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1.はじめにかつて、「九州のような雨の多いところで、よく巨峰を露地でつくりますね」と、雨の少ない本州のブドウ産地の方が申されたそうである。誠にしかりである。第1表に世界および日本のブドウ産地の降水量を示した。おおげさに言うと、九州は世界一雨の多いブドウ産地と言えるかも知れないのである。ブドウは、元来、雨の少ない地帯に適する果物であるので、雨の多い地帯での栽培は、病害の多発を初めとしていろいろなハンディを背負わざるを得ない。しかし、人間は、これまでいろいろなハンディを知恵と創意工夫、技術革新で乗り越え、道を開いてきた。九州のブドウにも、正にこのようなことが言えるのではないだろうか。大上段にふりかぶってしまったが、本稿では、雨の多い九州、とりわけ大分県でのブドウ主要病害の発生の現状と防除対策および今まで取り組んできたオーソサイド水和剤の効果的使用法について紹介することにしたい。
2.大分県におけるブドウ主要病害の発生の現状と防除対策1)枝膨病本病がブドウ枝膨病として公表されてから、すでに十数年が経過しているが、一時のような激しい発生はないものの、依然として発生は継続している。特に、多雨年、また防除対応が不十分なケースで、新たな発生が多い。枝膨病防除は、その実効を上げるためにはとにかく徹底した対応が大切である。そのポイントを紹介すると、以下のとおりである。(1)枝膨病は典型的な雨媒伝染性病害であるので、雨よけのためのビニル被覆が非常に有効である。特に新しい感染防止に効果が高い。ただし、ビニル除去後の薬剤防除が手抜かりにならないようにすることが大切である。 (2)発生園では、樹体のいろいろな部位に伝染源が存在するので、まず薬剤防除にあたっては、薬液が常に樹全体に十分付着するような工夫が必要である。耕種的防除は、ビニル被覆を主に伝染源除去対策(病枝の剪除、粗皮剥ぎ、塗布剤等による病斑の封じ込め)を徹底する。 (3)枝膨病原菌は、木化した古い枝より緑色新梢の方が感染しやすく、感染した新梢は、即翌年の重要伝染源部位となる。また、新梢が感染すると、健全枝への更新ができにくくなる。したがって、前述のような薬剤および耕種的防除で新梢への感染防止を徹底する。最近、無核ピオーネの短梢整枝栽培が普及しつつあるが、これは長梢整枝栽培にくらべ、剪定後の新梢の残存率が非常に低く、かつ残す位置が当初から決まっているため防除対応が非常にやりやすい。この短梢整枝とビニル被覆との組合せは枝膨病対策の切り札になる可能性がある。 (4)枝膨病に効果の高い薬剤は、ジチアノン剤を筆頭に比較的多い。したがって、これらの有効薬剤を他病害との同時防除をにらみながら、いかに効率よく組合せ使用するかがポイントとなる。現在、一応の防除体系は出来上がった段階になっている(詳細は省略)。 (5)現在、スピードスプレーヤーが防除の主流になっているが、枝膨病防除法は伝染源の所在部位である枝幹に薬液がどうしてもかかりにくい。このことが、散布時期および回数が適正であっても、防除の実効が上がりにくい一原因となっている。この解消には、低速走行、走行間隔の短縮、走行ルートの固定化回避、無風時散布、薬液が付着しやすい整然とした樹形づくり等が必要である。 2)べと病大分県における露地栽培での平年の初発は、6月第1~2半旬である。したがって、5月下旬以降雨が多いと発生も多くなる。本病は二次伝染をくり返し、感染の期間が非常に長いので、雨が多く、防除が後手に回り、新梢の二次伸長が続くような条件が重なると多発する。特に、失敗事例で多いのが、小豆粒期以前の防除が不十分で、摘粒から袋かけ期に雨が多く、果粉の溶脱や薬剤の汚れの心配で防除を手控えたケースである。この解消には、まず小豆粒期までの防除を徹底すること、摘粒から袋かけ期にかけての作業をすばやく行なうこと、果粉の溶脱や汚れができるだけ少ない薬剤を選択使用すること、袋かけ直後の防除を速やかに行なうこと等である。ビニル被覆栽培ではこのような事態に陥ることはないので、九州のような雨の多い地域では、安定生産のためにはビニル被覆は欠かせない。
3)灰色かび病現在、安定生産のため施設化が推進されているが、本病は施設化によって逆に発生が多くなる傾向がある。これは、施設内が病原菌の生育に好適(特に多湿)になりやすいためである。したがって、施設内の多湿対策がポイントになるが、特に灰色かび病の初発生期の開花前後の灌水、換気には十分な配慮が必要である。特に、無核ピオーネの施設栽培では、この時期に発生が多いと、成熟果房での発生も多くなるので注意が必要である。開花7~10日前に古ビニルを全面マルチするのも一法で効果が高い。また、開花後の花冠脱落処理も成熟果房の発病を防止する上で欠かせない。薬剤防除は、開花前後の散布がポイントになるが、耐性菌対策を考慮した薬剤選択が大切である。 4)晩腐病最近、発生が多い年が続いている。特に無核ピオーネの普及に伴って被害が目立つようになった。雨の多い年に発生が多いが、施設栽培でも発生がみられ、大分県においては、今一つ伝染経路が明らかにできてない。対策としては、伝染源の所在部位(残果房軸、巻ひげ)の除去、結果母枝への塗布剤処理、花冠の脱落処理、早期袋かけと適切な留め金処理、各種管理による果房体質の強化、収穫後半の早めの収穫の切り上げ、伝染源の所在部位が少ない短梢整枝の導入とその施設化、休眠期および生育期の有効薬剤による防除の徹底等が重要と考えている。
▲果粉の溶脱状況
3.オーソサイド水和剤の効果的使用法オーソサイドは広範な病害に有効な薬剤として、今日まで永く愛用されてきた。ブドウでも晩腐病、褐斑病、灰色かび病、べと病、枝膨病、黒とう病といった6つの重要病害に登録を有している。これまで筆者らは、主に九州病害虫防除推進協議会の果樹連絡試験で、オーソサイドのブドウに対する効果的な使用法について検討を重ねてきた。ブドウの重要病害に対する防除効果は第2表に示したとおりで、褐斑病、べと病、晩腐病に対しては、これも広範に使用されているマンゼブ剤(対照)とほぼ同等の防除効果、黒とう病に対しては高い防除効果を有すると判定した。枝膨病に対しては残念ながら効果は低いようである。薬害はいずれの試験でも認められなかった。
第2表 各試験年におけるブドウ主要病害に対するオーソサイド水和剤の防除価
このようにオーソサイド水和剤の特長の第一は、広範なブドウ病害に実用的な効果を示すことである。これは実際の防除場面では他殺菌剤との混用の必要がないということで、利点の一つである。第二の特長は、第4表からも読みとれるように、果粒に対する果粉の溶脱が他剤にくらべあまり目立たないことで、商品性の観点から非常に大きな利点である。ブドウの果粒の表面には、生育に伴ってワックス(wax)が形成される。これは果粉(Bloom)と呼ばれるもので、ブドウの果粒の独特の美しさ、高貴さをかもし出す役目を果たしている。したがって、これが薬剤等によってまだら状に溶脱したりすると、外観の美しさが著しく損なわれ、商品性が低下する。 現在、オーソサイドのブドウでの安全使用基準は収穫30日前まで、使用回数2回以内となっている。したがって、オーソサイドの利点を最大限に活かすには、第3、4表の結果からも判断されるように、幼果粒期の1~2回使用で防除体系に組み込むのが最も適切と考えられる。 なお、第4表の結果から、晩腐病の対策を重視する場合は、開花前~落花期の適用薬剤を卓効剤のアゾキシストロビン水和剤に変更する方法も考えられる。
第4表 ブドウ主要病害に対する各防除体系による防除効果 4.おわりに雨の多いブドウ産地九州、とりわけ大分県におけるブドウ病害の現状とオーソサイドの使用法について若干の紹介を行なった。少しでも参考になるところがあれば幸いである。今後、さらに適切な防除を行なう上では、各病害の発生生態、適用薬剤の特性、産地の気象およびブドウの生育特性等について、まだまだ究明されなければならない部分が多いように思われる。 (大分県農業技術センター)
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