2017年3月「全国農業システム化研究会・IPM実証調査最終成績検討会」が東京で開催され、全国から普及指導員の皆さんを中心に130人以上の参加があり、各県の実証成果報告と熱心な意見交換が行われた。
この研究会は11年目を迎えるが、これまでの実証成果などから、ナス・キュウリ・ピーマン・イチゴ、メロンなどの施設園芸作では、天敵利用を中心にIPM技術がメジャーなものとして定着してきている。
ただ、この成績検討会では、費用対効果として「市販天敵利用で農薬費を中心にランニングコストが高くなる」といつも指摘される。そのたびに、IPM技術は単なるコスト評価でなく、経営全体からの相対的なメリットを考える必要があると感じており、私なりに「IPM技術が経営全体に及ぼす相対的な評価」について4つの視点で提案してみたい。
1. 化学農薬費・ランニングコストの削減
熊本でも、IPM技術をうまく利用すれば、害虫防除の回数を大幅に削減し、農薬費の節減につながっている事例も数多くみられ、JA部会ぐるみで取り組む事例も多く見られている。
例えば、促成キュウリでは、一般的にアザミウマ・コナジラミ類の防除に困り、春先には、約10日間隔で農薬散布するといった事例も見られた。
IPMに取り組むことで、天敵(スワルスキー)放飼後、対象害虫防除のための農薬散布が殆どなくなり、アブラムシ等はレスキュー防除(天敵にやさしい農薬)として1~2回程度で済み、市販天敵費を入れても農薬費が1/3程度になるなどの成果があがっている。
ただ、IPM技術の導入経験が浅いと、①これまでの習慣で、つい予防防除的に殺虫剤を使いすぎる。②天敵が確認できず、不安になり殺菌剤の散布時に殺虫剤も混用してしまう。③コナジラミなどがわずかでも飛んでいれば防除したがる。などから農薬費が高くなる傾向がある。
A.定植後早めの放飼 B.ゼロ放飼防除の徹底(放飼前に強い農薬で害虫密度を減らす)
C.放飼後は、管理作業とあわせて天敵・害虫密度観察の徹底 D.害虫密度に応じたレスキュー防除(天敵にやさしい農薬散布)というポイントを抑え、少しの農薬散布の我慢をすれば成功間違いないと考えている。
2. 農薬散布作業の省力化と安心防除
一昨年、熊本のイチゴでは「ナミハダニが多発し、殺ダニ剤を散布してもリサージェンスで農薬が効かない。」「葉が繁茂し農薬が葉裏にかからずハダニが増える」「歳を取って農薬散布はもう限界」と、駆け込み寺的に天敵利用が増え始めた。
ハダニが増え始めると、農家では一週間に一回程度、殺ダニ剤から気門封鎖剤まで大量に散布し、「今度は効いてくれ」と嘆かれる。
天敵を放飼することで「農薬散布で死ななかったハダニを捕食」「ハダニ密度を恒常的に抑制する」しかも「殺ダニ剤の使用回数が少なくなることで殺ダニ剤の感受性が高まり予想以上の効果を発揮する」といった効果を各地域で観察できた。
イチゴ作のハダニ防除は、定植後のスパイカルEX(ミヤコカブリダニ)、スパイデックス(チリカブリダニ)の同時放飼、ハダニ発生初期の殺ダニ剤などでのレスキュー防除、スパイデックスの追加放飼といった天敵と化学農薬との組み合わせで、天敵放飼後は殺ダニ剤の散布1~2回と気門封鎖剤のスポット散布で済んだという声を多数聞くことができた。
定植後の天敵導入費・春先の追加放飼の経費は高く見えても「何よりもハダニに悩まなくて良い、天敵が毎日ハダニを捕食しているといった安心防除」につながっている。
イチゴ農家の3~4月は、収穫、箱詰め等で深夜まで作業が続き「猫の手も借りたい」時、少しコストが高くなっても、農薬散布作業が減ることは省力化につながり、まさに、願ったりかなったりである。
3. 生産技術と経営改善への寄与
一般的にウリ科作物では、天敵(スワルスキー)がアザミウマ・コナジラミ類を捕食することで、これら害虫が媒介する黄化えそ病や退緑黄化病などのウイルス病の発生が大変少なくなり、収穫期間の延長など、生産技術の改善に大いに寄与することが知られている。
例えば、熊本で7月下旬から12月まで収穫する抑制キュウリ作では、定植時から害虫が多く、黄化えそや褐斑病なども発生し、10月下旬には収穫を断念するハウスなども見られたが、褐斑病・うどんこ病、べと病等の耐病性品種とスワルスキー効果などで、殆ど病気の発生もなく12月までの収穫を可能にしている。
また、促成ナスでは、天敵放飼後、レスキュー防除を行うことで、交配作業にクロマルハナバチなどの訪花性昆虫の導入も可能となる。
ちなみに、促成ナスでは、9月から翌年6月まで、栽培管理に1,500時間/10aを要するが、このうちトマトトーンの交配作業が約300時間を要し、大変な作業の一つとなっている。これらも、IPM技術の導入により、10月からハチ交配もできるようになり、余剰労力を規模拡大等に振り向ける農家も見られる。
このように、単なる農薬での病害虫防除をIPM化することで、収量・品質の向上から経営改善まで図られるのである。
4. 我が家の農業経営理念や目標の確立に向けて
農業者の皆さんは、少しでも環境にやさしい農法で、安全・安心なおいしい農産物を生産し、個人や地域でブランド化を目指した経営の確立に努力されている。
例えば、国の持続農法に基づく、エコファーマー認定制度なども代表する一つの取り組みであろう。
こうした、経営の理念や目標を達成するためにも、IPM技術はその基礎的なものと考えている。
2020年に開催される東京オリンピック。
選手の皆さんなどに提供される国産農産物は、GAP(農業生産工程管理)を基準として生産したものであることが求められ、今、農業界挙げて大きな課題となっている。GAPでも、環境に配慮した生産活動が原則となっており、その意味からもIPM技術の普及を急がなければならない。
施設園芸では、環境制御技術が急速に普及しつつあり、ハウス内の光合成促進をねらいに、CO2発生装置、制御機器といったイニシャルコストからCO2ガスといったランニングコストまで、新たな初期投資と維持費がかかる。
IPM技術は、新たな初期投資も殆どいらず基本的にランニングコストだけで済む。
農家や農業指導者の皆さんの意欲と意識の変革で、あなたのハウスに応じたオーダーメイド型のIPMプログラムの組み立てと実践が可能となる。