アリスタIPM通信 バンカー法の実用化
 
 
バンカー法の実用化
 
(独)農研機構 中央農業総合研究センター 長坂幸吉
 
施設園芸での「天敵」の利用は、今ではいろいろな産地で見かけるようになりました。しかし、10年前には、まだまだ一部の産地でしか取り組みがなされていませんでした。そんな時期に、天敵だけでなく、その餌まで用意して、害虫を防除する技術の試みがありました。バンカー法という技術です。

以前に比べて天敵利用が浸透した今なら、この技術に取り組んでみようという方も多くなっているのではないかと思います。その際、10年前の取り組みの様子が参考になるのではないかと思いますので、以下にご紹介いたします。


場所は高知県安芸市。2001年当時、ここでは、最重要害虫アザミウマ類への対策として天敵タイリクヒメハナカメムシの利用を中心とするIPM技術を模索していました(岡林、 2003)。しかし、アブラムシ類に対して殺虫剤を散布すると、タイリクヒメハナカメムシに悪影響を及ぼすことがわかってきました。そこで、アブラムシ類に対しても天敵を用いた防除技術が必要となりました。

その頃、近畿中国四国農業研究センター(当時は四国農業試験場)では、アブラムシ対策としてバンカー法という技術を研究していました。アブラムシ類はいつか必ずハウスに入ってくるのだけれども、それがいつなのか予想できません。一旦ハウスに入ってしまうと、知らないうちに増殖してしまいます。そして、気づいたときには天敵を導入するタイミングを逸していることがしばしばです。こうした場面では、天敵でアブラムシ類を待ち伏せるバンカー法が有効です。ムギ類(バンカー植物)に代替餌ムギクビレアブラムシ(野菜の害虫とはならない)を着生させ、天敵コレマンアブラバチを維持する方法です(図1)。

バンカー法の実用化

この防除法の実証試験を高知県農業技術センター、安芸農業振興センターとともに、2002年から2005年の4年間にわたり実施しました。

実証試験にあたって、バンカー法が成功したのか失敗したのかという判断基準を予め設定しました。バンカー法をIPMに取り入れる目的は、収穫盛期においてアザミウマ類の天敵タイリクヒメハナカメムシに対して、殺虫剤による悪影響を与えないことでした。

ですから、アブラムシ類への殺虫剤散布をハウス全体に実施せざるを得ないほどアブラムシが増殖した場合には「失敗」とし、無散布や部分的な散布(ハウス面積の1/10以内)で防除ができれば、「成功」としました。



1年目(2002年)の実証試験の結果は、76カ所中27カ所で成功事例を得ました。成功率は36%に過ぎず、成功より失敗(49ヵ所)の方が多い状況でした(図2)。
バンカー法の実用化
失敗の原因は、第1にバンカーへの天敵の定着の遅れや失敗でした。天敵で害虫を待ち伏せすることがこの技術の要点なのです。また、天敵に寄生する二次寄生蜂の発生によりバンカー法の防除効果が低下した事例がありました。その他にも、コレマンアブラバチが寄生できないヒゲナガアブラムシ類の発生、バンカー設置箇所数の不足、バンカー管理を途中でやめてしまったことなども、失敗の原因となっていました。


1年目に失敗事例の方が多かったことから、生産者の皆さんがこの技術を見放してしまうのではないかと、私自身はかなり心配しました。しかし、バンカー法によりアブラムシ類に対する殺虫剤の散布回数が減少したことや、失敗の原因を特定できたことから、次年度では150カ所での試験に拡大することができました。1/3の成功があれば、改善により、過半数の成功に導くことができるということを、この産地の皆さんは、マルハナバチやククメリスカブリダニの導入時に体験済みだったのです。

2年目に試みた改善は以下の6つです。
1.バンカー設置時期を早めてスケジュールに余裕を持たせる。しかし、
2.設置時期が早すぎると、二次寄生蜂が増加する場合があるので、少なくとも天敵の放飼は11月以降(側窓を閉める時期)とする。
3.バンカー設置箇所数を10a当り4~6カ所に増やし、配置場所も分散させる。
4.バンカーは2~3カ月を目途に更新し、ムギクビレアブラムシを適宜追加する。
5.バンカーを作の最後まで維持する。
6.ジャガイモヒゲナガアブラムシやチューリップヒゲナガアブラムシが発生した場合、コレマンアブラバチが寄
生できないため、早期発見に努め、殺虫剤の部分散布や捕食性天敵の放飼を行うようにする。

その結果、2年目(2003年)では、成功率は1年目のおよそ2倍の67%に上昇しました(図2)。そして、その後も成功率が70%以上に安定しました。
バンカー法の普及については、実証試験の巡回調査の中で地区担当普及員および基幹的生産者にノウハウを伝える形で行っていきました。2002年では76カ所、2003年では約150カ所、その後、2005年では高知県内4つの地区で226ヵ所、推計59.6haとなりました(長坂ら,2010)。しかし、2007年になると、55ヵ所、13.1haへと減少してしまいました。



この原因はタバココナジラミバイオタイプQの発生です。この新たな害虫に対して殺虫剤散布が必要となったため、タイリクヒメハナカメムシなどの天敵を維持することが困難となり、殺虫剤中心の防除に戻ってしまいました。複数の主要害虫への対策をセットにして防除技術を組み立てる必要があるという、天敵利用を基幹技術としたIPMの難しさがここに現れています。その後、このコナジラミに対しても土着天敵タバコカスミカメなどの利用で乗り切り、天敵利用も拡大に転じたとのことです(古味,2011)。

一方、高知県以外では、福岡県(柳田ら,2009)、三重県(西野・北上,2011)、栃木県(西村,2010)などでも、イチゴ栽培でのバンカー法の研究がなされてきました。そして、最近の調査では、イチゴでのバンカー法の利用が増加しつつあります。イチゴでは、カブリダニ類の利用が進み、天敵の利用価値が認識され、次の技術ということで、アブラムシ対策としてのバンカー法に取り組んでおられるようです。イチゴでは管理温度が低く、二次寄生蜂が増加しにくいことも、取り組み増加の要因となっているのかもしれません。

バンカー法に取り組まれた生産者の皆さんはそれぞれに工夫を凝らしておられました。そうした皆さんのお知恵を拝借して、『アブラムシ対策としての「バンカー法」技術マニュアル』を作成いたしました(近畿中国四国農業研究センター,2005)。農研機構のホームページに掲載しておりますので、参考にしていただければと思います。そして、今後も生産者の皆様、天敵製造・販売関係の皆様や技術者の皆様のお知恵を加えて、より良いものへと改訂を重ねていきたいと思っております。


引用文献
岡林俊宏(2003)植物防疫 57: 530-534
近畿中国四国農業研究センター(2005)アブラムシ対策としての「バンカー法」技術マニュアル(近々2014年版を公表予定)
古味一洋(2011)バイオコントロール15: 59-62
長坂幸吉・高橋尚之・岡林俊宏・安部順一朗・大矢愼吾(2010)中央農研センター研究報告15: 1-50
西村浩志(2010)関東東山病害虫研究会報 57: 75-78
西野実・北上達(2011)三重県農業研究所報告33: 11-17
柳田裕紹・嶽本弘之・浦広幸・森田茂樹・宮田將秀・増田俊雄・柏尾具俊(2009)  生物機能を活用した病害虫・雑草管理と肥料削減:最新技術集(農研機構・中央農研)74-76

 
 
※2014年4月15日現在の情報です。製品に関する最新情報は「製品ページ」でご確認ください。