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はじめにブドウは世界で最も栽培面積が多い果樹であり、世界的にはワイン用の品種の栽培が主流である。しかし、日本では生食用の品種がほとんどを占めており、その中でも食味の良い巨峰群品種の栽培面積が増加傾向にある。果物を贈答に利用する日本では、果物に対して本来の食味ばかりでなく、その外観にも非常に神経質である。 キュウリでは果実表面に白い粉状のブルーム(果粉)があると、農薬が付着していると間違われやすいことから、市場関係者や消費者はブルームのないキュウリ果実を求める。これに対して、ブドウでは果実表面にブルームが残っているものが高級とされ、高値で取り引きされる。 このため、ブドウでは果粉の溶脱を引き起こす農薬の散布は敬遠されがちで、通常、ダイズ大期以降には果粉の溶脱を嫌って農薬の散布を控えているのが現状である。ブドウ品種“巨峰”には主要な病害として黒とう病、枝膨病、べと病および晩腐病等がある。これらの病害の中で枝膨病、べと病および晩腐病は、落花直後からダイズ大期にかけてが重要な防除時期にあたる。 しかし、この時期は薬剤によっては果粉の溶脱が認められる時期であり、このため果粉の溶脱が著しい薬剤については、その使用を落花直後までとしているのが現状である。病害防除のことを考えると、袋かけ直前まで薬剤防除を実施したいところであるが、ダイズ大期まで薬剤散布を実施すると果粉の溶脱や薬剤による果実の汚れが問題となるというジレンマがある。 そこで、今回、オーソサイド水和剤80を含む数種の薬剤について、ブドウべと病や晩腐病に対する防除効果とブドウ品種“巨峰”の生育ステージ別における果粉の溶脱や薬剤による果実の汚れの程度について調査したので紹介したい。
オーソサイド水和剤80を含む数種薬剤の
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供試薬剤 | 希釈倍数 | 調査葉数 | 発病葉率(%) | 発病度 | ||||
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1996 | 1997 | 1998 | 1996 | 1997 | 1998 | |||
オーソサイド水和剤80 | 800 | 200 | 4.5 | 7.3 | 2.5 | 1.1 | 2.6 | 1.6 |
アゾキシストロビンフロアブル | 1,000 | 200 | 4.0 | - | 1.0 | 1.1 | - | 0.3 |
クレソキシムメチルDF | 2,000 | 200 | 6.5 | 5.5 | - | 6.5 | 1.7 | - |
マンゼブ水和剤 | 1,000 | 200 | 5.0 | 10.0 | 3.5 | 5.0 | 4.1 | 2.4 |
無散布 | - | 88.0 | 28.5 | 69.5 | 64.1 | 12.1 | 49.5 |
供試薬剤 | 希釈 倍数 |
調査 葉数 |
果粉の溶脱度 | 果粒の汚染度 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1996 | 1997 | 1998 | 1996 | 1997 | 1998 | |||
オーソサイド水和剤80(アズキ大) | 800 | 10 | - | 0 | 2 | - | 0 | 10 |
(ダイズ大) | 10 | 21.7 | 4 | 2 | - | 0 | 10 | |
アゾキシストロビンフロアブル(アズキ大) | 1,000 | 10 | - | - | 2 | - | - | 8 |
(ダイズ大) | 10 | 26.7 | - | 16 | - | - | 24 | |
クレソキシムメチルDF(アズキ大) | 2,000 | 10 | - | 6 | - | - | 0 | - |
(ダイズ大) | 10 | 41.7 | 36 | - | - | 0 | - | |
マンゼブ水和剤(アズキ大) | 1,000 | 10 | - | 0 | 4 | - | - | 12 |
(ダイズ大) | 10 | 13.3 | 4 | 12 | - | - | 18 | |
無散布 | - | 10 | 3.3 | 0 | 2 | - | 0 | 22 |
▲ブドウ果粒のダイズ大期の薬剤散布による果粉(ブルーム)の溶脱状況 左:A剤散布区 著しい溶脱が見られる。 右:オーソサイド水和剤80散布区 薬斑に似た溶脱があまり観察されない |
次に、 オーソサイド水和剤80の散布によるブドウ果実の果粉の溶脱や汚れであるが、福岡県で行なった試験では、1996年から1998年の3年間を通して、対照のマンゼブ水和剤1,000倍と同様、商品性に影響するような果粉の溶脱や果実の汚れはほとんど認められなかった(第2表)。しかし、佐賀や大分で実施した試験では、果粉の溶脱がやや目立つ年もあったことから、今後、散布時期や散布量および方法を含めて、さらに検討する必要があるものと考えられた。
同様に、アゾキシストロビン10フロアブル1,000 倍(以下アゾキシストロビンFL)を対象とする試験を実施した。その結果、アゾキシストロビンFLもべと病に対する防除効果は対照剤と同様に高かった(第1表)。また、晩腐病に対する効果も対照と同等かやや劣っていたが、晩腐病に対する防除効果については、前記と同様の理由から、今後、さらに検討する予定である。なお、果粉の溶脱や薬剤による果実の汚れについては、福岡県で行なった試験では、対照のマンゼブ水和剤1,000倍と同様、商品性に影響するような果粉の溶脱や薬剤による果実の汚れはあまり認められなかった。しかし、 佐賀や大分で実施した試験では、対照と比較して果粉の溶脱がやや目立った年も認められたことから、アゾキシストロビンFLについても、今後、散布時期や散布量および方法を含めて再検討する必要があるものと考えられた。
最後に、アゾキシストロビンFL1,000倍と同一系統の薬剤であるクレソキシムメチルドライフロアブル2,000倍(以下クレソキシムメチルDF)のブドウべと病や晩腐病に対する防除効果であるが、対照のマンゼブ水和剤1,000倍と同等かやや優る防除効果が認められた(第1表)。しかし、晩腐病に対する防除効果については、前記と同様の理由から、今後、さらに検討する予定である。なお、クレソキシムメチルDFは、ブドウの難防除病害である枝膨病に対する防除効果が非常に高いことから、枝膨病が多発している地域では使用が増加傾向にある。しかし、クレソキシムメチルDFの場合、アズキ大期やダイズ大期まで散布すると、対照薬剤と比較して果粉の溶脱が目立った(第2表)。このことから、クレソキシムメチルDFの使用は落花直後、もしくはアズキ大期までとするのが望ましいと思われた。特に、贈答用の巨峰を栽培している農家等では、クレソキシムメチルDFの散布時期については細心の注意が必要であるものと思われた。
以上の試験結果を総合すると、ブドウの袋かけ前における農薬防除は、クレソキシムメチルDF2,000倍を使用する場合は落花直後までとし、アズキ大期以降についてはオーソサイド水和剤80 800倍もしくはアゾキシストロビンFL1,000倍を使用するのが有効と思われた。なお、ブドウの果粉(ブルーム)は、時期によっては水を散布しても溶脱することから、ダイズ大期等の微妙な時期における薬剤散布は、多少のリスクを伴うことを覚悟しておく必要があるものと思われた。このことから、ダイズ大期の散布については、わずかな果粉の溶脱や薬剤による果実の汚れにも神経質な農家は使用を控えるべきであろう。
オ-ソサイド水和剤80は、ブドウ栽培においてダイズ大期頃まで使用できそうな数少ない薬剤である。近年、西南暖地の巨峰では、べと病ばかりでなく、晩腐病の発生が増加傾向にある。晩腐病は袋かけ直前の時期における薬剤防除が最も有効と考えられることから、オ-ソサイド水和剤80は貴重な防除薬剤の一つとなりそうである。
(福岡県農業総合試験場)