ゼンターリ顆粒水和剤による
きのこの害虫防除
─シイタケオオヒロズコガについて─

時本 景亭・坪井 正和

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.98/E (2001.2.28) -

 


 


 

 きのこ栽培には種々の害虫被害がみられるが、近年、シイタケオオヒロズコガ(Morophagoides ussuriensis)によるシイタケ(Lentinula edodes)種菌の食害が増える傾向があり、栽培現場で大きな問題になっている。その予防法の一つとして、著者らはBT剤「ゼンターリ顆粒水和剤」の利用について検討したので、その結果を概説する。なお、この研究の一部は生研機構の委託で実施した。

1. シイタケオオヒロズコガの生態と被害の実態

 シイタケオオヒロズコガは鱗翅目のガで、成虫の翅の開張は15~20mm(第1図)、幼虫の長さは12mm前後である。この幼虫がシイタケのほだ木を食害するのであるが、特におが屑種菌やおが屑種菌を駒状に成形した形成種菌を優先的に食害する(第2図)。おが屑種菌や形成種菌は種菌部分から子実体を発生し易い性質をもっているが、種菌が食害を受けると子実体は発生し難くなり、収量が減少する。なお、春に気温が上昇すると子実体にも侵入するので、虫の入ったきのこが消費者に渡り、不評を買うこともある(第3図)。

 シイタケオオヒロズコガの野外での生活史は第5図の通りである。幼虫は越冬し、5月頃から蛹になり、2週間程度で成虫となる。ただし、ハウス内など、冬季に暖房した状態でほだ木を管理すると、成虫になる時期が早くなる。成虫は卵を地面やほだ木樹皮上に産み付け、それらの卵は約12日間で孵化する。秋には第2回目の成虫となる。

 春に形成種菌を接種したシイタケほだ木の食害の有無は同年の8月頃に明瞭になる。食害された種菌の上部に虫糞が排出されるので、これを被害の目印にできるからである(第4図)。一般に林内ほだ場では極端に大きな被害が生じることは少ないが、種菌の30%程度が食害されることはめずらしくない。ハウス内でほだ木を管理する場合には被害が大きくなることがあり、80%以上の種菌が食害を受けることもある。

第1図 シイタケオオヒロズコガ成虫 第2図 幼虫と食害された種菌

第3図 シイタケの子実体に侵入した
シイタケオオヒロズコガ幼虫
第4図 種菌の菌栓上に排出された虫糞

第5図 野外におけるシイタケオオヒロズコガの生活史

 

 2. ゼンターリ顆粒水和剤の毒性

 ゼンターリ顆粒水和剤はBacillus thuringiensisのタンパク毒素と生菌を含むが、このタンパク毒素は鱗翅目昆虫以外には毒性を示さないとされている。シイタケ菌糸の生長に対しては、寒天培地に5,000ppm(200倍希釈)の濃度で加えても、全く影響は認められなかった。

 飼料混入法によってシイタケオオヒロズコガに対する毒性を検定した(第1表)。シイタケのおが屑種菌にゼンターリ顆粒水和剤を混ぜて、孵化後40日あるいは60日間経過した幼虫に食べさせたところ、400ppmでは摂食後4日目で全個体が死滅した。摂食後6日目では、100ppmでも全て死滅した。

濃度 ppm 致死効果
孵化後40日幼虫 孵化後60日幼虫
2日目 6日目 2日目 6日目
800 80% 100% 80% 100%
400 80 100 40 100
200 60 100 80 100
100 60 100 40 100
50 20 80 20 100
0 0 0 0 0
第1表 飼料混入法によるBT剤「ゼンターリ顆粒水和剤」のシイタケオオヒロズコガ幼虫致死効果*
(注) *:摂食後2日目と6日目に死滅した幼虫の個体数割合を調査。
 
BT剤 摂食までの
期間(日)*
供試
個体数
6日後の
致死率(%)**
ゼンターリ 2 8 100
12 6 33
27 10 30
BT剤A 2 8 100
12 6 33
27 10 20
無し 2 8 0
12 6 0
27 10 0
第2表 BT剤を添加した形成種菌の殺虫効果
(注) *:BT剤をおが屑種菌に混和・形成した後、幼虫に摂食させるまでの期間。
**:死滅した幼虫の個体数割合。

 ところが、BT剤をおが屑種菌(形成種菌)に混ぜると、時間の経過とともにシイタケオオヒロズコガに対する致死効果が低下することが明らかとなった。すなわち、ゼンターリを混ぜてすぐに摂食させると全て死滅するのに対し、混ぜてから12日あるいは27日間経過してから摂食させると、致死率は33%や20%に低下してしまったのである(第2表)。この理由としては、シイタケ種菌のpHが4程度と低いことや、シイタケ菌糸体によるタンパク毒素の分解等が推察されるが、解明には今後の精査が必要である。いずれにしても、当面は種菌に直接BT剤を混ぜて防除することは難しいと判断された。なお、第2表~第4表でBT剤AおよびBと記しているのは、ゼンターリ以外のBT剤製品を指す。

 ゼンターリを形成種菌の蓋すなわち菌栓に塗布した場合の、BT菌が菌栓上に生きている期間を調査した。処理した菌栓を無菌的に室内に置き、経時的に発菌試験を行なったところ、予想をはるかに超えて90日間以上生存していることが認められた。また、BT菌が生存している菌栓を幼虫に食べさせたところ、致死効果を保持していることも確認できた。紫外線量の少ない室内とはいえ、長期間の毒性維持がなぜ可能であったかを今後検討する必要がある。

3. ほだ木栽培での検定

 ゼンターリ等のBT剤を200倍希釈で形成種菌の菌栓表面に塗り、原木に接種した。ついで、これらほだ木を林内に置き、6カ月経過した10月上旬にシイタケオオヒロズコガによる種菌の食害程度を調査した(第3表)。被害が大きいほだ場では無処理区の食害率が28.0%、ゼンターリ処理区の食害率は6.5%であり、明らかな有効性が確認された。シイタケオオヒロズコガの幼虫は菌栓を食べて種菌に侵入するため、このような効果が得られると思われた。他のBT剤も有効であったが、ゼンターリよりは効果が小さかった。被害が2%に満たないほだ場では、BT剤処理の効果は認められなかった。

 種菌を確実にシイタケオオヒロズコガに食害させるために、植菌後のほだ木を5月10日から7月5日まで雌雄の成虫を放した密閉室に入れ、ほだ木に産卵させる試験を行なった(第4表)。その結果、無処理区では82.6%の種菌が食害されたのに対し、菌栓にBT剤を塗ることで食害率は9.0%にまで低下した。併せて、子実体発生率も向上した。

 もちろん、ゼンターリをほだ木に散布することによってもシイタケオオヒロズコガの食害を防除することは可能である。ほだ木の樹皮にゼンターリ1,000倍液を散布し、10日および60日後にそれらの粉末を幼虫に食べさせたところ、摂食後10日目には約90%の幼虫が死滅した。また、林内に置かれたほだ木に、幼虫発生時期である6月にゼンターリを散布した事例でも、明らかな食害率の低下が認められた(第5表)。菌栓への塗布とほだ木への散布を併用すれば、さらに食害率は低下した。

BT剤 食害率
被害大ほだ場 被害小ほだ場
 ゼンターリ 6.5% 1.7%
 BT剤A 9.5 1.8
 BT剤B 13.7 1.9
 無処理 28.0 1.8
第3表 BT剤の菌栓への塗布と種菌食害率
(注) 各区ほだ木10本を3月26日に植菌。10月9日に各処理区240個の種菌について食害率を調査。
 
BT剤 被害率 子実体
発生数
子実体
発生率
 ゼンターリ 9.0%  8.6個/体 17.6%
 BT剤A 42.4  3.1 6.7
 無処理 82.6  0.9 1.9
第4表 BT剤の菌栓への塗布(室内摂食試験)
(注) BT剤を塗布した種菌を4月9日に植菌。5月10日~7月5日に室内で雌雄のシイタケオオヒロズコガ成虫を放って産卵させた。8月18日に被害度調査、11月20日に子実体発生のためにほだ木浸水処理を実施した。
 
処理方法 調査
種菌数
種菌の食害率
(%)***
菌栓に塗布* ほだ木に
散布**
855 0.4
720 1.3
805 0.6
780 8.1
第5表 ゼンターリの処理方法と有効性
(注) *:200倍希釈液を種菌接種の前日の3月17日塗布
**:1,000倍希釈液を6月15日にほだ木全面に散布
***:9月28日に調査

4. おわりに

 BT剤ゼンターリ顆粒水和剤の使用によってシイタケオオヒロズコガによるシイタケ種菌の食害を軽減できることが明らかになった。BT剤にはBT菌の系統や生菌であるか否か等によって種々の製品があるが、筆者らが調査した範囲内ではゼンターリがシイタケオオヒロズコガの防除に最も適していた。

 シイタケは健康食品として位置づけられており、農薬の使用には特に慎重を期さねばならない。幸いBT剤は選択性の高い天敵生物農薬であり、きのこ類はもとより、人畜や魚類にも影響が少ない。また、農林水産省の告示によって、BT剤を使用しても有機農産物として表示することが認められている。このようにBT剤は安全で環境にやさしいことを消費者に理解してもらうことが大切である。

((財)日本きのこセンター菌蕈研究所)