トクチオンは殺虫剤の研究ではなく、有機リン殺菌剤のイモチ病防除剤(キタジン、ヒノザンなど)の探索中に発見したもので、殺菌活性はなくなり、また殺虫活性も弱いい筈の化合物から突然殺虫活性のある化合物が見出された経緯があります。
発見は昭和44年(1969)、日本で農薬登録されたのは昭和50年です。当初から、化学構造と殺虫効力、作用性において従来の有機リン殺虫剤とはかなり異なるものと思っていました。有機リン殺虫剤の研究のパイオニアであるドイツ、バイエル社の化学者たちも新分野の殺虫剤として認めています。
実は本発見の前に、他社からS-プロピルの有機リン化合物の合成があり、特許も殺虫、殺線虫剤として2,3出願されていました。各社とも単なる新しい有機リン殺虫剤の発明と思い、薬理学的あるいは生物学的に興味のある発見とは認識しなかったようです。
従来型の有機リン殺虫剤とプロピル型の殺虫剤の主な相違点は次の通りです:
1) プロピル型殺虫剤のすべての化合物は哺乳度物に対して低毒性である。
2) プロピル型殺虫剤のすべての化合物は従来型の有機リン殺虫剤に対する抵抗性害虫に有効である。
3) プロピル型殺虫剤のすべての化合物で殺虫スペクトラムが広い(ダニ、線虫を含む広範囲の害虫に有効)。
上記に加えて、プロピル型は物理化学的に比較安定で残効性が長い特長があります。
トクチオンの開発後は世界中で研究が始まりました。しかし、生物試験(圃場試験を含める)の結果では類縁化合物間で差別化(個性?)の発見は困難です。ほかにも理由があると思いますが、他社から研究開発はされていても最後の商品化までにはいたらなかった主な理由と思っています。
動物の神経が正常に作動するには伝達物質であるアセチルコリン(ACh)とその分解酵素、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)が関与しております。有機リン殺虫剤はこの酵素(ACh
E)に結合してAChの分解を阻害し異常な神経興奮をおこさせ致死に至らせます。この酵素は蛋白質なので動物の種類により差異があります。トクチオンも酸化されたオクソン体が酵素阻害物質ですが、哺乳動物の酵素はあまり阻害しません。したがって、プロピル型のすべての化合物が低毒性になります。(図2)