微生物農薬に関しては、植物病害の発病を抑制する微生物殺菌剤のBacillus subtilus剤 (「バチスター水和剤」)や非病原性Erwinia carotovora剤(「バイオキーパー水和剤」)などの売り上げが1999年より増加・普及してきている。
一方、微生物殺虫剤に関してはBacillus thuringiensisの売り上げが従来よりかなり減少してきており、特に糸状菌のLecanicillium属 (旧Verticillium lecanii)菌、Beauveria bassiana剤、Paecilomyces (Isaria)tenuipesの売り上げの減少も顕著である。この状況を脱するためには私たち昆虫病理学者も殺虫効果の高い菌を育種・選抜・導入するだけでなく、より効果的な使用法を開発することも必要であると考えている。
最近、東京農業大学総合研究所研究会・生物的防除部会が発行している「生物的防除部会ニュースNo.52 pp.5-9」に、宮崎県農政水産部の黒木修一氏が「IPMにおける微生物農薬の利用~宮崎方式ICM~」と云う論考を寄稿した。
宮崎方式ICM(Integrated Crop Management:総合的作物管理)とは、“「作物の健康」のための土つくりと適正な施肥・かん水管理、圃場の環境整備を基礎として、微生物農薬や経費・労働力の無駄を省きながら高品質・高収量を目指す技術体系”である。
宮崎県では害虫防除の際、「基幹資材は天敵ではなく昆虫病原糸状菌製剤である」のがこの宮崎方式ICMの特徴であり、今後微生物殺虫剤の使用が全国に普及するためのアドバイスやヒントが数多く詰まっている。黒木氏がこの論文で述べていることにほぼ同意するのだが、若干補足するような形で意見を述べたいと思う。
黒木氏は昆虫病原糸状菌使用の4つのポイントを的確に述べており、農家の方々には非常にわかりやすいものである。
1. 薄い濃度を繰り返し散布する。
2. 定植(発芽)したらすぐ散布を開始する。
3. 温湿度は普通に管理する。
4. 化学合成農薬と混用する。
私が補足を述べたいのは「③温湿度の管理」と「④化学農薬との混用」である。
黒木氏は「温湿度の管理」について、以下のように解説している。
(昆虫病原糸状菌を)散布した後に「高湿度に保つ」などということをすると、作物病害の発生を助長し、殺菌剤を多用するはめになりますので、普通に管理することが必要です。” 作物病害を考えると、湿度を上げるのではなく2次感染が起きにくい分、繰り返し散布していくことが必要です。」と記している。
ビニールハウス内の湿度が高い地域ではこの方式でも問題はないと思うが、散布回数をふやしてしまうと労働時間が長くなること、雨が降らず乾燥が続いているときに低濃度で散布しても植物の葉面上の菌密度は維持できないことを考慮すると、害虫がまだ低密度の時は、1週間に1回という防除暦に沿った散布ではなく、何日かずれても夕立の降ったあとか、雨が降る前日の夕方に散布する方法もあるということを認識していただきたい。やはり、菌の発芽後の湿度は高ければ高いほど害虫に対する感染率は高くなることは明らかであるということと、微生物資材すべてが葉面での生存能力(残存能力)が高いわけではないからである。
また、黒木氏はアドマイヤー2000倍とマイコタール(Lecanicillium muscarium)1000倍およびボタニガード(Beauveria bassiana)500倍の組み合わせ例をあげ混用を勧めているが、もし混用を考えるのであれば、浸透性殺虫剤を使用して効果が薄れた時に微生物殺虫剤を散布する方法も選択肢に加えていただきたい。
最近になり、昆虫病原性細菌のBacillus thuringiensis (「ジャックポット顆粒水和剤」)や昆虫病原糸状菌(Beauveria属菌(「ボタニガードES/水和剤」)、Metarhizium属菌(「パイレーツ粒剤」)、Lecanicillium属菌、Paecilomyces属菌)が害虫に感染して被害を防ぐだけでなく、植物病害も抑制する作用を持つ(デュアルコントロール)ことが明らかになってきた。このような利用方法も含めて黒木氏の提言を基に今後の昆虫病原糸状菌の使用を普及させていきたい。