1.はじめに
オオタバコガは1994年頃から多発し、殺虫剤による防除効果が低く、また1匹の幼虫がいくつもの果実・花を加害して低密度でも大きな被害が発生することから、トマト、ナス、ピーマン、オクラ、キャベツ、キクなど、さまざまな野菜・花卉類で重要な難防除害虫となっている(浜村、1998、植物防疫)。一方、圃場における密度は想像以上に低いことから防除効果試験が容易でなく、また室内での殺虫効果試験もいくつか行なわれているが、(奈良井・村井、1995、ワタ害虫IPMワ-クショップIII;小島、1996、福井農試研報;小野本ら、1996、関西病虫研報;染谷・清水、1997、関東病虫研報;金崎ら、1997、四国植防;早田、1998、九病虫研会報)、試験によって防除効果にバラツキがあり、混乱を生じている。筆者らは人工飼料・キャベツ・ナスを用いた室内での殺虫・防除効果試験、および露地ナス圃場での薬剤散布後幼虫接種試験を合わせて行なった結果、いくつか興味深い知見を得たので報告する。
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▲トマト果実を加害する幼虫 |
▲ナス(水なす)の漬物での被害 |
2.試験方法
供試虫はいずれも試験前に岸和田市・和泉市のキク・ナス圃場で採集した幼虫を人工飼料インセクタLFで飼育し、羽化成虫を交尾・産卵させて得た次世代3齢幼虫(一部2齢・4齢幼虫)である。
- (1) 人工飼料浸漬を用いたスクリ-ニング試験(1995)
- 4・1・厚のインセクタLFを薬液に10秒間浸漬し、直径52・、深さ8・の密閉型シャ-レに幼虫1個体および濾紙とともに入れ、1、4、8日後に幼虫の生死を確認した(各薬剤幼虫数14)。
- (2) キャベツを用いた室内試験(1996)
- セル苗試験:本葉3~5枚展開期のセル苗5株に薬液を散布し、直径10・、高さ15・の金網蓋付ガラス瓶に幼虫6個体とともに入れ、4日後に幼虫の生死を確認するとともに葉の食害程度を無(0)~大(3)の別に調査した(各薬剤幼虫数24)。
- 結球試験:キャベツ結球に薬液を散布し、24×30×高さ10・の通気可能にした蓋付プラスチックケースに幼虫10個体とともに入れ、4日後に結球を分解して幼虫の生死を確認した(各薬剤幼虫数20)。
- (3) ナスを用いた試験(1997)
- 室内試験:本葉6~8枚展開期のポット苗1株に薬液を散布し、キャベツの試験で用いたガラス瓶に幼虫8個体とともに入れ、4日後に幼虫の生死を確認するとともに葉の食害程度を無(0)~大(2)の別に調査した(各薬剤幼虫数24)。
- 圃場試験:露地栽培ナス(1区4株、隣接区間は株を間引いて幼虫移動を抑制、薬剤散布時オオタバコガ未発生)に薬液を散布して薬液乾燥後に幼虫を接種し、5日後に果実食入孔数を調査した(各薬剤幼虫数28)。
- (4) ナスを用いた試験(1998)
- 室内試験:本葉4~5枚展開期のポット苗1株と成熟果1果に薬液を散布し、キャベツの試験で用いたガラス瓶に幼虫8個体とともに入れ、4日後に果実を分解して幼虫の生死を確認するとともに葉の食害程度を無(0)~大(3)の別に、また果実食入孔数を調査した(各薬剤幼虫数32)。
- 圃場試験:露地栽培ナス(1997年と同条件)に薬液を散布して薬液乾燥後に幼虫を接種し、4日後に果実食入孔数と花・蕾被害数を調査した(各薬剤幼虫数64)。
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▲フルフェノクスロン乳剤による死亡虫
(人工飼料浸漬法) |
▲成虫侵入防止のためのハウス開口部ネット被覆
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3.結果と考察
結果の詳細は1~4表を参照されたい。ここでは深い知見を中心に述べる。
- (1) 有機リン・カ-バメ-ト・ネライストキシン・合成ピレスロイド剤
- 薬剤によって殺虫・防除効果は大きく異なり、PAP乳剤、オルトラン水和剤、メソミル水和剤、チオジカルブ水和剤、フェンバレレート・マラソン水和剤の効果が比較的高かった。防除剤として有用である。
- 人工飼料浸漬法は簡便なスクリーンニング方法であるが、滋賀県病害虫防除所(10年度成績概要書;未発表)が1998年にハスモンヨトウを供試して人工飼料浸漬法とキャベツ葉片浸漬法による殺虫効果を比較したところ、両方法で異なる結果が得られる場合があった。薬剤によって人工飼料とキャベツ葉片に対する成分付着量が異なることが原因と考えられ、両方法とも、得られた結果を考察する場合には注意が必要である。
- (2) BT剤
- 人工飼料浸漬法によるBT水和剤Aの殺虫効果は低かったが、前述の理由により再検討が必要であろう。他の供試剤は比較的高い殺虫・防除効果が得られ、防除剤として有用である。
- キャベツとナスの両方で試験を行なったBT水和剤Bについては興味深い知見が得られた。キャベツの結球試験では非常に高い結球食入防止効果が得られたのに対し、ナスでは果実食入防止効果はやや低かった。この違いの原因はキャベツ葉上とナス果実上の付着薬液皮膜の厚さの違いにあると推察され、今後検討が必要である。
- (3) IGR剤
- 概して殺虫効果は高かったが、キャベツ結球やナス果実の食入防止効果は低く、結球・果実内で多数の死亡虫が観察された。BT剤に比較して摂食停止までに長時間を要することが原因である。防除剤としては有用である。
- (4) 他剤
- クロルフェナピル水和剤は効果の高い有機リン・カ-バメ-ト・合成ピレスロイド剤と同等の防除効果が得られ、防除剤として有用である。スピノサドを成分とする新規剤は1998年のナスの試験では殺虫効果・果実食入防止効果とも非常に優れていたが、日本植物防疫協会委託試験の他作物での結果をみると必ずしも卓効を示すわけではなく、異なる作物、また同じ作物でも異なる部位では、成分付着量が異なることが示唆される。
第1表 人工飼料浸漬法によるオオタバコガ幼虫に対する殺虫効果(死亡率、%)
小野本ら(1996)を改変
薬剤名(希釈倍数) |
1日後 |
4日後 |
8日後 |
PAP乳剤(1,000) |
0 |
14.3 |
50.0 |
メソミル水和剤(1,000) |
0 |
28.6 |
64.3 |
チオジカルブ水和剤(1,000) |
0 |
35.7 |
50.0 |
チオシクラム水和剤(1,000) |
0 |
0 |
0 |
フェンバレレート・マラソン水和剤(1,000) |
7.1 |
7.1 |
42.9 |
エトフェンプロックス乳剤(1,000) |
0 |
0 |
0 |
シベルメトリン水和剤(1,000) |
0 |
0 |
14.3 |
ビフェントリン水和剤(1,000) |
0 |
7.1 |
14.3 |
BT水和剤A(500) |
0 |
14.3 |
28.6 |
クロルフルアズロン乳剤(2,000) |
0 |
21.4 |
57.1 |
フルフェノクスロン乳剤(2,000) |
0 |
50.0 |
50.0 |
クロルフェナピル水和剤(2,000) |
21.4 |
71.4 |
78.6 |
無処理 |
0 |
0 |
7.1 |
第2表 キャベツでの試験結果(1996、室内試験、処理4日後調査)
死亡率:Abbotの補正死亡率(%)。葉の食害度:0(食害無)~3(大)の株当り平均値。
薬剤名(希釈倍数) |
セル苗試験 |
結球試験 |
死亡率 |
葉の食害度 |
死亡率 |
チオジカルブ水和剤(1,000) |
100 |
0 |
91.7 |
BT水和剤B(2,000) |
100 |
0.8 |
100 |
フルフェノクスロン乳剤(1,000) |
91.3 |
2.8 |
41.7 |
クロルフェナピル水和剤 |
95.6 |
0.5 |
66.7 |
無処理 |
0 |
3.0 |
0 |
第3表 ナスでの試験結果(1997、室内試験はポット苗を供試)
室内試験は処理4日後調査、圃場試験は処理5日後調査。
死亡率:Abbotの補正死亡率(%)。葉の食害度:0(食害無)~2(大)の株当り平均値。
薬剤名(希釈倍数) |
室内試験 |
圃場試験 |
死亡率 |
葉の食害度 |
果実食入孔数 |
フェンバレレート・マラソン水和剤(2,000) |
77.3 |
1.0 |
1 |
BT(1)水和剤(1,000) |
81.8 |
1.0 |
6 |
BT(2)ドライフロアブル(1,000) |
90.9 |
1.0 |
2 |
BT(3)ドライフロアブル(1,000) |
77.3 |
1.0 |
4 |
フルフェノクスロン乳剤(2,000) |
100 |
2.0 |
6 |
クロルフェナピル水和剤(2,000) |
77.3 |
1.0 |
4 |
無処理 |
0 |
2.0 |
17 |
第4表 ナスでの試験結果(1998、室内試験はポット苗+果実を供試)
**成分はスピノサド(100%)。室内試験・圃場試験とも処理4日後調査。
死亡率:Abbotの補正死亡率(%)。葉の食害度:0(食害無)~3(大)の株当り平均値。
薬剤名(希釈倍数) |
室内試験 |
圃場試験 |
死亡率 |
葉の
食害度 |
食入孔数
/果実 |
果実
食入孔数 |
花・蕾
食害数 |
オルトラン水和剤(1,000) |
84.6 |
0.8 |
5.5 |
2 |
1 |
BT水和剤B(2,000) |
69.2 |
0 |
9.5 |
2 |
0 |
BTフロアブルC(500) |
80.8 |
0 |
6.0 |
1 |
2 |
ゼンターリ顆粒水和剤(1,000) |
73.0 |
0 |
10.0 |
2 |
2 |
ルフェヌロン乳剤(2,000) |
96.2 |
1.8 |
3.0 |
7 |
5 |
クロルフェナピル水和剤(2,000) |
69.2 |
1.0 |
12.5 |
6 |
1 |
新規顆粒水和剤(2,000)** |
100 |
0 |
0 |
0 |
0 |
無処理 |
0 |
3.0 |
25.5 |
17 |
13 |
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▲キャベツを用いた室内試験の様子 |
▲キャベツでの幼虫食入被害 |
4.おわりに
冒頭で述べたように、オオタバコガの圃場試験は容易でないため、今後も室内および圃場における試験方法のさまざまな工夫、また葉面・果面の薬剤付着量や幼虫摂食量の測定等の補足試験が必要であり、これらによって殺虫剤による防除効果の全貌を徐々に明らかにしていかなければならない。
なお、薬剤によるオオタバコガ防除の最大の問題点はキャベツ結球やナス・トマト果実の中の幼虫に対する効果がほとんど得られないことであり、ハウス開口部のネット被覆、黄色蛍光灯、フェロモンディスペンサー等を併用した総合的防除が不可欠である。
(大坂府立農林技術センター)
(*大坂病害虫防除所:試験当時)
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