ホクガード乳剤による
テンサイ褐斑病の防除

内野 浩克・渡辺 英樹

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.96/F (2000.7.1) -

 


 


 

1.緒言

 テンサイ褐斑病の病原菌はCercospora beticolaで、葉や葉柄に発病し、葉では、直径1~5mmの円形病斑を生じる。病勢が激しいときには、1葉に数百個以上の病斑を生じ、病斑が融合して大型になり葉全体が褐変し、枯死に至る(出田、1903;北海道大学甜菜研究会、1959)1)2)。また枯死葉が多くなると新葉の再生が激しくなり、収量・糖分が著しく低下する。発生面積が広いことからも、日本においてはテンサイの栽培上最も重要な病害であるといえる。

 現在、褐斑病防除の中心的な薬剤として、EBI剤が使用されている。EBI剤は、病原菌の細胞膜の構成成分であるエルゴステロールの生合成を阻害するという特徴を持ち、作用点から3種類に分類されている。植物体内への高い浸透移行性を有していることから、予防的な効果のみではなく、発病を認めてからの処理によっても高い治療的効果を示す(高野・加藤、1988)。なお、テンサイに登録のあるEBI剤はテトラコナゾールを含めて5剤あるが、いずれも作用点から14位脱メチル化反応阻害剤に分類され、「DMI剤」(Demethylation Inhibitorsの略)と呼ばれている。

 新規DMI剤であるテトラコナゾール(商品名:ホクガード乳剤)の防除効果について検討した試験の概要について報告する。

試験年次 1994年 1995年 1996年 1994年
散布方法 連続 交互 交互 交互
実施場所 帯広市愛国町 幕別町相川 帯広市豊西町 帯広市豊西町
試験設計 乱塊法3反復 乱塊法3反復 乱塊法4反復 乱塊法4反復
1区面積 18.0平方メートル 18.0平方メートル 18.0平方メートル 14.0平方メートル
供試品種 モノエース・S モノエース・S モノエース・S モノエース・S
播種月日 3月22日 3月25日 3月14日 3月10日
移植月日 5月11日 5月9日 4月27日 4月26日
収穫月日 10月17日 10月24日 10月24日 10月24日
耕種概況の表

 

▲テンサイ褐斑病 分生子柄と分生胞子

(長さ40~100μm)

2.材料および方法

 本剤のテンサイ褐斑病に対する防除効果および薬害について、1994年から1997年の4年間にわたり検討した。

(1)供試薬剤

 テトラコナゾール15%乳剤および、対照薬剤としてジフェノコナゾール25%乳剤およびマンゼブ75%水和剤を用いた。

(2)散布方法

 テトラコナゾールは1,500倍、ジフェノコナゾールは3,000倍、マンゼブは500倍の希釈液を作製し、背負式全自動噴霧器を用いて、100l/10aの割合で、7月下旬から9月上旬まで、2週間間隔で4回散布した。散布液には展着液(非イオン界面活性剤、1994~1996年は商品名「ラビデンSS」、1997年は商品名「ラビデン3S」、希釈倍率はそれぞれ5,000倍)を毎回加用した。

 なお、テトラコナゾール処理区およびジフェノコナゾール処理区は、それぞれの薬剤を、1994年のみ4回連続散布を行ない、1995~1997年はマンゼブ(1回目および3回目)との交互散布とした。マンゼブ処理区は4年とも4回連続散布を行なった。

(3)耕種概況

 本試験は帯広市または幕別町の3地点において実施した。1994~1996年は、畦長6m、畦幅60cm、5畦の18.0・を1区とした。1997年は、畦長6m、畦幅60cm、4畦の14.4・を1区として区を配置した。なお、反復数は、1994年および1995年は3反復、1996年および1997年は4反復とした。耕種概況の詳細は以下の通りである。

(4)発病および薬害調査

 褐斑病について、北海道法(西田・池、1963)3)の指数0~5により、試験区の内、3畦の51個体(1994~1996年)または内2畦の40個体(1997年)を、株ごとに調査した。

薬害調査は随時肉眼観察によった。

(5)収穫調査

 試験区の内3畦(1994~1996年)または内2畦(1997年)を収穫した。区の両端は1畦当り3株宛除外した。

第1図 テトラコナゾールの防除効果

(注)最終調査(9/29~10/2に実施)の値を示した。

 

第2図 テトラコナゾールのテンサイ根重に対する効果

(注)無処理を100とした指数を示した。
   無処理のカラム中の数値は根重の実数値(t/ha)。

3.結果

 試験実施4ヵ年の無防除区における最終調査時(9/29~10/2)の発病程度は、1994年および1995年はそれぞれ2.91および3.09で、いずれも多発生であった。1996年および1997年はそれぞれ1.53および2.04で、いずれも中発生であった。第1図に示したように、テトラコナゾール処理区の最終調査時の発病程度は0.03~0.52で、全ての試験年次において供試薬剤中最も低くなり、対照のマンゼブを大きく上回る顕著な防除効果が認められた。また同系のジフェノコナゾールとの比較においても、同等か優る防除効果が認められた。一方、収量の比較において、テトラコナゾール処理区の根重は、すべての供試年次において無処理区を4~21%上回り、また供試薬剤中もっとも高くなった(第2図)。

 供試4ヵ年の平均値を比較すると、テトラコナゾール処理区の発病程度は0.19で、ジフェノコナゾール処理区の0.35と比較して、5%水準で有意な差が認められた。また薬害は認められなかった(第1表)。第2表に示したように、各薬剤処理区の根重および根中糖分は、無防除区と比較して高い値を示し、各薬剤処理区の糖量は、いずれも無防除区と比較して5%水準で有意に高くなった。薬剤間の比較において、根中糖分に差は認められなかったが、テトラコナゾール処理区の根重は54.9t/haで、ジフェノコナゾール処理区の52.3t/haを有意に上回り、糖量においても、ジフェノコナゾール処理区と比較して5%水準で有意な差が認められた。

区別 発病指数 発病株率(%) 薬害
テトラコナゾール 0.19 33.7 なし
ジフェノコナゾール 0.35 41.4 なし
マンゼブ 0.76 67.5 なし
無処理 2.36 99.6 -
L.S.D.5% 0.11 - -

第1表 テトラコナゾールの防除効果(平均値)

(注)1994~1997年の4ヵ年の平均値を示した。

 

 
区別 根重(t/ha) 根中糖分(%) 糖量(t/ha)
テトラコナゾール 54.9 17.94 9.85
ジフェノコナゾール 52.3 17.9 9.35
マンゼブ 51.2 17.93 9.18
無処理 49.7 17.38 8.64
L.S.D.5% 2 0.22 0.35

第2表
テトラコナゾールのテンサイ収穫に対する効果(平均値)

(注)1994~1997年の4ヵ年の平均値を示した。

4.考察

 第1図に示したように、本試験を実施した4ヵ年中、褐斑病の発病程度が多発生であったのは1994年および1995年であった。そのうち、特に1995年においては、テトラコナゾールの発病程度は、ジフェノコナゾールの値と比較して低く、顕著な差が認められた。両剤の散布1回当りの有効成分処理量は、テトラコナゾールが100ga.i./10aであるのに対し、ジフェノコナゾールは83ga.i./10aであり、後者の方がやや少ない。しかし、各供試薬剤の連続散布を行なった1994年においては、両剤の発病程度の差はわずかであり、両剤をそれぞれ所定の希釈倍率で散布したときの、テンサイ褐斑病に対する防除効果はほぼ同等と考えられた。一方、1995年には、DMI剤より効果の劣る有機硫黄剤であるマンゼブとの交互散布としたところ、両剤処理区間の発病程度に顕著な差が生じた。また両剤は、少発生年であった1996年および1997年には、交互散布によりほぼ完全に褐斑病の発生を抑制した。1995年に生じた防除効果の差は、有効成分の抗菌活性の差よりもむしろ、テトラコナゾールの浸透性が高い等の植物体への作用性、または残効期間や耐雨性に優る等の環境中における安定性の差により生じたと思われた。

 第2図に示したように、テトラコナゾール処理区の根重は、すべての試験年次において供試薬剤中もっとも高くなった。第1図に示したように、1994年、1996年および1997年の3ヵ年は、テトラコナゾール処理区とジフェノコナゾール処理区の発病程度にほとんど差が認められなかったにもかかわらず、テトラコナゾール処理区の根重はジフェノコナゾールより3~5%上回った。

 本試験を実施した4ヵ年の平均値をみると、無防除区の発病程度は2.36で、薬剤処理区と比較して、褐斑病による根重および根中糖分の低下が認められた(第1表および第2表)。テトラコナゾールとジフェノコナゾールの発病程度(実数値)の差は0.16とわずかではあったが、5%水準で有意であった。またジフェノコナゾールとマンゼブ間にも有意差が認められた。一方、根重の比較においては、ジフェノコナゾールとマンゼブ間には有意差が認められないのに対し、テトラコナゾールとジフェノコナゾール間には有意差が認められた。根中糖分の比較においては、薬剤間の差は認められなかったが、根重が増加したことにより、テトラコナゾールの糖量が供試薬剤中最も高くなり、有意差も認められた。 一部のDMI剤は、エルゴステロール生合成阻害を示すとともに、高等植物のジベレリン生合成の反応を阻害することが確認されている(高野・加藤、1988)4)。テンサイ苗の徒長抑制剤として登録があるウニコナゾールPは、DMI剤が植物成長調整剤として開発されたものであるが、本剤を処理した植物は、伸長が抑制され、単位面積あたりのクロロフィル量が増加し、葉色が濃くなることが知られている(山崎、1994)5)。テンサイに登録のあるDMI剤のうち、シプロコナゾールは、薬液をテンサイ植物体に処理したときに、葉色の濃緑化や、葉身がやや厚く、縮葉気味となる症状が認められることがあるが、これらはジベレリン生合成阻害によるものと考えられる。

▲テンサイ褐斑病の激発圃場 ▲当社試験畑におけるホクガード散布区の状況

 

 クロロフィルの密度が増加すれば、単位面積当りの光合成速度が増加するのは明らかである。同時に、地上部の伸長が抑制されるのであれば、光合成により得られた栄養分が根部の成長、あるいは根部への蓄積に使用されることが期待できる。本試験においては、テトラコナゾールの処理による、葉の濃緑化や縮葉といった反応は認められなかったが、薬害調査は肉眼観察のみを行なっており、実際には植物体に上記のような反応が生じていても、反応の程度が微少であったために、肉眼では判別できなかった可能性も考えられる。

 本試験で、テトラコナゾールの処理により根重が増加する傾向が認められた原因として、ジフェノコナゾール(DMI剤)にはテンサイの成長を阻害する作用があり、テトラコナゾールは植物体に対する影響がより小さい剤であることが考えられる。しかし、それよりもむしろ、テトラコナゾールを処理したときには、褐斑病の防除による根重・根中糖分の低下の回避とは別に、テンサイに対して成長調整剤的に作用する可能性がある。テトラコナゾールが植物のジベレリン生合成を阻害するか、またその他の機作による植物成長調整機能を発現するのかといった、本剤を処理したときのテンサイに対する影響についての詳細な調査が待たれる。

 本試験において、テトラコナゾールの散布により、テンサイ褐斑病の発生および病徴の進展が顕著に抑制され、既存のDMI剤を上回る防除効果が認められた。また本剤は、処理したときに根重が増加する傾向があるという、付加価値的な特徴が認められた。しかし、本剤を過度に処理したときには、収量低下や耐性菌の発生が懸念される。本剤の使用に際しては、既存のDMI剤と同様に、連用を避け、他薬剤と組み合わせた防除体系を組む必要があろう。

▲テンサイ葉上に形成された褐斑病の病斑 ▲ホクガードの散布により、
壊死組織が脱落した病斑

 

5.摘要

1.新規DMI剤であるテトラコナゾール15%乳剤の、テンサイ褐斑病に対する防除効果について、1994年から1997年の4年間にわたり検討した。圃場での散布は、本剤の1,500倍希釈液を作製し、100l/10a(100ga.i./ha)の割合で行なった。対照としてジフェノコナゾール25%乳剤の3,000倍(83ga.i./ha)およびマンゼブ75%水和剤の500倍(1,500ga.i./ha)との比較を行なった。

2.無防除区の褐斑病の平均発病程度が2.36であったのに対し、テトラコナゾール処理区の平均発病程度は0.19となり、本剤の散布により、テンサイ褐斑病の発生および病徴の進展が顕著に抑制され、マンゼブ(0.76)を大きく上回る防除効果が認められた。またジフェノコナゾール(0.35)との比較においても有意に高い防除効果が認められた。

3.収量の比較において、テトラコナゾール処理区の根重は、すべての供試年次において無処理区を4~21%上回り、また供試薬剤中もっとも高くなった。本剤と同様に褐斑病の発生を顕著に抑制したジフェノコナゾールと比較しても、根重が増加する傾向が認められ、4ヵ年の平均値の比較において、根重・糖量ともに有意に上回った。

(日本甜菜製糖株式会社)

引用文献
  • 1)北海道大学甜菜研究会(1959).甜菜-栽培と管理.三.90-93.博友社、東京.
  • 2)出田 新(1903).日本植物病理学.増訂 八、754-755.裳華房、東京.
  • 3)西田 勉・池 大司(1963).甜菜褐斑病調査基準の改訂について.てん菜研究報告.
  • 昭和38年補巻2.24-27.
  • 4)高野仁孝・加藤寿郎(1988).エルゴステロール生合成阻害を作用点とする殺菌剤.
  • 植物防疫42:408-412.
  • 5)山崎博子(1994).ウニコナゾールによる野菜苗の生育制御.植調28:99-104.

(本稿はてん菜研究会報第40号、p80~84(1998)より許可を得て転載)