世界の農薬事情

―アフリカ編―

岡本 洋介

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.92/F (1999.7.1) -

 


 


 

はじめに

 アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドの海外編もいよいよ広大なるアフリカ大陸編を迎えた。

 筆者は西アフリカのコートジボワール(日本語表記では象牙海岸共和国)に2年半駐在していた縁で本稿の依頼を受けたが、広大なるアフリカ大陸を前にどの様に纒めるか大いに悩んだ。

 そもそもアフリカと言っても国数にして53ヶ国(98年3月現在)と世界(190ヶ国)の3割弱を占めているほど広大であり、また地域によって主食・農業形態も著しく異なるため、限られたスペースで全体を表現する事はほぼ不可能と言える。ではスペースがあったら纒めきれるのかと言われると余計困るのだか…。

 言い訳の前置きの様で恐縮だが、以下かなり乱暴ではあるがアフリカの農薬事情について触れたいと思う。

 言うまでもなくアフリカ大陸は日本から遥か遠く離れた異国の地でもあり(もちろん飛行機の直行便はなく、荷物を船便で送るにも欧州経由となり恐ろしく時間がかかる。極端な例では真夏に筆者の手元に日本からの年賀状が届いた事もある)、おそらく多くの読者の方々にはイメージが涌きにくいと思うので簡単に地域のあらましから入り、農業事情へと進めたいと思う。


▲西アフリカの市場にて

地域のあらまし

 世界・アフリカ・日本を比較した国勢概略を第1表に示す(数字の出典はまちまちながら95~98年の実績数値)。

 アフリカは国数で28%、人工で13%、面積でそれぞれ世界の22%を占めながら、そのGNPはわずか1.4%

である。この数字は比較的経済規模が大きい北アフリカ地域および南アも含んでおり、これら5ヶ国を除くサハラ砂漠以南の国々の合計では人口5.6億人、GNPは0.15兆ドルとなる。単純計算で1人当り約270ドル弱である。

 これら数字の大小をここで取り上げるのは本稿の趣旨ではないので割愛するが、イメージ作りには役立とう。

アフリカの農業の現状

 筆者は西アフリカの象牙海岸共和国のアビジャンなる大都市に駐在していたが、(国名の由来は象牙の輸出港であった事に起因する。英語のアイボリーコースト、仏語のコ-ト・ジボワールも同じ意味である)、その周辺国を含め比較的肥沃な土地であると感じられた。たとえばアビジャンのゴルフ場にはマンゴー・パパイヤをはじめさまざまなフルーツが実をつけており、気を緩めるとキャディーが木の上の実をパトロン(仏語圏では雇用者をこう呼ぶ)のクラブで引っかけて落し、さらにヘッドの部分で実を割って食べたり飲んだりしている。あまりに旨そうに食べるので怒るのも忘れて見つめていると、あなたも食うか?と差し出してくる。これはいつも遠慮することにしていた。

 街中の道路の脇では大勢の女性がメロンやパパイアを並べたり、時には頭上のかごに載せて一個10円程度で売っている。

 話を戻すが、このような肥えた土地ばかりでは無いにせよ、伝統的な焼畑のローテーションと猟銃により自分たちの部族を養うだけの食糧を賄ってきたアフリカだが、欧州列国による植民地時代を通し、恣意的な国境の策定、コーヒー・カカオをはじめとする大規模プランテーションの導入により農業体系が急激に変化し、現在も人口の急激な増加を背景に経済追求型の農業へと変貌しつつある。

第1表 世界・アフリカ・日本の国勢比較
  アフリカ
(A)
世界(W) 日本(J) A/W
(%)
A/J
国 数 53 190 - 28 -
人工(億人) 7.3 57.7 1.2 13 6倍
面積(百万平方キロ) 30 137 0.4 22 75倍
GNP(兆ドル) 0.4 27.7 5.0 1.4 8%

第2表 アフリカにおける換金作物の栽培状況(1996)(単位:1,000ha)
地域 国名 コーヒー カカオ 綿 タバコ
西アフリカ 象牙海岸共和国 1,405 2,150 230 20
  ガーナ 10 1,200 80 4
  ナイジェリア 8 400 452 22
東アフリカ ケニア 156   50 4
  エチオピア 295   42 6
  タンザニア 125 4 439 33

アフリカの農薬事情

 アフリカでの農薬使用場面を大別すると以下の3つになろう。

  1. 食用作物用途
  2. 換金作物用途
  3. 突発的に発生する大規模な渡りバッタの防除用途

 以下各セグメント毎に簡単に述べたい。

 (1) 食物作用用途
 アフリカの主食は地域によって大きく異なるが、大まかに言ってメイズ、イモ、マメ、バナナなどである。驚いたことに、西アフリカではフテュと呼ばれるバナナをきねと臼でついた日本の餅のような料理もある。筆者も食べたが、野菜・魚のごった煮スープをかける食べ方を別にすれば、フテュはまさにアフリカの餅である。
 また、近年コメの需要が急速に拡大しており、供給さえ追いつけば主食の座を射止めるのもそう先の事ではないだろう。
 野菜・果物については、日本が東南アジア各国から輸入を拡大しているように、欧州向けに(特に東)アフリカからの輸出が増加している。
 この分野は作物自体の単価が安いので、肥料は使うにしても最新の農薬はなかなか浸透し難く、使われるのはコモディティーのOPやピレスロイド等の殺虫剤が中心である。対象はアブラムシ、鱗翅目、バッタ等々。
 除草剤についてはこれまで労働コストが低かった事も有りあまり使用されてはこなかったが、近年その経済性が注目されつつありコメなどでは需要が拡大している。
 
 (2) 換金作物用途
 前述のごとく、植民地時代のなごりでアフリカの多くの国々が換金作物の栽培を行なっている。主な国々の作付面積は第2表の通り。
 カカオがほぼ西アフリカのみで栽培されているのが特徴的である。
 なお、カカオと言えばチョコレートの原料、チョコレートと言えば日本ではガーナが頭に浮かぶが、これには某菓子メーカーの商品名が影響しており実際は象牙海岸が世界一のカカオ生産国である。
 さらに余談となるが、欧州ではカカオ100%でなくてもチョコレートと呼んで良いか?という議論がEEC時代から何と20数年にわたって行なわれており、1997年10月の欧州議会においてようやくEUとして、一応の決着を見た。結果は自然化派の勝利で、カカオ95%以上であればチョコレートと名づけて売って良い事になったが、条件として商品の外側にその旨記載する事とされた。参考まで日本では12.6%以上であればチョコレートと呼んで良いことになっている。
 どうでも良い議論ではないかと思われる向きもあろうが、コーヒー・カカオ・茶など換金作物が自国の輸出総額の30~50%を占めるアフリカ諸国においては、これは死活問題とさえ言える。
 この分野では先進国童謡殺虫剤・殺菌剤が多く使われているが、長年古い薬剤を使いつづけてきたことから昨今抵抗性の問題が出てきており(たとえば綿花に大量に使用されているピレスロイド)、欧米メーカーを中心に新規薬剤の導入が盛んである。
 
 (3) 渡りバッタ(ローカスト)の防除
 一昨年マダガスカルで大発生し、日本でもTVのニュースで放映されたので記憶に残っている方も多いだろう。
 日本のイナゴもその一種といえるが、ローカストは古くは旧約聖書の「出エジプト記」にも登場するほど太古からアフリカの農業に甚大なる被害を与え続けてきた。
 たかがバッタと侮るなかれ、87~88年の大発生の際に西アフリカのマリ共和国で観測された大群は3.000平方キロに及び、その密度は平方キロ当り5.000万頭と推定されている。
 これらバッタ1頭が1日平均2グラムの餌を食べたとすれば、100万頭のバッタが1日に消費する食物は象20頭、人間5.000人分のそれに匹敵する。この大群に襲われたが最後、手塩を掛けて育てた作物はもちろん、周辺の森林に至るまで食べ尽くされるのを黙ってみている他に術はない。
 大群は最適な条件下では次世代に30倍に増え、それを年3~4回繰り返す。つまりいかに初期の段階で拡大を抑えるかが被害を最少に抑える為の最大のポイントと言える。
 この目的の為に、主に国際機関による援助の形で農薬が供給され一定の効果を上げてきた。一方ローカストの発生は予測が困難で、また発生地域が広範にわたりインフラも未整備であるといった地理的・物流的な理由により、各国・各地域毎に適切なストックポイントを設ける必要があり、そのタイムラグ・需給のオフバランスから生じる環境面への影響が問題視されているのも事実である。
 この問題はFAOを中心に大いに議論されており、観測衛生等を利用した予察システムの確立、及び生物農薬を含む環境に対する負荷の少ない防除法の開発が進められている。


▲イモや野菜類が売られている

おわりに

 21世紀を目前にし、アフリカの人口が世界の2割を超える日も間近である。

 人口増に加え、他の途上国同様人口の都市部への集中化も進みつつあり、食糧の需給バランスのギャップを如何に埋めるかがアフリカ各国政府の最重要課題となっている。

 対策の一つは農業の経済性を高める事であり、その為には物流面の整備、生産性の向上のための新しい技術の導入が不可欠である。

 言うのは簡単であるが、教育制度が確立されていないアフリカ諸国において新しい技術の導入というのは想像以上に困難を伴うのが現実であり、きめの細かい指導・普及活動が求められる。

 当社は西はアビジャン、東はケニアのナイロビに農薬出身の邦人を、またこれら2拠点に加え南アのヨハネスブルグ、セネガルのダカールに農業専門家(アグロノミスト)を配置し、現地に根づいた活動をおこなっている。

((株)アリスタ ライフサイエンス)