施設トマトにおける
天敵(オンシツツヤコバチ)
利用による防除作業の省力化

深山 陽子

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.89/C (1998.10.1) -

 


 


 

1.はじめに

神奈川県内の施設トマトでは、マルハナバチの利用が急増している。マルハナバチを導入している施設では、殺虫剤の使用が制限されるので、害虫防除に天敵を利用することが検討されており、一部では使用されはじめている。

従来の化学合成農薬主体の防除と比べて天敵を利用するメリットはいくつかあげられているが、その中で作業が省力化されるともいわれている。しかし、天敵を利用した場合の防除作業の量的、質的な評価を行なった例はほとんどない。ここでは、施設トマト栽培におけるオンシツツヤコバチ剤(エンストリップ)を利用した場合の防除作業体系を労働科学的手法を用いて検討した。

第1表 作業時間、エネルギー代謝率(RMR)、消費エネルギー量
  作業時間
時間/10a/回
RMR 消費エネルギー量 *)
kcal/10a/回
天敵放飼作業 0.29 0.9 36
薬剤散布作業 4.65a) 1.9b) 381b)
*):基礎代謝量値を1.0kcal/minとして計算。
a):2人組作業の延べ時間。薬液作成、片づけ、洗浄時間含む。
b):散布者の散布時の値。

2.オンシツツヤコバチ剤を利用したときの労働負担調査

(1)方法

神奈川農業総合研究所内ガラス温室内(面積330平方メートル)のハウス早熟栽培トマト(品種:ハウス桃太郎、定植:1997年4月2、22日、栽植様式:畝間150cm×条間30cm×株間60cm、2条植え)でオンシツツヤコバチ剤を1カード/25株、1997年5月14日、22日、29日、6月4日に放飼した。定植後の農薬散布については、動力噴霧機を用い、2人組作業(散布者と補助者)で、6月10日、19日にうどんこ病に対して行なった。

このとき、オンシツツヤコバチ剤の放飼作業と動力噴霧機による農薬散布作業の作業時間、エネルギー代謝率*、消費エネルギー量**を調べた。被験者は、男性、56歳、身長163cm、体重61kgである。

*エネルギー代謝率(Relative Metabolic Rate:RMR)とは、性別、年齢差、体格差などの個人差に関わりなく筋的労働の強度を表現する値である。
労働のために消費されたエネルギーがその個人の基礎代謝量の何倍に当たるかを表し、次式で表される。
RMR=(労働代謝量-安静代謝量)/基礎代謝量
基礎代謝量=人間が生命維持のために必要な覚醒時の最低エネルギー量で、体表面積に比例し、年齢、性別、体格などによって影響される。
安静代謝量=基礎代謝量に姿勢保持のためのエネルギー代謝量を加えたもの。
労働代謝量=労働時のエネルギー代謝量。
作業強度は、RMRの値によって「極軽作業」、「軽作業」、「中等作業」、「重作業」、「激作業」の5段階に分類される。
**消費エネルギー量は今回はエネルギー代謝率から算定し、日本人男子の平均的な値(1.0kcal/分)をとって算定した。

(2)結果

作業時間は天敵放飼作業が0.29時間/10a/回、薬剤散布作業が4.65時間/10a/回(2人組作業、薬液作成時間、片づけ時間、洗浄時間を含む)と、天敵放飼作業は薬剤散布作業の6.2%であった。(第1表)。

天敵放飼作業のRMRは0.9と「極軽作業」に分類されることがわかった(第1表)。RMR0.9とは、だいたい家庭の炊事を行なう労働とほぼ同じ値であり、トマトに関わる作業の中では芽かき作業と同じくらいの値である。

消費エネルギー量は天敵放飼作業が36kcal/10a/回、薬剤散布作業の散布者が381kcal/10a/回と、天敵放飼作業は薬剤散布作業の9.4%であった(第1表)。今回の調査では動力噴霧機からホースを引っ張る補助作業者がいたが、農家によっては1人でホースを引きながら散布を行なうケースもある。1人で作業する場合は、作業時間と作業強度はともに今回得られたデータより大きくなると予想されるため、散布者の消費エネルギー量はさらに大きくなると考えられる。


▲エンストリップ

第2表 コナジラミ類発生状況およびオンシツツヤコバチ寄生状況
調査月日

オンシツコナジラミ

シルバーリーフコナジラミ
成虫寄生数
(頭/葉)
幼虫・蛹寄生数
(頭/葉)
オンシツツヤコバチ
寄生率(%)
成虫寄生数
(頭/葉)
幼虫・蛹寄生数
(頭/葉)
6月12日 0.1 0.5 70.4 0.0 0.0
7月17日 0.1 4.1 82.4 0.0 0.0

第3表 コナジラミ類被害果率
すす病果 着色異常果
0.0% 0.0%

3.オンシツツヤコバチ剤を利用したときの防除効果

今回、労働負担調査を行なったオンシツツヤコバチ剤を利用した防除体系を組んだ施設でコナジラミ類の発生調査を行なった結果、オンシツツヤコバチの寄生率は高く、コナジラミ類の寄生葉率は低く抑えられ、防除効果は高かった。すす病果、着色異常果の発生は認められず、被害は問題なかった(第3表、4表)。

4.オンシツツヤコバチ剤を利用したときの定植後の全防除作業時間の試算

通常、農薬散布はコナジラミ類だけではなく、他の病害虫に対しても行なう。したがって、オンシツツヤコバチ剤を利用しても、農薬散布回数が減らなければ、省力化されたとはいえない。そこで、2の所内試験と作付け時期が近い神奈川県内トマト栽培農家の薬剤散布回数を普及センターの協力を得て調査し、全防除作業時間を試算し、比較した。

調査した3件のうち、オンシツツヤコバチ剤を利用していない2件の薬剤散布回数は4回および7回であり、利用した農家の薬剤散布回数は2の所内試験と同じく2回であった。(第4表)。このうち、殺虫剤のみの散布回数はオンシツツヤコバチを利用した農家が0回であったのに対し、利用しなかった農家は2および3回あり、いずれもオンシツコナジラミを対象とした散布であった。

後者の殺虫剤のみの散布時期はいずれも忙しい収穫時期と重なっていたため、オンシツツヤコバチ剤を利用すれば、この時期の労働時間を短縮することが期待できる。

定植時から収穫終了時までの全防除作業時間(天敵放飼作業4回+薬剤散布作業2回)を試算すると、オンシツツヤコバチ剤を利用した2の所内の試験とA農家では10.07時間であった。

オンシツツヤコバチ剤を使用せず、仮に薬剤散布作業を第4表のB農家のように4回行なったとすると、全防除作業時間は18.61時間であり、仮に薬剤散布作業をC農家のように7回行なったとすると32.56時間と試算される。

また、エネルギー消費量を同様に試算すると、2の所内試験とA農家では858kcal、B農家のように4回薬剤散布では1,523kcal、C農家のように7回では2,665kcalとなる(薬剤散布は散布者の散布時のみの値を含めた。補助作業者の値、準備、片づけなどを含めると天敵利用した場合としない場合の差はさらに広がる。)。

以上のことから、本作型のトマトでオンシツツヤコバチ剤の効果は高く、この剤を防除体系に組み込むことにより防除に費やす作業の大幅な時間短縮が可能となり、労働負担も軽減されることがわかった。

 ▲ 安静時の代謝量測定中(調査ビデオより)  ▲ 薬剤散布時の代謝量測定中(調査ビデオより)
 ▲ 天敵放飼時の代謝量測定中(調査ビデオより)  ▲ 現地農家の薬剤散布風景
  定植月日 収穫終了
月日
薬剤散布回数
(うち殺虫剤のみ散布回数)
オンシツツヤコバチ剤利用状況
本試験 4月2・22日 8月4日 2回(0回) 利用
A農家 4月1日 7月末 2回(0回) 利用
B農家 4月初 7月25日 4回(2回) 利用せず
C農家 3月末 7月末 7回(3回) 利用せず

5.今後の課題

今回は労働負担に着目して調査を行なったが、オンシツツヤコバチ剤を用いて防除を行なえば、楽になるというだけでは現場の農家は利用しにくい。というのは、オンシツツヤコバチ剤そのものの価格が高く、なかなか手を出しにくいからである。しかし、今回試算した労働時間を単純に時給750円として換算し、農薬代、機械利用経費などを含めた総額は、農薬散布のみ7回行なった場合と、オンシツツヤコバチ剤放飼4回+農薬散布2回行なった場合とでは、合計金額はほぼ同程度と概算できる。

今後は経済性の評価をさらに細かく行ない、現場への普及・導入の際の参考資料としたいと考えている。

(神奈川県農業総合研究所)