はじめに
セレクト乳剤は、米国シェブロン社によって創製されたシクロヘキサンジオン系の新規化合物クレトジムを23%含有する除草剤であり、これまでアメリカ、オーストラリアを始めとして世界各国にて登録されイネ科雑草防除剤として実用化されてきた。日本では住友化学工業(株)により導入されて評価が開始され、S-604の試験名で畑作用イネ科雑草防除剤として開発され、1998年(平成10年)4月24日付けで農薬登録された。本剤は既存剤では防除困難なスズメノカタビラに対して茎葉処理にて有効な除草剤として好評を博している。なお、日本におけるクレトジムの工業所有権は、(株)アリスタ ライフサイエンスが所有している。
1.開発の経緯
住友化学工業(株)は、米国シェブロン社より導入したセレクト乳剤が茎葉処理でイネ科ナガハグサ属の雑草であるスズメノカタビラ(英名Annual
bluegrass、学名Poa annua)に対して優れた効果を発揮することを発見し、1987年より(財)日本植物調節剤研究協会における委託試験を実施するなど本剤の国内開発に着手した。その結果、本剤はスズメノカタビラを含む多種類のイネ科雑草に対して優れた防除効果を有し、かつマメ類やテンサイ、タマネギなどの作物に対して薬害を示さないことが確認された。1998年12月末現在登録されているセレクト乳剤の適用内容を第1表に示す。
2.セレクト乳剤の物理化学的性質
(1)有効成分
- 一般名:
- クレトジム(clethodim)
- 化学名:
- (±)-(2E)-[1-(3-chloroallyloxyimino)propyl]-5-(2-ethylthiopropyl)-3-hydroxycyclohex-2-enone(±)-(2E)-[1-(3-クロロアリルオキシイミノ)プロピル]-5-(2-エチルチオプロピル)-3-ヒドロキシシクロヘキサ-2-エノン
- 構造式:
- 外観:
- 無色粘性液体
- 溶解度:
- 水 5.4 g / リットル
- メタノール等有機溶媒
- >900g / リットル
(2)製剤
- 商品名: セレクト乳剤
- 試験名: S-604
- 性 状: 黄赤色澄明可乳化油状液体
3.セレクト乳剤の生物活性
(1)作用機構
セレクト乳剤の有効成分であるクレトジムは脂肪酸の生合成を阻害する除草活性化合物である。植物では酢酸および
ピルビン酸を出発物質とし、アセチル―CoA、マロニル―CoAを経由して細胞質膜形成に必要な種々の脂肪酸を合成している。このうちアセチル―CoAからマロニル―CoAを合成する際に重要な酵素がアセチル―CoAカルボキシラ-ゼであり、クレトジムはこのアセチル―CoAカルボキシラーゼに作用して脂肪酸の生合成を停止させることが判明している。クレトジムはこの脂肪酸生合成酵素の働きを阻害することにより、結果として細胞分裂を停止せしめ標的植物を死に至らしめると考えられている。
(2)作用特性
セレクト乳剤のイネ科雑草防除剤としての特性をまとめると以下の通りである。
- 広範な殺草スペクトラム:1年生、多年生を問わず広範なイネ科雑草に効果が高い。
- スズメノカタビラに有効:従来のイネ科雑草防除用茎葉処理剤では防除困難なスズメノカタビラに有効である。、
- 高い作物安全性:イネ科・非イネ科植物間の選択性がきわめて高く、マメ類やテンサイ、タマネギなどの広葉作物や非イネ科作物に対して安全に使用することができる。
- 他剤との混用可能:広葉雑草やカヤツリグサ科雑草が混生する畑地においてこれらに有効な除草剤と混用する場合、薬害や効果に及ぼす悪影響はなく、安心して使用できる。
- 後作物への高い安全性:土壌残留性が短く、後作物へ及ぼす影響がなく、安心して使用できる。
- 1) 殺草スペクトラム
- セレクト乳剤は広範なイネ科雑草に有効であり、スズメノカタビラ、イヌビエ、メヒシバ、オヒシバといった1年生雑草のみならず、シバムギ、コヌカグサ(別名レッドトップ)などの多年生雑草にも有効である。大多数のイネ科雑草に対しては10a当り施用量50mlで十分な効果を示すが、スズメノカタビラや多年生雑草に対しては75mlの施用が必要である。(第2表)。
第2表 セレクト乳剤の殺草スペクトラム
除草効果 ◎:極大、○:大
雑草名 |
除草効果 |
セレクト乳剤
50ml / 10a |
セレクト乳剤
75ml / 10a |
イヌビエ |
Echinochloa crus-galli |
1年生 |
◎ |
◎ |
アキノエノコログサ |
Setaria faberi |
1年生 |
◎ |
◎ |
エノコログサ |
Seteria viridis |
1年生 |
◎ |
◎ |
メヒシバ |
Digitaria sanguinalis |
1年生 |
◎ |
◎ |
オヒシバ |
Eleusine indica |
1年生 |
◎ |
◎ |
スズメノテッポウ |
Alopecurus geniculatas |
1年生 |
◎ |
◎ |
カラスムギ |
Avena fatua |
1年生 |
◎ |
◎ |
スズメノカタビラ |
Poa annua |
1年生 |
◎~○ |
◎ |
セイバンモロコシ(実生) |
Sorghum halepense |
多年生 |
◎ |
◎ |
シバムギ |
Agropyron repense |
多年生 |
○ |
◎~○ |
コヌカグサ(レッドトップ) |
Agrostis gigantea |
多年生 |
○ |
◎~○ |
- 2) 処理時期
- セレクト乳剤は5葉期を越えたものに対しても効果を有し、処理時期の広い茎葉処理剤であるが、より確実な防除効果を得るには適用内容にある通り、イネ科雑草3~5葉期に処理することが望ましい(第1図)。
第1図 処理時期と除草効果
-
- 3) 気温と除草活性速度
- セレクト乳剤は気温条件により殺草スピードが変動し、気温が低いほど完全枯殺までに期間を要する。特にスズメノカタビラに対してはその傾向が顕著であり、通常の気温条件(20℃前後)では完全枯殺までに3週間程度であるが、さらなる低温条件下では1ヶ月程度要する。(第2図)。
第2図 気温とスズメノカタビラの殺草スピード
-
- 4) 作物への安全性
- セレクト乳剤は全ての適用作物に対して適用薬量の2~6倍量処理しても何ら薬害をおこさず、安全性が高いと考えられる。(第3表)。
第3表 セレクト乳剤の作物安全性
作物名 |
品種名 |
薬量
ml / 10a |
薬害 |
処理時期 |
アズキ
|
ひかり |
200 |
無 |
5~6葉期 |
大納言 |
300 |
無 |
1~1.5葉期 |
インゲンマメ |
本金時 |
300 |
無 |
1~2葉期 |
テンサイ
|
スターヒル |
200 |
無 |
生育期 |
モノヒカリ |
300 |
無 |
2.5~3葉期 |
カンショ |
鳴門金時 |
150 |
無 |
生育期 |
タマネギ
|
泉州中高黄 |
150 |
無 |
生育期 |
O,K, |
300 |
無 |
5~7葉期 |
ニンジン |
向陽2号 |
300 |
無 |
2葉期 |
- 5) 他剤との混用
- セレクト乳剤は非イネ科雑草には効果がなく、広葉雑草やカヤツリグサ科雑草が混在する場面ではこれらの雑草に有効な除草剤との体系処理または混用処理が必要である。セレクト乳剤はフェンメディファム乳剤やアイオキシニル乳剤などと混用しても効果低下や薬害発生などがないことから、実際に使用され得る他剤との混用については実用上何ら問題がないと考えられる(第4表)。
第4表 セレクト乳剤と他剤との混用効果
作物薬害 ―:無害 除草効果 ◎:極大、○:大、△:中、×:小
薬剤名 |
薬量 |
作物薬害 |
除草効果 |
テンサイ |
タマネギ |
スズメノ
カタビラ |
イヌビエ |
シロザ |
セレクト乳剤 |
50ml |
- |
- |
◎ |
◎ |
× |
セレクト乳剤 |
75ml |
- |
- |
◎ |
◎ |
× |
セレクト乳剤
+フェンメディファム乳剤 |
50ml+500ml |
- |
- |
◎ |
◎ |
◎ |
セレクト乳剤
+レナシル・PAC水和剤 |
50ml+200g |
- |
- |
◎ |
◎ |
◎ |
セレクト乳剤
+ベンタゾン液剤 |
75ml+70ml |
- |
- |
◎ |
◎ |
◎ |
セレクト乳剤
+アイオキシニル乳剤 |
75ml+150ml |
- |
- |
◎ |
◎ |
◎ |
4.セレクト乳剤の安全性
(1)人畜毒性
セレクト乳剤の毒性試験結果を第5表に示す。原体(クレトジム)、製剤(セレクト23%乳剤)とも普通物である。眼および皮膚に刺激性があるが、保護眼鏡や手袋等の着用により実用上の問題はないと考えられる。(第5表)。
第5表 セレクト乳剤に関する毒性試験結果概要
試験の種類 |
動物種等 |
投与方法等 |
LD50値または無影響量(mg/kg)等 |
急性毒性 原体 |
ラット
マウス
ウサギ
ウサギ
ラット |
経口
経口
経口
経皮
吸入(ミスト) |
♂1,630 ♀1,360
♂2,573 ♀2,430
♂2,000~5,000 ♀>5,000
♂♀>5,000
LD50 > 3.9mg a.i./l |
急性毒性 製剤 |
ラット
マウス
ウサギ
ラット |
経口
経口
経皮
吸入(ミスト) |
♂3,610 ♀2,920
♂3,490 ♀3,090
♂♀>5,000
LD50 > 0.033mg a.i./l |
刺激性 原体 |
ウサギ
ウサギ |
眼
皮膚 |
軽度の刺激性あり
中等度の刺激性あり |
刺激性 製剤 |
ウサギ
ウサギ |
眼
皮膚 |
中等度の刺激性あり
(実用濃度1,333倍希釈液
では刺激性なし)
中等度の刺激性あり |
皮膚感作性 原体 |
モルモット |
Buehler法
(変法) |
感作性なし |
皮膚感作性 製剤 |
モルモット |
Buehler法
(変法) |
感作性なし |
異変原生 Ames Test
染色体異常
DNA修復
不定期DNA合成 |
細菌
ラット in vivo
細菌
マウス肝細胞 |
|
陰性
陰性
陰性
陰性 |
(2)有用生物に対する安全性
- 1) 水産動物に対する安全性
- クレトジム原体および製剤(セレクト23%乳剤)の魚毒性は低く、A類相当と考えられる(第6表)。
第6表 セレクト乳剤に関する魚毒性試験結果概要
供試物 |
動物種等 |
TLm値 |
原体
(クレトジム) |
コイ |
10ppm(48時間) |
ミジンコ |
> 10ppm(3時間)
> 10ppm(24時間) |
製剤
(セレクト乳剤) |
コイ |
14ppm(48時間) |
ミジンコ |
27.2ppm(3時間)
18.2ppm(24時間) |
-
- 2) その他有用生物に対する安全性
- セレクト乳剤はミツバチ、カイコ、マガモ、ウズラ等に対する毒性は低く、実用上の問題はないと考えられる。(第7表)。
第7表 セレクト乳剤に関する有用生物に対する安全性試験結果概要
動物種等 |
供試物 |
試験結果 |
ミツバチ |
製剤
(セレクト乳剤) |
接触毒性LD50値:
> 100μg/bee |
カイコ |
原体
(クレトジム) |
50mg/kg餌で処理した結果、
96時間後においても死亡なし |
マガモ |
原体
(クレトジム) |
混餌投与 LD50値:
> 6,000ppm |
ウズラ |
原体
(クレトジム) |
混餌投与 LD50値:
> 6,000ppm |
-
- 3) セレクト乳剤の土壌残留性
- セレクト乳剤はいずれの条件でも土壌半減期は一日であることから、土壌残留性は低く、後作物への影響は少ないと考えられる。(第8表)。
▲スズメノカタビラ
第8表 セレクト乳剤に関する土壌半減期
試験種類 |
土壌種類 |
土壌半減期 |
圃場試験 |
火山灰植壌土 |
1日 |
沖積砂壌土 |
1日 |
容器内試験 |
火山灰植壌土 |
1日 |
沖積砂壌土 |
1日 |
まとめ
セレクト乳剤は、茎葉処理においてイネ科雑草全般に効果が高く、とりわけ従来のイネ科雑草防除剤では効果のない「スズメノカタビラ」に対して有効であることが大きな特長である。また作物や人畜、水産動物に対する安全性や環境への影響といった面でも問題ない除草剤である。このたびのセレクト乳剤の上市にあたっては、国公立農業試験研究所および諸指導機関の関係各位より多大なご指導を賜りましたことに対して深い謝意を表します。
(住友化学工業(株))
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