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はじめにバータレック昆虫病原糸状菌バーチシリウム・レカニ(Verticillium lecanii)を主成分とする水和剤タイプの微生物農薬で、ヨーロッパではすでにアブラムシ類の防除に使用されているが、わが国では植物体に直接散布できる昆虫病原糸状菌製剤としては初の製剤である。この菌はアブラムシ類やコナジラミ類などいくつかの昆虫だけに感染し死亡させるカビの仲間で、ほ乳類はもちろん標的昆虫以外には感染しないきわめて安全性の高い糸状菌である。バータレックの登場でわが国でも本格的な微生物農薬の時代が到来したと言えるが、従来の化学合成農薬と異なり、使い方によってはその効果を十分に発揮させることができない場合もある。今回は菌の特徴や感染させるための条件などの説明も加えながら、本製剤の上手な使い方について述べる。 1.昆虫病原糸状菌 バーチシリウム・レカニの害虫類に対する病原性バーチシリウム・レカニは、菌の系統によって害虫類に対する病原力や菌自体の特徴(菌そうの色や胞子の大きさなど)が異なることが知られている。代表的なものとしてアブラムシ類に強い病原性を示す系統とコナジラミ類に強い病原性を示す系統があり、バータレックはアブラムシ類に強い病原性を示す系統の製剤である。コナジラミ類に強い病原性を示す系統もすでに製剤化されており(商品名:マイコタール)、これについても近い将来微生物農薬として使用できるようになるものと思われる。
バータレックやマイコタールに含まれる菌はもともとイギリスで分離されたものであるが、本菌はわが国にも広く分布していることが知られている。著者は宮城県園芸試験場の場内でワタアブラムシとオンシツコナジラミから2系統の菌を分離しており、病原力や菌の特徴から、ワタアブラムシから分離されたアブラムシ由来菌株はバータレックに含まれるバーチシリウム・レカニに近縁であり、オンシツコナジラミから分離されたコナジラミ由来菌株はマイコタールに近縁であった。この宮城県園芸試験場分離株2系統の各種害虫類に対する病原力の強弱を第1表に示した。アブラムシ由来株はワタアブラムシ、モモアカアブラムシおよびイチゴケナガアブラムシに強い病原性を示し、ミカンキイロアザミウマに対しても病原性が認められた。しかし、オンシツコナジラミに対する病原力は弱かった。一方、コナジラミ由来菌株はオンシツコナジラミとシルバーリーフコナジラミに強い病原性を示したが、アブラムシ類やミカンキイロアザミウマに対しては病原力が弱い傾向を示した。両者ともに有用昆虫であるカイコに対してほとんど病原性を示さなかった。 バータレックの持つ病原力は、宮城県園芸試験場分離株のアブラムシ由来菌株とほぼ同様であると考えられ、対象害虫はほぼアブラムシ類に限定されるが、アザミウマ類などが同時発生している場合には副次的に効果が現れることもあるだろう。
2.感染に好適な温度・湿度条件と体内への侵入時間バーチシリウム・レカニをいろいろな温度条件で培養すると5゚C~30゚Cの間で菌糸の伸長が認められるが、盛んに成育するのは20゚C~25゚Cの範囲である。アブラムシ類への感染にも温度条件がきわめて重要な役割を果たすことから、モモアカアブラムシを用いて、いろいろな温度条件下での本菌による死亡率の推移を調査した。結果は第1図に示した。 本菌は10゚C以上の温度条件でモモアカアブラムシに対してほぼ100%の高い死亡率を示すが、温度が低くなるほど死亡するまでに日数がかかり、たとえば25゚Cでは死亡率が100%に到達するのは3日後であるのに対し、16゚Cでは6日後、7゚Cでは10日あまりと延長された。このように低温の時には効果がきわめて遅効的になることから、その間の作物への加害も考えると、バータレックは少なくとも最低気温が15゚C以上の時に使用するのがよいと思われる。また、感染には湿度条件も重要であり、アブラムシ類への感染は湿度75%以上で起こるが、最適湿度は95%以上である。75%以下の湿度では感染率は急激に低下することがわかっている。
バーチシリウム・レカニがアブラムシに感染し死亡させるプロセスを簡単に説明すると、まず胞子(分生子)がアブラムシの体に付着する(自然発生の場合は雨滴などにより運ばれた胞子がアブラムシにたまたま付着することであり、バータレックを用いる場合は散布によって、人為的に付着させることになる)。付着した胞子が発芽し、アブラムシの体表面の皮膚を貫通して体内に入り込む。入り込んだ菌は胞子よりやや大きな短菌糸と呼ばれるものになって体内を巡り、アブラムシの体内から養分を収奪して増殖する。アブラムシは徐々に生存に関わる器官が侵され、やがて死亡する。このプロセスの中で本菌によるアブラムシ防除を成功させるために最も重要であると考えられるところは、感染を成立させる段階、すなわち胞子の付着から体内への侵入の部分である。アブラムシ体内への侵入に要する時間は、高い防除効果を得るために必要な感染好適条件の維持時間とも考えられる。そこで、20゚C、湿度100%の比較的感染に好適な条件下で、モモアカアブラムシに本菌接種後、各時間毎に体表面を消毒して各時間毎の感染率を調査した。結果は第2図に示したが、本菌のアブラムシ類への侵入時間は胞子の付着から約12時間後頃から始まり、20時間後にほぼ完了することがわかった。実際にバータレックをアブラムシ防除に利用する場合には、使用する圃場の温・湿度の変化などで多少のズレが生じると思われるが、得られた結果は感染好適条件の維持時間の目安として利用できるだろう。 3.バータレックのアブラムシ類に対する防除効果
4.上手な使い方以上の結果から、バータレックの上手な使い方をまとめた。
(宮城県園芸試験場)
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