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アブラムシの天敵はマイナーなものも数え上げると広範なグループにわたり、よく知られているテントウムシやクサカゲロウ、ハナアブなどの昆虫のほかに、クモ、ダニ、ムカデ、ナメクジ、線虫、鳥、菌類が含まれる。これらの天敵は寄生者、捕食寄生者、捕食者、病原微生物に類別できるが、ここでは捕食寄生者の主要グループであるアブラバチ(写真:上左)とアブラコバチ(写真:上中・右)について、特性と利用を中心に対比しつつ概観したい。 アブラバチはコマユバチ科アブラバチ亜科、アブラコバチはツヤコバチ科に属する。アブラコバチ亜科はすべてアブラムシ寄生性であるが、ツヤコバチ科は一部の属がアブラムシ寄生性、そのほかの属はカイガラムシまたはコナジラミ寄生性である。アブラムシ寄生性ツヤコバチをアブラコバチと称する。アブラバチは世界から約600種、アブラコバチは約50種、日本からそれぞれ約80種と17種が知られる。 1998年に農薬登録された(株)アリスタ ライフサイエンスの「アフィパール」は、アブラバチの一種、コレマンアブラバチを含有する。本種と導入が検討されているエルビアブラバチについては次号で詳述する。
1.生活史と特性比較アブラバチとアブラコバチはともに内部単寄生性である。1匹のアブラムシに複数の卵が生まれることはあるが、ハチが2匹以上羽化することはない。寄主体内でふ化した幼虫は、まず生命維持に関係のない卵巣や脂肪体を食べて成長し、最後に消化管、背脈管、気管などを食べる。アブラムシはこの時点で死亡する。ハチ幼虫は寄主体内の組織・器官を食べ尽くすと、アブラバチでは寄主の腹面を裂き絹糸線からの分泌液でアブラムシを植物体などの基質に固着し、寄主の外皮を裏打ちするようにして繭を紡ぐ。アブラムシの薄い外皮は分泌液との反応で硬くなり、黒色、濃褐色、淡褐色、赤色などハチのグループに特異的な色に変わる。このような被寄生アブラムシをマミー(ミイラ)という(写真:下左)。ハチはその中で蛹化する。Praonなど一部の属では、幼虫は寄生の腹面から脱出しアブラムシの遺骸の下に絹糸でテント状の囲いをつくり、その中で営繭し蛹化する(写真:下中)。アブラコバチでは幼虫は寄主の外皮を裂かず絹糸も吐かないが、分泌液が腹部の外皮を浸透してアブラムシを基質に固着させ外皮を硬化黒変させる。マミーの形状はアブラバチでは丸く、アブラコバチでは細長い(写真:下右)。成虫は羽化後口器でマミーに丸い穴を開けて脱出する。 これらの捕食寄生バチの寄主はアブラムシ科に限られ、カサアブラムシ科とフィロキセラ科には寄生しない。アブラバチの寄主はアブラムシ科の11亜科のうち10亜科にわたるが、アブラコバチではアブラムシ亜科とマダラアブラムシ亜科が主で6亜科のみである。各種の寄主範囲は一般に狭く、特定の種あるいはグループに限られる。約20゚Cにおける発育期間は、アブラバチでは約2週間、アブラコバチでは約3週間で、アブラムシ(約1週間)よりそれぞれ2倍、3倍長い(第1表)。マミー形成から羽化までの期間はアブラバチでは全発育期間の約3分の1、アブラコバチでは約2分の1である(第1表)。雌成虫の生存日数は羽化後短期間に集中的に産卵するアブラコバチより、長期間に均等に産卵するアブラコバチのほうが長い(第1表)。1雌当り総産卵数はアブラバチでは100~500(最多1,200)、アブラコバチでは50~400(900)である(第1表)。既寄生寄主を識別する能力はアブラバチよりもアブラコバチの方が高く、1匹の寄主に2つ以上の卵を産む過寄生は後者ではまれにしか起こらない(第1表)。アブラコバチの雌成虫は寄主体液摂取(写真:上右)を行ない、その栄養分によって卵を逐次成熟させる。アブラバチにはこの習性はない(第1表)。
2.生物的防除素材としての利用アブラコバチの一種、ワタムシヤドリコバチ(Aphelinus mali)によるリンゴワタムシの防除は、害虫を導入天敵によって防除するいわゆる“古典的生物的防除”の成功例としてよく知られる。リンゴワタムシはリンゴの樹幹、枝、葉柄、成長点、根に寄生し、加害部を隆起させ、樹勢を衰弱させる。このハチは1921年に北米東北部からカナダブリティッシュコロンビア州、イタリア、ウルグアイ、南アフリカへ導入されたのを皮切りに、その後世界各地で輸入放飼された。日本へも1931年にオレゴン州から青森県へ導入され成功を収めた。これはわが国においてアブラムシを対象に行なわれた“古典的生物的防除”の唯一の例である。外国ではその後も侵入害虫アブラムシを防除するため、アブラバチやアブラコバチがたびたび導入されている。導入国はアメリカ合衆国が最も多く、オーストラリア、ニュージーランドがそれに次ぐ。防除対象はアルファルファ、ムギ類、果樹を加害するアブラムシが多い。最近の例として北米に侵入したロシアコムギアブラムシ(Diuraphis noxia)がある。これまでにコレマンアブラバチ、ダイコンアブラバチなど5種アブラバチとAphelinus albipodus、A. asychisなど4種アブラコバチが、南ヨーロッパ、中東、中央アジア、東アフリカ、南米などから北米各地に導入されている。
天敵のもう一つの利用法である“大量放飼”のために、欧米ではこれまでに8種捕食寄生バチが商品化されている(第2表)。これらは施設作物を加害するアブラムシ防除用で、防除対象はその主要害虫であるワタアブラムシ、モモアカアブラムシ、チューリップヒゲナガアブラムシあるいはジャガイモヒゲナガアブラムシ(以下および付表では、それぞれワタ、モモアカ、チューリップヒゲ、ジャガヒゲと略記)である(前号参照)。
最近、わが国においてチューリップヒゲが一部地域のトマトで問題化しているため、コレマンアブラバチに続いてエルビアブラバチの導入が検討されている。両種ともに優れた防除素材であるが、在来種の中に利用可能性のある種はないのであろうか。その候補として9種在来捕食寄生バチをあげ、導入(検討)種とともに施設作物を加害する主要4種アブラムシに対する適性度を示した(第3表)。在来のアブラバチの中にはワタ、モモアカのいずれかに適性の高い種はあるが、コレマンアブラバチのようにその両方に適性の高い種はない。チューリップヒゲの捕食寄生バチについては、調査が不十分であるがこれまでのところ適性の高いアブラバチは見つかっていない。一方、アブラコバチにはAphelinus asychisやAphelinus sp. Bのようにワタにもモモアカにも適性の高い種がある。A. asychisはチューリップヒゲにも適性が高い。ワタアブラコバチはワタに、Aphelinus sp. Eはモモアカとチューリップヒゲに適性が高い。 アブラバチとアブラコバチのどちらが生物的防除素材として優れているかを評価するのはむずかしいが、それぞれの特性(第1表)から一般的な長所-短所の比較はできる。
アブラムシの防除に捕食寄生バチを利用する際には、種の特性はもとよりアブラバチあるいはアブラコバチに共通する特性についても十分吟味し、それぞれの長所を生かして使い分けていく必要があろう。 (京都府立大学農学部)
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