|
アブラムシ類の天敵製剤「アフィパール」が1998年に農薬登録され、(株)アリスタ ライフサイエンスから市販されている。本剤はコレマンアブラバチを含有し、施設作物のワタアブラムシとモモアカアブラムシ(以後、それぞれワタ、モモアカと略記)の防除素材として有効利用が期待されている。これまで施設作物を加害するアブラムシ類の中で、防除が必要な種はこの2種に限定されていた。ワタはキュウリ、メロン、イチゴ、トウガラシ、ナスなど、モモアカはトウガラシ、ナス、アスパラガスなどを加害する。しかし、最近、チューリップヒゲナガアブラムシ(以後、チューリップヒゲ)が一部地域のトマトで問題化している。ヨーロッパにおいても最近、チューリップヒゲがトマトで、ジャガイモヒゲナガアブラムシ(以後、ジャガヒゲ)がトウガラシで問題となってきたため、両種アブラムシの防除素材として新たにエルビアブラバチが商品化されている。わが国においても、その製剤「エルビパール」の導入が検討されている。本小文ではまずアブラムシ類を概観し、施設作物を加害するこれら4種アブラムシの来歴について述べ、次回以降でアブラムシの寄生バチ類、特にコレマンアブラバチとエルビアブラバチについて述べたい。
1.アブラムシの生存戦略と進化の方向アブラムシ類はその出発点において備えていた、柔らかい外皮で被われ小さく軟弱なからだをもつという形態的特徴に制限されるとともに、その特徴を積極的に生かして発展してきた。柔らかい外皮はからだの形状変化が容易で、環境条件に応じて性、生殖様式、翅型を異にする多様な型(モルフ)を生みだせる。小さく軟弱なからだは外敵に無防備であるが、天敵による捕食には単性生殖、胎生、寄主転換や細胞内に微生物を共生させるなど、さまざまな方策を取り入れて増殖を高めることで対応してきた。アブラムシ類の基本的な生存戦略は、からだを大きく頑強にして積極的に天敵と戦うのではなく、天敵の餌食になることを容認し、食われた分を補うために増殖能力を高めるというものではないか。 アブラムシ類は古生代ニ畳紀に起源し、中生代白亜紀以降に被子植物が爆発的に進化するのにともなって、それに適応放散して多様な分化を遂げてきた。アブラムシ類は現在3科11亜科に分けられ、491属4,400種を含む(Blackman and Eastop、1994)。ワタ、モモアカ、チューリップヒゲ、ジャガヒゲをはじめ作物加害種の大部分はアブラムシ科アブラムシ亜科に属する。この亜科は属数で全体の50%、種数で57%を占め、地史的には比較的最近バラ科植物と共進化して急速に発展してきたグループである。 アブラムシ類は進化過程のかなり早い段階で、単性生殖と両性生殖とを組み合わせた周期性単性生殖(完全生活環)を確立したと考えられる。アブラムシ類はこの周期性単性生殖から、季節的に一次寄主と新たに獲得した二次寄主間を往き来する寄主転換性の獲得、さらに多種二次寄主植物への放散の過程を経て二つの方向へ進化し、その過程で種分化がおこったと考えられる。一つは寄主転換性を喪失する方向、もう一つは両性生殖を喪失し周期性単性生殖から永久単性生殖(不完全生活環)へ向かう進化である(第1図)。
2.施設作物を加害する主要4種アブラムシの種分化段階前述のように、施設作物を加害するワタ、モモアカ、チューリップヒゲ、ジャガヒゲの主要4種アブラムシはアブラムシ亜科に属し、バラ科植物と密接な関係をもって発展してきた。このグループのアブラムシ類はバラ科植物(一次寄主)とさまざまな分類群に属する植物(二次寄主)間を往き来する寄主転換性となり、次いで多種植物へ放散し、さらにそれらに特殊化するという進化過程を経たと考えられる(第1図:A→C)。二次寄主植物への特殊化が進むとアブラムシは一次寄主植物へ戻らず、二次寄主で生活環をまっとうするようになる。その道筋は二つあり、一つは従来一次寄主に戻って行なっていた両性生殖を二次寄主で行ない、それぞれの二次寄主で周期性単性生殖の生活環をまっとうする方向(第1図:C→F)、もう一つは二次寄主で単性生殖のみを行ない、それぞれの二次寄主で永久単性生殖の生活環をまっとうする方向(第1図:C→E)である。いずれの場合にも、異なる二次寄主植物に特殊化したアブラムシは互いに遺伝子の交流が途絶え、種分化が起こる。 ワタ、モモアカ、チューリップヒゲ、ジャガヒゲは現在、前述の種分化過程のバラ科植物から多種二次寄主植物へ放散し、特殊化への途上にあると考えられる。これらの4種アブラムシのこれまでに記録された寄主植物は、いずれも20科以上にわたり100種を超える。アブラムシ類の寄主植物はふつう特定の種あるいはグループに限られ、このような広食性の種は例外的で4,400種のアブラムシ類のうち20種にも満たない。この例外的な広食性は種分化の途上にあることによると考えられるが、各種の種分化段階は少しずつ異なる。 現在、これらのアブラムシはいずれも全世界に分布するが、ワタとモモアカは東アジア、ジャガヒゲはヨーロッパ、チューリップヒゲは北アメリカ起源と考えられる(第1表)。ワタ、モモアカ、ジャガヒゲの3種は日本で周期性単性生殖と永久単性生殖の両生活環を経るのに対し、チューリップヒゲは永久単性生殖に限られる(第1表)。チューリップヒゲは両方の生活環型が生息する北アメリカから、日本へは永久単性生殖型のみが侵入、定着したのであろう。モモアカとチューリップヒゲの一次寄主はバラ科植物に限られるが、ワタとジャガヒゲではバラ科以外の系統的に隔たった複数の科にわたっている(第1表)。
モモアカとチューリップヒゲは本来の一次寄主を保持している(第1図:C)のに対し、ワタとジャガヒゲは本来の一次寄主を喪失し(第1図:F)、本来の二次寄主が一次寄主となったと考えられる。種分化の段階は、多種二次寄主植物へ移動しても特定の一次寄主に戻るモモアカ、チューリップヒゲよりも、それをやめてしまったワタ、ジャガヒゲの方が、一歩進んでいるといえよう。 これらのアブラムシはアブラムシ類の中では例外的に広食性であるが、種内の特定の型あるいはクローンについてみると寄主範囲は種の寄主範囲の一部に限られる。これらのアブラムシが多種類の二次寄主植物に放散し、特殊化の途上にあることを考えればそれは当然である。いずれも種内に寄主特異的な多くの型を包含し、それらの寄主植物種の総和が膨大な数になる。これが“例外的な広食性”の実態である。ワタではキュウリとナスに寄生するものは寄主型を異にし、キュウリ型をナスでナス型をキュウリで飼育するのは難しい。アカネで周期性単性生殖の生活環を経る型もある。この型はフヨウ、クロツバラなどからのとは交雑できず、ワタとは別種として取り扱うべきであろう。モモアカではタバコに寄生できるタバコ型と寄生できない非タバコ型が類別されている。タバコ型はモモを一次寄主とし非タバコ型と交雑できるが、この型をモモアカとは別種(Myzus nicotianae)とする意見もある。モモアカは東アジア起源とすれば、このアブラムシが中南米起源のタバコと出会ってから400年余しか経っていないことになる。この型を種として取り扱うことには異論もあるが、アブラムシは特定の寄主に適応してわずか400年余で種レベルの分化を遂げ得るのであろうか。これらのアブラムシは種分化のまさにただなかにあるのである。 (京都府立大学農学部)
|