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はじめに近年、生産者の省力化や作業の安全性、消費者の農産物に対する安全性や健康への関心の高まりから、環境保全型農業が推進されている。また、害虫の防除に対しては化学農薬を使用せず、天敵による生物的防除が注目されている。 果菜類の重要害虫であるオンシツコナジラミに対しては、寄生蜂(天敵)であるオンシツツヤコバチが考えられている。 この寄生蜂は、トマトについては1995年3月にオンシツツヤコバチ剤(商品名エンストリップ)として農薬登録され、既に現地に導入されている。キュウリにおいても、1998年3月に農薬登録された。 天敵を利用する場合には、1種の天敵が特定種の害虫のみを対象とするため、導入しやすい条件の一つに害虫の種類が少ない作物であることがあげられる。トマトは比較的発生する害虫が少なく、導入しやすい作物であるが、キュウリでは発生する害虫の種類が多く、導入は難しいといわれている。 そこで、キュウリにおけるエンストリップの現地導入に先立ち、その利用について説明したい。
▲エンストリップ(マミーカード) キュウリにおけるオンシツコナジラミの被害オンシツコナジラミは、吸汁によりキュウリ黄化病ウイルス(Cucumber yellow virus)を媒介し、症状として葉の黄白色化、側枝の発生・伸長不良、植物体の衰弱を引き起こし、果実品質を低下させ、収量を減少させる。 また、排泄物は甘露であり、葉の表面に付着し、これにすす病菌が寄生すると黒く汚れ、光合成や葉からの蒸散を阻害するといった悪影響が現れる。 オンシツツヤコバチの生態オンシツツヤコバチの雌成虫は、オンシツコナジラミの幼虫の体内に産卵をするが、若齢の幼虫に寄生すると成虫も小さくなってしまうので、3齢と4齢幼虫(蛹)への産卵が多い。 寄生開始後の発育経過は、摂氏23度の条件で約10日で蛹を黒化させ、蛹が黒化してから約11日後(寄生開始約21日後)に成虫が羽化する。 また、成虫はコナジラミの甘露か幼虫の体液を摂取するが(ホストフィーディング)、このホストフィーディングは2齢幼虫から行なわれることが多い。 キュウリの形態がオンシツツヤコバチの寄生活動に及ぼす影響キュウリの形態として、葉面上の繊毛や網目状の葉脈がオンシツツヤコバチの寄生活動の障害になる。 この繊毛は甘露をオンシツツヤコバチの体表面に付着させる。したがって、他の繊毛のない作物に比べ、自分の体を掃除することに時間をとられ、オンシツコナジラミへの寄生が少なくなるといわている。 また、キュウリは栽培が高温多湿条件で行なわれるため、オンシツコナジラミの増殖が早く、オンシツツヤコバチでは防除が追いつかないということもいえる。
▲キュウリ葉柄へのエンストリップの設置状況
キュウリにおけるエンストリップ導入試験結果群馬県園芸試験場において行なったキュウリにおけるエンストリップの導入試験では、黄色粘着板(以下ホリバーとする)1枚当りに7.8頭/6日のオンシツコナジラミが確認されてから直ちに、エンストリップの導入を開始した。導入における放飼は、2月21日から1週間間隔で2月28日、3月7日、3月14日の計4回、キュウリの葉柄に株当り6頭(マミーカード1枚/8.3株)となるようにマミーカードを吊り下げた。初回放飼時のキュウリの生育ステージは4~5枚の葉数であった。 また、ハウス内の最低夜温は摂氏14~15度で管理した。 その結果、1株当りのオンシツコナジラミの成虫、蛹、マミー(寄生蛹)の虫数およびホリバーによる成虫捕殺数は、エンストリップ区が慣行防除区に比べて増加していることが認められた(第1表、2表)。 埼玉県園芸試験場で行なわれた導入試験では、放飼時期を5月2日から1週間間隔で計4回、キュウリの葉柄に株当り3頭となるようにマミーカードを吊り下げた。ハウス内最低夜温は慣行管理(摂氏12~15度)とした。 その結果、無処理と比較して成虫および幼虫の密度が低く、マミー数は多かった。寄生率は最終放飼2週間後(6月7日)において48.9%であり、密度抑制効果が認められらた(第4表)。 また、上記2つの試験においては、ホストフィーディングによる殺虫効果もあると考えてよいと思われる。 以上の結果、キュウリにおけるエンストリップの導入は、3月以降でオンシツコナジラミが確認されたら直ちに、1週間間隔で4回マミーカードを設置し、最低夜温をやや高めにすることにより、効果的な密度抑制効果が認められると考えられる。 加えて、化学農薬との併用については、天敵と同時に使える農薬は限られているので、影響の少ないものを使用する。害虫の初発生箇所を毎日チェックし、基本的にスポット散布を行ない、被害が広がらぬうちに防除することが必要である(第5表)。
今後の課題と取り組みキュウリ栽培におけるエンストリップの導入にあたっては、最適放飼時期、最適放飼量、および各種害虫の発生時の対処方法をより詳細に検討するとともに、様々なケースにおける事例、経験の蓄積が必要である。 天敵を利用し、環境保全型農業を推進していくためには、薬剤の効率的な使用および複数の天敵の利用など、総合的な害虫管理を確立する必要がある。そのためには各種害虫の防除に利用できる天敵の農薬登録、天敵に影響のない農薬の開発が望まれるとともに、日本の気象条件、栽培条件に適した利用方法を検討していかなければならない。 おわりに天敵の利用は、ヨーロッパでは農薬の削減、散布の省力化、生産物の高付加価値化という効果が明らかにされている。今後、これら天敵の利用効果を明らかにすることによって、生産者の天敵に対する理解もより深まると思われる。また、消費者の農作物に対する信頼を高めるためにも、天敵の利用を推進していく必要がある。 (群馬県園芸試験場) <文 献>
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