天敵利用通信と天敵カルテシステム

三浦 一芸

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.97/B (2000.10.1) -

 


 


 

1.はじめに

 生物農薬の研究は環境保全や省力化等の要望に応えるために盛んに行なわれてきている。私の研究室でもコナガの天敵メアカタマゴバチ、モモアカアブラムシの天敵アブラバチ、アザミウマの天敵タイリクヒメハナカメムシの利用技術開発研究を行なってきている。また、府県の研究者の方々とそれらの天敵を現場に普及するための研究も続けている。このような取り組みは最近ではどこの国公立研究機関でも行なわれている。

 しかし、各地で生物農薬の普及に向けての研究が行なわれる中、いくつかの問題が出てきた。農薬と言っても化学農薬とは違い生き物を利用するのである。天敵生物は使い方次第で害虫に対して良く効いたり、効かなかったりする。生物を使用した生物的防除は非常にデリケートな技術である。研究者は生物農薬の普及のために放飼方法を含む利用技術を懸命に開発している。しかし、たった一つの生物農薬剤の利用技術を開発するためにはかなりの時間と労力を必要とする。研究者は苦労して得られた成果を天敵利用の検討会議などで発表を行なう。しかし、そこで発表された内容はどこかの研究者が以前発表したものと重複した部分が多い成果だったりすることがある。時間をかけ、労力をかけ得た成果がほとんど無駄になる。

 日本は狭いと言われながらも、農家の方々の畑は個性がある。そのため、ある地域で有効とされる技術をそのまま他の地域へは持っていけない。似たような地域での例があると参考になるが、全く異なる条件の地域の例では参考にならない。しかし、そのような情報をどのようにして見聞するのかよくわからないのが現状であると考える。

 これらの共通する根本的な問題は「情報不足」である。二つの問題とも事前に研究事例を探してはいるだろう。しかし、個人で探すのも限界はある。そこで、考え出されたものが天敵利用通信と天敵カルテシステムである。これらについて簡単ではあるが紹介する。

2.天敵利用通信

 天敵利用通信は広島県立農林技術センターが中心となって中国農業試験場、農業技術研究所、埼玉県園芸試験場などの研究者とともに1997年12月から発行されている。発行の趣旨は、天敵利用に関する技術情報の伝達が欠落しているとの認識を踏まえ、先進農家、普及員、営農指導員などを対象とした情報伝達のシステムを構築することにより、天敵利用の技術情報を従前の試験研究先行型から生産現場主体型に変貌させ、あわせて生産現場における天敵両技術の平準化を図ることであった(那波ら、2000)。プリント版やインターネット版(ホームページはhttp://ss.cgk.affrc.go.jp/kiban/tennteki/index.htm)を利用し、天敵利用に関する諸情報の積極的な発受信を行なっている(第1図)。天敵利用通信には農家や普及員などが実際に天敵を使用した「現場事例報告」、最新の知見やトピックなどが記述された「試験研究から」、欧米の天敵利用事情の「海外だより」、国内外の天敵の開発・流通動向などを紹介する「販売第一線から」などが掲載されている。プリント版の継続購読を要望される方は天敵情報ネット事務局(広島県立農業技術センター 那波邦彦・林英明気付 〒739-0151 東広島市八本松町原6669 TEL:0824-29-0521 FAX:0824-29-0551)まで、90円郵便切手を貼付し発送先を表書きした定型封筒(大きめのもの)を送付して下さい。

第1図 天敵利用通信インターネット版

3.天敵カルテシステム

 天敵カルテシステムは今までの生物農薬の放飼結果を成功、不成功問わずカルテという形でデータベース化しインターネット上で誰でも利用できるようにするものである。このシステムは生物農薬利用推進のための、情報システム整備の試みでもある。この構想実現に向けて府県の試験場、農林水産省試験場、大学、生物農薬開発企業、日本植物防疫協会に所属する21名が有機的に結びつき開発運営を進めている。それぞれ開発運営のための予算措置はいっさい講じていない。あくまでもボランティアとして進めている。農業研究センターがデータベースのシステムを開発し、中国農業試験場が管理・運用している。

第2図 天敵カルテシステム概要(田中、1999より)

第3図 カルテシート(左)および登録の流れ(右)(木浦ら、2000)

第4図 天敵カルテ

第5図 IPM-MLからの抜粋

 天敵カルテシステムは大きく情報蓄積サブシステムと支援サブシステムに分けられる(第2図)。まず、情報蓄積サブシステムは、(1)事例をカルテシートに記入し(第3図)、(2)データベースに登録し、(3)ホームページで公開する(第4図)。データベース利用者は支援サブシステムを活用して、(4)事例をホームページ上で検索し、(5)新たな事例を作成した場合は(1)に戻る。支援サブシステム(第2図)は、(6)ユーザーズマニュアル、(7)天敵IPMガイド、(8)天敵IPMメーリングリスト(以下IPMML)、(9)天敵IPMアドバイザーから成り立つ。利用者は近くに指導者が存在しない場合、(6)ユーザーズマニュアル(システム利用のための基本マニュアル)とシステム利用のための自習書である(7)天敵IPMガイドと併用して「天敵カルテ」システムを活用していくことになる。よほど天敵に詳しい人を除き、カルテシート(天敵の成功、失敗例が書かれたもの)だけを見て、自分の圃場へ応用することは困難と考えられる。そこで、二つのお助けサブシステムがある。まず、(8)天敵IPMメーリングリスト(以下IPMML)は情報共有・交換のためのインターネット会議室(メーリングリスト)であり、誰でも加入できる。2000年7月24日現在、天敵専門家を中心とした107名のメンバーにより試験的な運用を行なっている。たとえば、情報を流す場として第5図のような使い方もできる。そして、(9)天敵IPMアドバイザーは現地圃場への天敵導入のための助言者グループとして今後組織・養成する予定であるが、公開当初はIPMMLで機能を代替させている。以上が簡単ではあるが「天敵カ�����テ」システム運用の流れである。ところで、使用料などはいっさい必要なく、もっと知りたい、参加してみたいと思われた方は著者(電話0849-23-4100,E-mail:miurak@cgk.affrc.go.jp)までご一報くだされば幸いである。また、天敵カルテシステムはhttp://tenteki.cgk2.affrc.go.jp/index.phtmlから入れる。

 天敵利用通信や天敵カルテシステムで研究者や生物農薬利用者間の情報のやりとりが活発になり、無駄な労力・時間を排除でき、かつ必要な情報を簡単に取り出せるようになれば、「情報不足」の問題も緩和されるのではないだろうか。このような農業技術普及のインフラ整備的なサポート研究が今後もっと必要なものと考える。

(農林水産省中国農業試験場)