ホクガード乳剤のテンサイ褐斑病防除特性
 

平松 基弘

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.93/C (1999.10.1) -

 


 


 

はじめに

 ホクガード乳剤は、トリアゾール系殺菌剤であり、植物病原菌細胞膜の重要構成成分であるエルゴステロールの生合成を阻害し(C-14α位脱メチル化阻害)、細胞膜の機能、形態を変化させることによって、病原菌の生育を阻害する1)。本剤の有効成分であるテトラコナゾールは1986年モンテディソン社(現イサグロ社)により開発された2)。国内においては1991年より株式会社アリスタ ライフサイエンスと北興化学工業株式会社で共同研究を行ない、主として北海道の主要作物病害への適用性について試験研究した結果、テンサイ褐斑病およびコムギうどんこ病に対し従来の薬剤に比べ優れた効果を示すことを見出した。そこで、1993年より公的委託試験を実施し、1998年8月に登録取得した。ここでは、ホクガード乳剤のテンサイ褐斑病に対する防除特性について述べる。

第1表 ホクガード乳剤のテンサイ褐斑病に対する予防および治療効果
表中の数値は防除価、( )内数値は1葉あたりの平均病斑数
供試品種:「モノエースS」、7~8葉期苗、3連制
薬剤名 予防効果
(散布1日後接種)
治療効果
(散布2日後散布)
40
ppm
10
ppm
2.5
ppm
0.63
ppm
0.16
ppm
40
ppm
10
ppm
2.5
ppm
0.63
ppm
0.16
ppm
ホクガード乳剤 100 100 98 91 85 100 99 91 57 45
マンゼブ水和剤 94 77 51 - - - - - - -
カスガマイシン液剤 - - - - - 99 94 82 22 -
無処理 (149.9) (149.9)


第1図 ホクガード乳剤の病斑形成阻止効果(治療効果)(1995)
供試品種:「モノエースS」、7~8葉期苗、4連制
無処理の平均病斑数:315.1個/葉

予防・治療効果

 ホクガード乳剤のテンサイ褐斑病に対するポット試験による予防および治療効果試験結果を第1表に示した。散布濃度は40、10、2.5、0.63ppmとし、対照剤として予防剤であるマンゼブ水和剤および治療効果の高いカスガマイシン液剤を用い同一濃度で比較した。散布1日後接種の予防効果は極めて高く、90%の防除価を示す散布濃度(EC90)は0.3ppmであり、10ppm散布では発病は認められなかった。一方、接種2日後散布による治療効果も高くEC90は2.2ppm であった。

 テンサイ褐斑病菌は侵入後から発病までの潜伏期間が長く、20℃では12日間程度である。そこで、病菌接種から薬剤散布までの日数と効果について調べた(第1図)。接種後7日目までの1,500倍液(100ppm)散布では、発病はほぼ完全に抑制され、6,000倍液(25ppm)散布においても高い効果が認められた。さらに初発病斑が観察された接種12日後散布でも、100ppm散布で防除価77%、25ppm散布で64%の効果を示し、カスガマイシン液剤の400倍液(50ppm)散布の効果より優る傾向にあった。

第2図 ホクガード乳剤の持続効果(1995)
供試品種:「モノエースS」、7~8葉期苗、4連制
無処理の平均病斑数:100.6個/葉

第3図 ホクガード乳剤の耐雨効果(1995)
供試品種:「モノエースS」、7葉期苗、3連制
無処理の平均病斑数:93.9個/葉

持続効果および耐雨性効果

 持続効果は、薬剤散布したポット苗を病菌接種までの所定期間ガラス温室内で管理し、同じ日に病菌接種した。第2図に結果を示すとおり、1,500倍液(100ppm)散布の効果は、散布3週間後においても効果低下はほとんど認められなかった。6,000倍液(25ppm) 散布では、散布後2週間目以後に効果低下がみられたが、マンゼブ水和剤の500倍液(1,500ppm)散布より高く、残効性に優れた薬剤であると考えられた。一方、降雨に対する影響を調べるため、散布30分後、3時間後に人工降雨装置を用いて30mm/hrの強さの降雨を1時間処理し、風乾後に病菌接種した(第3図)。薬剤散布30分後の降雨では、25ppm散布でも効果の低下は認められず、本剤は降雨の影響を受けにくいと考えられた。

 以上述べてきたように、ホクガード乳剤の散布適期幅は広く、予防・治療効果に加え、残効性、耐雨性に優れ、感染後期の散布による病斑形成阻止効果も高いことが明らかとなった。

ガス効果

 本剤のガス効果の有無について、まずin vitroのシャーレ試験で調べた。すなわち、直径9cmシャーレを用い、バレイショ寒天培地上にテンサイ褐斑病菌の菌叢片を植菌し、シャーレ蓋裏側に有効成分量で1,000μgの薬剤を含浸させたろ紙を張り付け、菌叢と接触しない状態で24℃4日間培養後、菌叢生育程度を調査した。その結果、菌叢生育はほぼ完全に阻止され、ガス効果を有することが確認された。

 そこで、このガス効果が防除効果につながるものがどうかについてポット試験でさらに検討した。0.25平方メートル(1×0.5×0.5m)のビニール枠内に8葉期苗を3ポット並べ、1,500倍液(100ppm)を120リットル/10a相当量散布し、薬液が乾いた後に、第4図に示すように散布苗との間に無散布苗が交互になるように配置し病原菌を噴霧接種した。接種後4日間は、夜間のみビニール枠上部を濡れタオルで被覆し、その後は無被覆とした。第2表に結果を示すとおり、無散布苗に対しても薬剤散布した苗とほぼ同等の高い効果が認められた。このことを、実圃場場面に考え合わせると、葉が重なり合うように繁茂した栽培条件においても、ガス効果により安定した防除効果が発揮されるのではないかと期待される。

第2表 ホクガード乳剤のガス効果(1997)
薬剤名 希釈倍数 濃度(ppm) 防除価(%)
無散布苗 散布苗
ホクガード乳剤 ×1,500 100 92 100
ジフェノコナゾール乳剤 ×3.000 83 0 100
シプロコナゾール液剤 ×3,000 30 0 100
無処理 - - (206.2)

供試品種:「モノエースS」、8葉期苗、3連制
病菌接種:0.25平方メートルのビニール枠内に薬剤散布苗と無散布苗を並べ胞子懸濁液を噴霧接種し、接種後4日間は夜間のみ濡れタオルで被覆した。

圃場効果

 北海道試験農場での試験結果を第5図に示した。5月1日にテンサイ苗を定植し、初発生は7月17日に認められた。病勢は8月中旬頃まで緩慢であったが、下旬以降急激に進展した。無処理の発病度(発生予察調査基準に準拠して調査し発病度を算出)が、最終調査時の10月20日には96%となる甚発生の試験条件において、ホクガード乳剤の散布を、初発生時から1ケ月間隔の3回実施した。一方、対照剤としたカスガマイシン・銅水和剤およびマンゼブ水和剤は、初発生時から3週間間隔で4回散布した。ホクガード乳剤1,500倍液の3回散布による効果は、カスガマイシン・銅水和剤の800倍液4回散布およびマンゼブ水和剤の500倍液4回散布より明らかに高く、優れた防除効果を示した。

薬剤感受性検定

 北海道におけるテンサイ褐斑病防除は、1968年以降ベンズイミダゾ-ル系薬剤が大勢を占めていたが、1974年には効力不足地域が散見されるようになり、同系統薬剤に対する低感受性菌の存在が報告された3)。一方、エルゴステロール生合成阻害剤(EBI剤)として1989年にピリフェノックス水和剤が登録され、その後ジフェノコナゾ-ル乳剤、シプロコナゾ-ル液剤が使用されるようになった。しかし、現在までこれらEBI剤に対する感受性低下の報告はない。

 テンサイ褐斑病菌のテトラコナゾールに対する感受性について、EBI剤の未使用時期に分離した保存菌株とEBI剤使用後に圃場より分離した菌株を用いてバレイショ寒天培地による平板希釈法で検定した。その結果、1968~1985年のEBI剤未使用時期に北海道の各地より分離した27菌株に対する50%の菌叢生育阻止濃度(EC50)は、0.02~0.23ppmの範囲にあった。一方、EBI剤上市後10年目にあたる1998年の秋に十勝、胆振支所管内の7ケ所の圃場で採集した罹病葉より単胞子分離した合計70菌株に対するEC50は、0.01~0.17ppmの範囲にあり、EBI剤使用以前の分離菌株との間に感受性差は認められなかった。

おわりに

 ホクガード乳剤は、テンサイ褐斑病防除剤として優れた防除特性を具備した薬剤であり、北海道農業に貢献できるものと期待している。

 EBI剤はその優れた防除効果の故に連用しがちであり、北海道のコムギうどんこ病においては既に低感受性菌の存在が報告されている4)。その対策として、同一作用を有する薬剤の使用を制限し、作用性の異なる他殺菌剤とのローテーション防除が指導されている。新剤の開発には多大の費用と年月を要しており、末長く使用して頂くことが開発担当者の願いである。

(北興化学工業(株)開発研究所)

引用文献

    1. A. Carelli etc. : Pestic. Sci. 35 (2). 167 (1992)
    2. R. A. Dybas etc. : Brighton. Crop Prot.  Conf. Pests and Dis. 1.49 (1988)
    3.山口武夫ら:日植病報42(3)、372(講要)(1976)
    4.中沢靖彦ら:日植病報58(1)、99(講要)(1992)