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マメハモグリバエは、ご存じのように1990年に静岡県で初発見されて以来、10年を経ないで全国に分布を拡大し、各地の施設で問題化している。2種類の寄生蜂が(株)アリスタ ライフサイエンスによってオランダから導入され、登録も下りて本年(1998)から本格的利用が始まった。わが国では、近年ハモグリバエはとかくマイナー害虫としてあつかわれ、なじみのうすい害虫であった。そこで、本小文では、まずハモグリバエについて少しくわしくご紹介した後、寄生蜂類の話にすすみたい。 潜葉性昆虫とは?皆さんは、道端のヨモギ、オオバコ、クズなどの茂みで白っぽい模様の入った葉をご覧になったことがおありでしょう。雑草にかぎらず、このような模様は夏から秋にクスの葉やミカンの新葉でも見られる(第1図)。これらの多くは、潜葉性昆虫のしわざである。このグループの昆虫には、ハモグリバエ科などのハエ類のほかにガ類、甲虫類、ハバチ類が含まれるが、なかでもハエ類とガ類が圧倒的に多い。 潜葉性昆虫研究の世界的な草分けであった故Hering博士の定義によると、「潜葉性昆虫とは、幼虫が植物の柔組織や表皮組織に潜って食害するが、表皮組織またはその外壁をそのまま無傷で残すグループ」ということになる。だから、食害された植物組織には透明な膜でできた天井のあるトンネルができ、「潜孔」とよばれる。加害部位は葉が主であるが、そのほかに果実、茎、根、花なども加害される。ただし、これらの器官の髄組織につくられたトンネルは潜孔とはよばれない。
ハモグリバエってなに?ハモグリバエ類は、地球上のいたる所に分布して、ゼニゴケから被子植物まで広い範囲の植物を加害している。現在、世界で約2,500種が確認され、ヨーロッパでは現存する約380科の被子植物のうち半分が加害されるといわれている。ところで、ハモグリバエの先祖は、腐った植物を食べていたハエの仲間で、その成虫が偶然に生きた植物の葉に産卵したのが進化の始まりと考えられている。 被子植物は、6,500万年前以降急速に分化が進んだが、これに平行してハモグリバエの側では利用すべき寄主植物の分化が起こり、自身の種分化へと連動したと考えられている。このため、現存する大部分の種類の食性は狭く、それぞれの種は極く限られたグループの植物しか利用できないスペシャリストである。現在、広食性種として認められているのはただの16種にすぎない。マメハモグリバエはその代表選手であるが、これらは二次的に広食性になったと考えられている。 ハモグリバエの生活ショウジョウバエよりやや小型の雌ハエは、腹部末端にある硬い産卵管で葉の表皮に小さな穴をあけて葉肉のなかに卵を産みつけたり、そこから侵出する汁液を栄養源としてなめる。それぞれの種は特有の定まった加害様式をもっている。幼虫は、葉肉のうち上層の柵状組織、または下層の海綿状組織を食べすすみ、潜孔をつくる(第2図)。潜孔は、前者だと葉の上側からしか見えないし、後者だと逆に下側からしか見えない。 幼虫は、成熟すると葉を脱出して外で蛹になるか、葉の中でそのまま蛹になる。潜孔には、葉面をジグザグに蛇行した「線状潜孔」(第1、3図)と斑状に広がりをもつ「斑状潜孔」(第1図参照)とがある。さらに、若令期の線状潜孔から、後に斑状潜孔に変わるものもある(第1図)。このように、それぞれの種は潜孔パターンをはじめとしてそれぞれ特有の生活様式をもっている。
わが国のハモグリバエ類わが国は南北に長くのびているので、昆虫相は旧北区と東洋区の両区に固有の土着種と何らかの理由で侵入した侵入種からなるが、ハモグリバエ類もその例外ではない。わが国では、200種前後のハモグリバエが認められており、農作物を含む多くの植物を加害している。農業上の必要からこれまで比較的よく研究された10種のハモグリバエについて、それらの世界的な分布をみると、関東以南の日本でしか確認されていないヤノハモグリバエのような種もあるが、多くはつぎのように二大別できるようである(第1表)。おもに新旧北区の北部を中心に分布する「北方型」種と、逆に熱帯、亜熱帯を中心に分布する「南方型」種である。こうした分布の特徴は、それぞれの種類の温度特性ともよく対応している(第2表)。
1970年代に沖縄県で問題化した南方型のインゲンハモグリバエの温度特性は、現在わが国に広く分布する同じ南方型のマメハモグリバエやナスハモグリバエのそれに極めて近い。今後とも北上しないで九州南部以南に止まるのだろうか。北方型のキツネノボタンハモグリバエとムギスジハモグリバエの行動適温範囲はともに広く、これら2種が北半球に広く分布できた理由が理解できる。しかし、同じ北方型でもナモグリバエの温度特性はそれほど広くない。これは、主たる分布域が温帯中緯度地域に限られることを意味するかもしれない。 つぎに季節変化のパターンは、長日休眠するイネハモグリバエとヤノハモグリバエを除くと、地域によって多少のちがいはあるが、分布型にかかわらずいずれも夏季の減少をはさんで2山型を示すのが特徴的である。特に、ナモグリバエやキツネノボタンハモグリバエは、西日本の平地では夏季に見あたらない。多くのハモグリバエは夏眠をしないようなので、夏季の減少は高温による繁殖率の低下、寄主植物の不適、寄生蜂類の攻撃などによると思われる。
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第4図 | マメハモグリバエの世界における分布(1990年現在)(図中の数字;侵入年、斜線部;施設でのみ記録) |
マメハモグリバエの侵入実は、わが国にも以前からマメハモグリバエがいたことになっていた。というのは、1949年に北海道でマメ類を加害しているところを採集、記載された。しかし、以降被害はまったく問題にならず、「ただの虫」にとどまっていた。私には、世界的なこの大害虫がなぜわが国でおとなしいのか不思議でならなかった。ところが、1990年に見なれない害虫のはげしい被害に驚いた静岡県が、専門家に同定を依頼したところ、こちらがほんとのマメハモグリバエであることがわかった(第3図)。 ところで、マメハモグリバエは、Burgessによって1880年にワシントンD.C.でシロツメクサから採集、記載された。種名のTrifoliiは、この植物の属名Trifoliumからつけられた。フロリダの起源で、もともと南北アメリカに分布していたが、国際的な農産物流通の激化によって事情が一変した。1975~1976年にフロリダ産のキクの切り花に付着してカリフォルニア、オランダ、ケニヤなどに侵入し、そこからさらに世界に分布を広げ、現在に至ったようである(第4図)。 これまでご紹介したように、わが国の生態系には200種類前後のハモグリバエが、それぞれに生態的ニッチを得て生息している。この中にマメハモグリバエが新たに参入したことになる。新参者の運命は、侵入先の環境条件と自身の特性にかかっている。この昆虫は、熱帯、亜熱帯の割に耐寒性にすぐれているといわれ、さらに食性が非常に広くて、寄主植物として25科400種以上を数えるほどで、農作物も多く含まれる。こうした幅広い温度耐性と食性が、高温制御の施設の普及とあいまって、この害虫の分布拡大に有利に働いたと思われる。 (近畿大学農学部) |