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(株)アリスタ ライフサイエンスから市販されているマメハモグリバエの天敵製剤「マイネックス」には、ご存じのとおり、2種の寄生蜂が混合されている。これらの寄生蜂の寄生様式(以下寄生戦略とよぶ)には際だった相違が見られ、その様子は本冊子87号でも紹介されている。イサエアヒメコバチの母バチは、鋭い産卵管によってハエ幼虫に毒液を注射して殺し、その死骸の側に産卵する。ふ化したハチ幼虫は死んだハエ幼虫に外側から食いつく。他方、ハモグリコマユバチの母バチはハエ幼虫の体内に卵を産みつけるが殺さない。ふ化したハチ幼虫は生育を続けるハエ幼虫の体内でともに生育し、ハエが蛹になるとこれを食い殺してやがて羽化する。 ところで、イギリスの高名な寄生蜂学者Askew教授はお弟子さんのShaw博士とともに1986年に発表した論文の中で、寄生蜂類の寄生戦略はイサエアヒメコバチに見られるように殺したり永久麻痺させた寄主に寄生するIdiobiontと、ハモグリコマユバチに見られる寄主を生かしたまま寄生するKoinobiontに2分できることを示した。その後、それぞれに「殺傷寄生」「飼殺し寄生」の邦訳が与えられて現存に至っている。本小文では、まずこれら二つの寄生戦略の起源と差異について少し詳しくご紹介した後、著者がかつて研究したハモグリバエ寄生蜂の実例をお示ししたい。
どちらが寄生の本流?寄生蜂類の進化の跡を遡ると、殺傷して不動にした寄主に産卵し、ふ化した幼虫は外部からその寄主を食う、イサエアヒメコバチなどの「殺傷寄生」する外部補食寄生蜂が寄生戦略の本流といわれている(内部補食寄生するものもいる)(第1、2図)。もっとも、こうした寄主利用のしかたは、狩バチなどにいたるまで膜翅目昆虫の仲間の間で一貫して見られる様式である。不動にされた寄主はゴミムシなどの清掃昆虫の餌食になりやすいので、安全で保護的な場所に住む昆虫類、たとえば樹木穿孔虫類や潜葉虫類などを主な寄主として利用してきた。 その後、進化の流れは、植物上など開かれた場所で生活する多くの昆虫類を寄主として利用する方向に進んだと考えられているが、この場合には殺傷寄生された寄主は露出するので清掃昆虫などへの対策が不可欠であったろう。かくして、寄主を殺傷するのでなく、毒液によって産卵の間だけ一時的に麻痺させ、その間に寄主の体表に産卵するグループが現れた。これがヒメバチ類などで見られる「飼殺し寄生」する外部補食寄生蜂である。 ところで、この場合の難題は、噛みつきなどによる寄主からの反撃であり、現にガの大きな幼虫に産卵しようとした母バチが噛み殺されるのが時に観察される。母バチの産卵活動は、このように大きなリスクを伴っている。この難題の解決策として、反撃力の弱い、小さくて未熟な相手を寄主として利用するグループが現れた。こうした寄主は反撃力が弱いので一時麻痺の必要もない。そのかわり、寄主のからだが小さいので、その内部に産卵し、卵や若齢幼虫の姿で寄主が十分な養分を提供できるまでに大きく成長するのを待って、その後それを旺盛に食べて急速に成長する。ただし、この場合には寄主にとって体内に産下された卵は「異物」であるから、寄主による免疫反応(生体防除反応とよばれる)が起こる。この新たな障壁の突破に成功したグループがハモグリコマユバチなどの「飼殺し寄生」する内部補食寄生蜂である。しかし、この難関の突破機構は極めて種特異的であるので、このグループの寄生蜂では寄主範囲が狭くならざるを得ない。 以上見てきたように、昆虫寄生の本流はイサエアヒメコバチに見られる「殺傷寄生」であり、ハモグリコマユバチに見られる「飼殺し寄生」はそれから派生した寄生戦略ということになる。
卵形成に見られる二つの様式第1表は二つの寄生戦略の特徴の比較であるが、上から5項目まではすでに触れたので説明を省く。ところで、昆虫の卵形成の様式には大きく分けて、雌成虫は生涯産むべき卵を羽化時に形成する事前卵形成pro-ovigenicと羽化後に卵形成と産卵が平行してダラダラと進む同時卵形成synovigenicの二つの様式が認められている。 第1表を見ると、二つの寄生戦略の間で卵形成に関する特性が対照的なまでに異なることが分かる。この違いが生じた理由はつぎのように考えられている。殺傷寄生蜂は、上述のように寄主が保護的場所に潜んでいるので頻繁に出会うことは難しく、こうした状況では事前卵形成よりも同時卵形成の方が有利であろう。さらに、コストの高い大型の有黄卵(卵黄をもつ卵)を産むためにタンパク質の獲得が必要であり、頻繁に寄主体液摂取をするようになった。寄主体液摂取とは、母バチが産卵管で寄主の体表に孔を開けて滲み出る体液を食べる行動である。一方、未熟寄主に産卵する飼殺し寄生の場合には、事情はずいぶん異なったことであろう。 自然界では寄主の生育途中における死亡リスクはたいへん高いので、それらに寄生している寄生蜂の死亡リスクも当然高くなる。それで、リスク分散のため羽化時にコストの低い小型の無黄卵(卵黄を欠く卵)を多数形成するようになったと考えられている。そのかわり、寄主体内に産下された卵は多くの場合寄主体液から養分を吸収するので、寄主体液摂取を必要としないといわれている。
殺傷寄生蜂による寄主の使い分けこれまでの議論から、飼殺し寄生の母バチは小さくて未熟な、できるだけ反撃力の弱い寄主に産卵するのが有利であり、逆に、殺傷寄生の母バチは子孫に十分な養分を保証するためできるだけ大きい成熟寄主に産卵する方が有利なことがわかる。事実、つぎの実験の結果を見ると、この点がうなずける。下記の2種の寄生蜂にキツネノボタンハモグリバエの若齢から蛹化直前までの種々の大きさの幼虫を与えて寄生をさせた。飼殺し寄生のコマユバチDapsilarthra rufwentrisでは(第3図左)、寄生によって得られた子世代成虫の大きさ、寿命、産卵数は寄生したハエ幼虫の大きさに左右されなかった。しかし、殺傷寄生のヒメコバチChrysocharis pentheusでは(第3図右)、寄主が小さいほどこれらの値も劣った。殺傷寄生では小さな寄主に寄生することは子孫にとって明らかに不利なことがわかる。
ところで、C. pentheusの母バチも寄主体液摂取を頻繁に行ない、この活動によっても寄主を殺す。したがって、寄主は寄生と寄主体液摂取の両方によって殺される。上記2種の寄生蜂に実験的に種々の齢期のハエ幼虫を与えて攻撃させ、ハチの羽化率を比較した(第2表)。D. rufwentrisでは羽化率(=寄生率)は寄主の大きさに関係なく50%前後であったが、C. pentheusではこれとはずいぶん様相が異なった。こちらの羽化率は、寄生蜂に殺されたハエ幼虫数に対する子世代のハチが羽化したハエ幼虫数の割合で表わされている。これに並行して行なった他の実験から、殺されたのにハチが羽化しなかったハエ幼虫は寄主体液摂取による死亡と見なしてよいことがわかった。 したがって、母バチは小さなハエ幼虫を餌用に、大きな幼虫を産卵用に使い分けることがうかがえる。さらにもう一つ驚いたことに、羽化した成虫の雌率までが寄主の大きさに著しく影響されたことである。多くの寄生蜂はご存じの通り半数倍数性で、受精卵からは雌の、未受精卵からは雄の子孫が生まれる。そして、いずれの卵を産むか、すなわち子孫の性の決定は母バチに委ねられている。したがって、C. pentheusの母バチはハエ幼虫の大きさを判別して、大きなハエ幼虫には種族維持上、重要度の高い雌卵を選択的に産んだことになる。このことは、他の実験によっても裏付けられた。さらに、こうした合理的な寄主の使い分けは、ハモグリバエ幼虫に寄生するヒメコバチ類の間では普通に見られることもわかった。 以上から、ヒメコバチ類の間では殺傷寄生にともなう寄主利用上の弱点は、母バチによる寄主の大きさに応じた上記2通りの合理的な寄主の使い分けによって極めて巧妙に補われていることがわかった。 (近畿大学農学部)
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