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(No.87より続く) 2.BT剤(4)実用性モンシロチョウ、コナガ、イチモンジセセリ、ヒメクロイラガ等の防除にBT剤は適しているが、とくに、化学殺虫剤抵抗性コナガの防除に使用されている。 BT剤の殺虫活性は、他の微生物殺虫剤とは異なり、それは殺虫性タンパク質に依存している。その活性は化学殺虫剤と同じように、生理活性物質に基づいている。したがって、散布されたB.thuringiensisが因となって、昆虫に流行病を起こさせることはない。自然界において、ウイルスや糸状菌による昆虫の流行病の発生は、しばしば観察されるが、B.thuringiensisによる流行病が生じたという報告は認められない。 野外に散布されたB.thuringiensisが土壌中において、昆虫に感染する程度の濃度で定着することはない。土壌微生物のフローラの中で、B.thuringiensisが優占種として、存続することはない。何故に、野外に高濃度で散布されたB.thuringiensisが土壌中で生存できず、極く、低密度になってしまうのか、微生物生態学的には興味ある問題である。 微生物殺虫剤に対する昆虫の抵抗性獲得は起こりにくいといわれていたが、最近、BT剤抵抗性コナガの出現が報告され、その機構解明に関する研究が行なわれている。
第1図 ヒトに対する安全性試験成績
BT剤のコナガ幼虫に対する殺虫活性の低下が、コナガの殺虫性タンパク質に対する遺伝的抵抗性獲得に因るのか、単なる抵抗性系統の選抜に因るのか、まず明らかにする必要がある。 コナガのBT剤抵抗性獲得の要因として考えられることは、(1)殺虫性タンパク質とコナガ幼虫の消化管上皮細胞上にあるレセプターの結合能の変化、(2)コナガ幼虫消化液の殺虫性タンパク質分解能の変化、である。 BT剤抵抗性系統のコナガにBT剤投与を止めると、数世代後には、その抵抗性が感受性に戻ることがあると報告されている。これを調べてみると、殺虫性タンパク質に対するレセプターの結合能が復活していることがわかった。 BT剤抵抗性コナガ対策として、現在実施されている方法は、タイプが異なる殺虫性タンパク質を産生する菌株を素材とするBT剤に変えて使用する方法である。たとえば、kurstaki株を素材とするBT剤をaizawai株を素材とするBT剤に変えて使用する。 BT剤は他の微生物殺虫剤(ウイルス、糸状菌、線虫等)とは異なり、化学農薬との混用ができるところに特徴がある。
第2図 環境生物に対する影響、環境中での動態に関する試験成績
及び使用方法から暴露の可能性がない場合には 試験を免除することがある。 (5)安全性わが国に為ける農薬の品質管理および安全性は、農薬取締法により確保されている。その検査機関として農林水産省農薬検査所がある。農薬を商品として、世に出すには、その商品の品質、安全性評価に関するデータをしかるべき機関に提出し、その認可を受けなければならない。 農薬は化学農薬と生物農薬に大別できる。生物農薬は微生物農薬とその他の生物をそのまま利用する生物農薬に分かれる。化学農薬と生物農薬は、その性状において、大きな違いがあり、安全性評価に関しては、同一の基準で行なうことは困難である。それぞれ、独自の安全性評価法が必要である。 欧米諸国においては、多数の微生物農薬が登録され、使用されている。そこでは微生物農薬を対象とした独自の安全性評価法が、かなり前に確立され、それは発動している。わが国におけるこの安全性評価法は平成9年になって、ようやく実働し始めたのが実情である。 この安全性評価法に関する基本的考え方としては、微生物農薬とはウイルス、細菌、真菌、原生動物、線虫(共生細菌のようなものを活性成分にもつものに限る。)を生きた状態で農薬としての目的で、製造または輸入して販売しようとするものとし、寄生蜂、捕食虫等の天敵および抗生物質等の微生物源農薬は対象としない。 化学農薬と生物農薬の安全性評価法の大きな違いは、化学農薬では、登録申請には各種の試験データが一組のデータセットとして提出が要求されるのに対し、生物農薬では段階的試験法が採用されている点である。第一段階の試験で有害影響が認められない場合は、それ以上の試験は要求されない。 これからの安全性評価における重要なことは、人畜に対する安全性は当然であるが、その製剤が自然生態系の生物に対する影響がどうなのかである。これは化学農薬の安全性評価においても、然りである。“安全性”という表現より、“危険度”という言葉を使った方が良いのではないかと思う。
(6)今後の課題BT菌が製剤化された当初は、その殺虫活性はアオムシ、コナガ等の特定の鱗翅目昆虫にのみに示すものといわれていたが、蚊、ブユ等の双翅目の昆虫に殺虫活性を示す菌株が見つかり、続いて、ハムシ類の鞘翅目昆虫に殺虫活性を示す菌株、コガネムシ類の昆虫にのみ殺虫活性を示す菌株、線虫に活性を示す菌株が、次々と発見されてきた。これら菌株が産生する殺虫性タンパク質遺伝子解析が進み、殺虫活性とこれらタンパク質の構造との関係が明らかになると、人為的にBT菌の殺虫性を変えることが可能になるであろう。ここまで来るとBT菌の殺虫性タンパク質は単に殺虫剤の素材としてだけでなく、幅広く、生理活性物質として利用されることになるであろう。 現在、BT菌の殺虫性タンパク質産生遺伝子を植物に入れ、耐虫性植物の育種が進み、実用品種がつくられている。今後もこの分野の開発研究は発展するであろうが、問題となるのは、これら植物がつくる殺虫性タンパク質に対する抵抗性昆虫の発生である。これをどのように回避していくのか、導入する遺伝子を頻繁に変えることでは、この問題は解決できそうにない。大きな課題が生じるであろう。 (東京農工大学)
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