虫病原糸状菌は昆虫の皮膚から感染する。まず分生子が宿主の体表に付着して発芽する。クチクラを貫通した菌糸は各組織と血体腔内で増殖し、最終的に宿主を死に至らしめる。宿主が致死するまでに3~4日かかる。死体は硬化し、やがて内部から菌糸が出てきてそこに無数の分生子がつくられる。この分生子が飛散して新たな感染を引き起こす。子嚢胞子によっても感染が起こる。子嚢菌に感染した昆虫を図6に示す。

ちなみに、Beauveria bassianaは白殭病菌、I. fumosoroseaは赤殭病菌、M. anisopliaeは黒殭病菌、N. rileyi は緑殭病菌などと呼ばれることがある。これは蚕病の呼称に由来する。「殭」はミイラのように乾燥して硬くなるという意味、「白」や「赤」などは死骸に生じた分生子の色を指している。

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図6 子嚢菌に感染した昆虫
A: Beauveria bassiana (カキクダアザミウマ)
B: Beauveria brongniartiii (ゴマダラカミキリ)
C: Beauveria brongniartiii (ナガチャコガネ)
D: Metarhizium anisopliae (コクゾウムシ) 
E: Metarhizium sp. (ニイニイゼミ)
F: Nomuraea rileyi (ハスモンヨトウ)
G: Isaria cateniannulata (スジグロシロチョウ)
H: Isaria sp. (クワゴマダラヒトリ)
I: Paecilomyces cinnamomeus (チャトゲコナジラミ)
J: Lecanicillium muscarium (タバココナジラミ)
K: Lecanicillium sp. (ダイズアブラムシ)
L: Ashchersonia aleyrodis (ツツジコナジラミ)
 
2. 接合菌類
接合菌類を代表するのが流行病を引き起こす疫病菌である。
アフリカでサバクトビバッタが大発生すると疫病菌の一種Entomophaga grylli が流行して大発生を終息させることは有名である(図7)。
国内では馬毛島と関西空港のトノサマバッタでE. grylli による流行病が観察されている。
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疫病菌は100種を超える大きなグループである。その特徴は分生子(図8)を弾き飛ばすことである。弾き飛ばされた分生子は死体の周りに堆積する(図9)。前述したように、子嚢菌類の分生子は宿主に付着したときにのみ発芽し、発芽するまでに7~10時間ほどかかる。これに対し、疫病菌の分生子は宿主の有無にかかわらずすぐに発芽する。このため宿主に付着したときは短時間のうちに感染する。宿主に遭遇しなかった分生子は二次分生子をつくって次の感染の機会を待つ(図10)。

寄主特異性が高いことも疫病菌の特徴で、菌種によって感染する昆虫はある程度決まっている。身近な昆虫で疫病菌をみたければアブラムシのコロニーを探すとよい。丸く膨れて茶色に変色した病死体とその周りに弾き飛ばされた無数の分生子がみられるはずである。疫病菌に感染した昆虫を図11に示す。
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流行病を引き起こす疫病菌は微生物的防除の素材として魅力的である。
しかし、培養の難しい菌種が多いうえ分生子はすぐに発芽してしまう。
このため、海外では疫病菌に感染させた昆虫を放飼して病気を蔓延させる方法が試みられているが、満足できる結果は得られていない。
疫病菌は分生子のほか休眠胞子もつくるが、その利用法も研究途上にある。



Ⅲ.昆虫病原糸状菌の利用上の留意点
昆虫病原糸状菌を上手に利用するためには、その特性を理解したうえで状況に応じた創意工夫が必要である。いくつかの留意点について将来の展望を含めて概説したい。

1. 分生子の発芽には高湿度が不可欠
昆虫病原糸状菌の感染は宿主昆虫の皮膚に付着した分生子の発芽から始まる。
分生子の発芽は湿度によって大きく左右される。たとえば、L. muscariumの分生子は、湿度100%の場合、7時間ほどで発芽率は100%に達するが、湿度がわずかに低下(97%)しただけで9時間経過しても発芽率は50%に届かないという報告がある。高い感染率を得るには高湿度環境を10時間以上維持する必要がある。昆虫病原糸状菌製剤を施設栽培で使用する場合、夕刻から翌朝まで側窓と天窓を閉め切ったままにするので、12時間ほど高湿度を維持できる。二重カーテンを張ると湿度はさらに高まるので、備えていればぜひ利用したい。なければ大きなビニールをかぶせてもよい。このほか、雨や曇りの日を選んで散布する、通路に散水するなど、湿度を高める工夫はいろいろ考えられる。ちなみに、製剤に水を加えて数時間放置すると分生子は吸水して発芽しやすくなる。この前処理を行ったのちに散布するのが望ましい。
実は、分生子が発芽したとしても感染はまだ完了していない。表2は、L. muscariumの分生子を接種したオンシツコナジラミ幼虫に対して経時的に殺菌剤(トリフルミゾール)を処理して、殺菌剤を処理しなかったオンシツツヤコバチの死亡率と比較した結果である。接種後24時間以内に殺菌剤を処理すると死亡率は50%ほどであり、感染の途中であることがわかる。一方、接種後48時間が経過すると殺菌剤の影響は認められなくなり、感染はすでに終了していた。つまり、感染の成立までに2日程度かかる。言い換えれば、昆虫病原糸状菌を散布してから少なくとも2日間は殺菌剤の使用を控えなくてはならないことになる。

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2. 連続散布で感染のチャンスを増加
昆虫病原糸状菌製剤の一般的な処理法は、水で薄めた菌液(106~107分生子/ml)を1~2回散布するというものである。菌液の濃度はかなり高いと言えるが、まったく感染しないことがある。どうして感染しないのだろうか。ここで自然感染の過程を想像してみたい。まず病死体の分生子が風などによって飛散し、ごくわずかの分生子が昆虫の体表に繰り返し付着する。そして環境条件(温度や湿度)が整ったときに一気に感染するのであろう。この想像通りならば、昆虫病原糸状菌製剤の散布濃度はもっと薄くてかまわないかもしれない。そのかわり散布回数を大幅に増やし感染のチャンスを増やすべきだろう。たとえば、スプリンクラー潅水やチューブ潅水の水に少量の製剤を添加して頻繁に散布するやり方も考えられる。

3. 静電散布は昆虫病原糸状菌に最適
化学農薬の散布法のひとつに静電散布がある。静電散布とは噴霧液をマイナスに帯電させて植物体に付着させやすくするものである。装置は市販されており、おもに施設栽培で利用されている。この散布法は昆虫病原糸状菌製剤に最適である。
たとえば、夕刻から翌朝まで側窓や天窓を閉め切ったなかで静電散布機を無人運転するが、これはそのまま昆虫病原糸状菌製剤に適用できる(図12)。噴霧液は浮遊しながら植物体にむらなく付着するため、葉裏に寄生する害虫(コナジラミやアブラムシなど)に対してもよく感染する(図13)。ただし、通常の散布法と比べて植物体への付着量が増すため、化学農薬の場合は静電散布の登録が必要となっている。

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4. IPMの課題は殺菌剤の影響
トリフルミゾールが昆虫病原糸状菌の感染を阻害することを表2に示したが、本剤に限らず殺菌剤の多くは昆虫病原糸状菌の発芽や発育を阻害する(表3)。このため、殺菌剤を併用する場合は影響の少ない殺菌剤を使用するか、十分な間隔をとって散布する必要がある。しかし、いずれにしても殺菌剤の使用は制限されることになり、これが昆虫病原糸状菌の使い勝手の悪さにつながっている。殺菌剤の影響を受けない昆虫病原糸状菌があれば、この問題を抜本的に解決できる。農作物の品種改良の分野では量子ビーム(ガンマ線、イオンビーム)照射による突然変異育種が広く行われている。そこで、この技術を昆虫病原糸状菌に応用したところ、殺菌剤に対して高度の抵抗性を示す菌株が得られた(表4)。
他の変異についても検討する必要があるが、最も重要な病原力については確認されている。育種は昆虫病原糸状菌が抱える課題の解決策のひとつであろう。

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5. 天敵昆虫への感染に留意
昆虫病原糸状菌が天敵昆虫に感染することが問題化したという話は聞かない。しかし、天敵昆虫の多くはB. bassiana、I. fumosorosea、L. muscariumなどの宿主範囲に含まれている。たとえば、これらの製剤(1000倍液)にオンシツツヤコバチのマミーカードを浸漬したところ、いずれも感染した(図14)。またトマト栽培温室において寄生バチ(Diglyphus isaea製剤)と昆虫病原糸状菌(I. fumosorosea製剤)を併用したところ、稀に寄生バチへの感染が目撃された。昆虫病原糸状菌と天敵昆虫の併用に実質的な問題はないかもしれないが、細心の注意を払うことに越したことはない。
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6. 昆虫・昆虫病原糸状菌の関係に植物が介在
昆虫と天敵の関係に植物が介在することがある。ハダニに加害された豆が天敵(カブリダニ)の誘引物質を放出することはその好例である。こうした三者相互作用(Tritrophic interaction)は昆虫病原糸状菌においても存在する。
著者が携わったワサビをめぐる事例を紹介したい。一年中浅水が張られているワサビ田は昆虫病原糸状菌にとって格好の環境であるはずなのに、葉を食害するスジグロシロチョウが大発生しても病死体をみかけることは少ない。
その理由として、スジグロシロチョウがワサビ葉を食害すると殺菌作用のある辛味成分(アリルイソチオシアネート)が放出され、昆虫病原糸状菌の感染を妨げていることが考えられる。

事実、磨砕したワサビ葉を入れた容器内に昆虫病原糸状菌(B. bassianaとI. fumosorosea)の分生子を投入すると発芽は阻害される(表5)。

スジグロシロチョウはワサビ葉を食害することによって昆虫病原糸状菌から身を守っていることになる。こうした三者相互作用は微生物的防除の随所に存在しているかもしれない。

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7. 時代はめぐる

最後に40年前に聞いた話を紹介したい。当時、我が国では化学合成農薬一辺倒の反省から生物的防除が見直されつつあった。一方、共産主義、社会主義の国々では化学合成農薬が行き渡っておらず、依然として生物的防除が続いていた。中国では昆虫病原糸状菌を散布するのに花火式と地雷式という二つの方法があって、火薬の爆発とともに広大な畑に分生子をふりまいていたそうである。そんな情報に我々は興味津々であった。あれから40年。立場は逆転し、今度は化学合成農薬の時代を経験した彼らが生物的防除の情報収集に躍起になっている。

農業技術はとかく重装備に陥りやすい。そうではなくてシンプルで無理のない微生物的防除を目指したい。必要なのは上手に感染させる仕組み作りである。そのアイデアは身近なところからみつかるかもしれないし、異分野との連携、とくに工学領域との連携から生まれるかもしれない。本格的な微生物的防除が始まってから100年足らず。天敵微生物を自在に操るには我々の知識はまだまだ心もとない。


※2018年2月14日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。