オルトラン(有効成分:アセフェート、以下省略)はなぜ人間に対する毒性が弱いのか、なぜ薬剤抵抗性害虫に有効なのか、なぜ抵抗性がつきにくいのか、40年前の発売以来からの疑問でしたが、現在では、科学的な根拠が明らかになってきています。今回はその理由を出来るだけ判りやすいように説明したいと思います。
オルトランは有機リン系の殺虫剤ですが、オルトラン以外にも低毒性の有機リン系殺虫剤はいくつかあります。マラチオン、フェニトロチオンなどがそうです。それぞれの薬剤にもオルトランとは異なった低毒性の理由があります。
哺乳動物では主に肝臓で代謝、分解、解毒をしています。一方、昆虫では体内の脂肪体組織がその役割をはたしていますが、分解、解毒の作用に関しては哺乳動物の肝臓の機能に劣ります。一般的にはこの分解酵素の質的、量的作用の差異によって哺乳動物に対する薬剤の低毒性化が成り立っています。
では具体的にオルトランが低毒性である理由を説明したいと思います。それに関わるのがアセチルアミダーゼという分解酵素です。実はオルトラン自体は人間に対しても、また昆虫に対しても低毒性なのです。
オルトランはその化学的構造にアセチル基(CH3CO)を持っており、ここが分解されることで毒性の高い物質に変わります。昆虫類ではこのアセチルアミダーゼの活性が強く、オルトランが体内に入ると速やかに毒性の高い物質に変化し、昆虫は死に至ります。一方、哺乳動物ではアセチルアミダーゼの活性が非常に弱く、オルトランが体内に入ったとしても変化しにくく、その結果低毒性となります。この分解酵素は昆虫が自身の生存のために重要な酵素であり、これを変異させることはできません。そのため抵抗性がつきにくいと考えられます。
なお一般的に、薬剤で駆除され続けている害虫は、やがて高い解毒力を持った個体が現れることがあります。これが薬剤に抵抗性を獲得した害虫、抵抗性害虫の出現です。
薬剤毎に抵抗性の原因となる分解酵素は異なりますが、抵抗性害虫に対して使用されたことの無い新規薬剤でも、類似の化合物で、同じような酵素が関与する場合には使用の前から効果が低いあるいは全く無いことがあります。これを交差抵抗性と云いますが、これはご存知の方も多いと思います。
有機リン剤の中でも浸透移行性を有するオルトランに類似の薬剤は日本にはありませんので、それも抵抗性がつきにくい理由のひとつと考えられます。
以上がオルトランの人間に対する毒性が低い理由および抵抗性がつきにくい理由ですが、お分かりいただけましたでしょうか。このような作用を示す点からもオルトランは極めてユニークな殺虫剤であると言えます。
数億年かけて植物も様々な農薬(植物成分)を作って害虫や病気に対抗してきました。古くから人類はその植物成分(漢方薬・ハーブ)に助けられてきました。現在は人類の作った薬剤も上手に使用して植物の保護を考える、これが総合的病害虫防除管理(IPM)の理念です。その意味でオルトランも重要な薬剤のひとつです。使用者が経済性、安全性など総合的に考えて、賢い農薬の使い方をする時代になっています。