オオタバコガの生態と有効薬剤

奈良井 祐隆

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.88/F (1998.7.1) -

 


 


 

1.はじめに

オオタバコガはワタ、タバコなどの農作物害虫として有名で(緒方、1958)、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアにかけて分布し、日本では本土南西部、対馬、屋久島から琉球列島にわたって分布する(吉松、1992)。従来、日本ではそれほど重要な害虫ではなかったが、1978年には通常幼虫の発生が認められない東北地方北部で発生が認められ(小林ら、1978)たり、1989年からは福井県で問題になる(小島、1996)など、年や地域により発生が問題となっていた。このような中で、1994年の夏から秋にかけて西日本全域で多発生し(吉松、1995;紫尾・小野本、1995;上和田、1995;奈良井・村井、1995;山崎、1995)、東日本においても千葉県内のトマトで発生し(染谷・清水、1997)、問題となった。その後、島根県では1994年ほどの多発生ではないが、トマトやキク、スイートコーン、キャベツ等で発生している。

 

2.生態

オオタバコガは日本では越冬蛹が5~6月に羽化し、年2~3回の発生である(吉松、1995)。福井県では露地で年間3世代の発生があり、第1世代は6月下旬~7月中旬にまずホウズキで、第2、3世代が7月下旬以降にホオズキや秋キク、トマトで発生する。蛹や幼虫の越冬は施設では可能であったが、露地ではできなかった(小島、1996)。フェロモントラップによる雄成虫の誘殺数は千葉県では7月までは少なく、8月以降に多くなる(染谷・清水、1997)。島根県では8月までは少なく、9月以降多くなる。1997年に島根県のキャベツ畑で幼虫の発生を調査したところ、4月13日の定植では発生を認めず、8月29日定植では10月に入り発生を認めた。

オオタバコガの発育は摂氏25度では卵期間が3.0日、幼虫期間が約20日、蛹期間は雌が12.2日、雄が13.5日で、発育零点は卵が摂氏8.4度、幼虫と蛹が摂氏13~14度である(小島、1996)。

本種は産卵を1粒づつ行ない、幼虫は植物の葉や茎、花、蕾、果実などを食害するが、同一部位を連続して食害しないため、幼虫の密度が低くても被害は大きくなる。なお、幼虫は土中で蛹化する。

 ▲ オオタバコガによるキャベツの被害  ▲ オオタバコガ老熟幼虫

 ▲ オオタバコガ卵  ▲ オオタバコガ若齢幼虫

 ▲ オオタバコガ中齢幼虫  ▲ オオタバコガ蛹

 

3.薬剤抵抗性の概況と有効薬剤

薬剤抵抗性に関する研究は海外では盛んに行なわれている。パキスタンでは1991年から1993年にかけて国内20地点から採集した系統が葉片浸漬法により調査されている。それによるとシペルメトリンとモノクロトホスに高度の抵抗性を示す系統、エンドスルファンに中程度の抵抗性を示す系統が見つかっている。クロルピリホスとプロフェノホス、チオジカルブには、抵抗性はあまり発達していなかった(AHMAD et al.,1995)。また、亜種の違いはあるが(吉松、1995)、オーストラリアでは1960年代の初めにはDDTとエンドリンに、1970年代の半ばにはパラチオンとエンドスルファンに、1970年代の終わりにはピレスロイド剤に中程度または高い抵抗性を示すオオタバコガが見つかっている(FORRESTER et al.,1993)。なお、合成ピレスロイド剤抵抗性による圃場での防除の失敗が1980年代にオーストラリアとタイ、トルコ、インドネシアで報告されている(KING.1994)。

日本におけるオオタバコガの防除薬剤に関する情報は当初ほとんどなかったため、著者らは1994年と1995年に3個体群について、葉片浸漬法により3齢幼虫に対する32薬剤の死虫率を常用濃度で調査した。その結果、補正死虫率が1固体群でも80%を越えた薬剤は有機リン系殺虫剤ではフルフェノホス乳剤、カーバメート系殺虫剤ではチオジカルブフロアブル、昆虫成長制御剤ではフルフェノクスロン乳剤とクロルフルアズロン乳剤、BT剤ではBT剤-2水和剤とゼンターリ顆粒水和剤、その他ではクロルフェナピルフロアブルの計7薬剤で、ほとんどの薬剤が常用濃度では殺虫力の低いことが判った。特にネライストキシン系殺虫剤と合成ピレスロイド系殺虫剤の多くは、補正死虫率10%以下であり、ほとんど殺虫力はなかった(奈良井、1997)。千葉県でもオオタバコガに対する防除効果が36薬剤で調べられており、3齢幼虫での食餌浸漬法による死虫率が80%以上の市販されている薬剤は、有機リン系殺虫剤ではピリミホスメチル乳剤、EPN乳剤、クロリピリホス乳剤、プロチオホス乳剤、カーバメート系殺虫剤ではチオジカルブ水和剤、昆虫成長制御剤ではフルフェノクスロン乳剤とクロルフルアズロン乳剤、BT剤ではBT剤-2水和剤とBT剤-7顆粒水和剤、その他の殺虫剤ではベンゾエピン乳剤とクロルフェナピルフロアブルだった。また、老熟幼虫に対する効果も調べられているが、新規系統薬剤以外に高い殺虫力を示す薬剤はなかった(染谷・清水、1997)。これらのことから、オオタバコガに高い殺虫力を示す薬剤は限られており、効果のある薬剤もできるだけ若齢の時期に散布する必要があると考えられる。

薬剤名  成分量(%) 希釈倍数 供試虫数 累積補正死虫率(%)
*
第2世代  
合成ピレスロイド系殺虫剤  
  トラロメトリン乳剤 1.4 1,000 24 0 4.2 - - -
シペルメトリン乳剤 6.0 1,000 24 0 0 - - -
ペルメトリン乳剤 20.0 2,000 24 0 0 - - -
フルバリネート水和剤 20.0 1,000 24 0 0 - - -
有機リン系殺虫剤  
  PAP乳剤 50.0 1,000 24 0 0 - - -
MEP乳剤 50.0 1,000 24 0 0 - - -
プロフェノホス乳剤 40.0 1,000 24 16.7 91.7 - - -
クロルピリホスメチル乳剤 25.0 1,000 24 12.5 45.8 - - -
昆虫成長制御剤  
  フルフェノクスロン乳剤 10.0 3,000 24 0 62.5 91.7 100 100
クロルフルアズロン乳剤 5.0 2,000 24 0 75.0 87.5 100 100
テフルベンズロン乳剤 5.0 2,000 24 0 0 0 0 0
ネライストキシン系殺虫剤  
  カルタップ水溶剤 50.0 1,000 24 0 0 0 0 0
チオシクラム水和剤 50.0 1,000 24 0 0 0 0 0
ベンスルタップ水和剤 50.0 1,000 23 0 0 0 0 0
カーバメート系殺虫剤  
  メソミル水和剤 45.0 1,000 23 0 4.3 - - -
アラニカルブ水和剤 40.0 1,000 24 0 25.0 - - -
第3世代  
BT剤  
  BT剤-1水和剤 10.0 1,000 30 0 3.3 3.3 6.7 6.7
BT剤-2水和剤 7.0 2,000 30 0 3.3 60.0 63.3 70.0
BT剤-2水和剤 7.0 1,000 30 0 3.3 66.7 90.0 90.0
ゼンターリ顆粒水和剤 10.3 1,000 30 0 46.7 86.7 90.0 90.0
BT剤-3水和剤 7.0 2,000 30 0 0 0 6.7 10.0
BT剤-3水和剤 7.0 1,000 30 0 0 6.7 6.7 6.7
BT剤-4水和剤 10.0 1,000 30 0 0 20.0 26.7 26.7
BT剤-5水和剤 10.0 1,000 30 0 10.0 30.0 33.3 40.0
BT剤-6水和剤 10.0 1,000 30 0 0 20.0 26.7 30.0
カーバメート系殺虫剤  
  チオジカルブフロアブル 32.0 1,000 30 0 86.7 - - -
合成ピレスロイド系殺虫剤  
  ビフェントリン水和剤 2.0 1,000 30 3.3 26.7 - - -
エトフェンプロックス乳剤 20.0 1,000 30 0 0 - - -
フェンバレレート・マラソン水和剤 40.0 1,000 30 0 13.3 - - -
有機リン系殺虫剤  
  DDVP乳剤 50.0 1,000 30 0 20.0 - - -
プロフェノホス乳剤 40.0 1,000 30 13.3 96.7 100 100 100
クロルピリホスメチル乳剤 25.0 1,000 30 13.3 73.3 73.3 73.3 73.3
昆虫成長制御剤  
  テブフェノジドフロアブル 20.0 1,000 30 0 0 26.7 50.0 50.0
その他の殺虫剤  
  アセタミプリド水溶剤 20.0 1,000 30 0 13.3 13.3 13.3 13.3
シラフルオフェン水和剤 20.0 2,000 30 0 0 0 0 0
クロルフェナピルフロアブル 10.0 2,000 30 26.7 80.0 86.7 86.7 86.7
第1表 オオタバコガ3齢幼虫に対する各種薬剤の効果(1995)
  注:オオタバコガはスイートコーンから採集した。
  採集世代を第1世代とすると第2、3世代を供試した。
1:薬剤処理後の日数

 ▲ オオタバコガ雌成虫  ▲ オオタバコガ雄成虫

オオタバコガに対し有効な薬剤が少ない中で今後の防除を考える場合、現在有効な薬剤の抵抗性が発達しにくい使用方法や天敵の利用などが考えられる。有効な薬剤の中で昆虫成長制御剤やBT剤は寄生バチや捕食性天敵に対して比較的影響が小さいので、これらの薬剤をローテーションで使用し、圃場内の天敵が働ける環境作りに努めることも大切であると考える。いずれにしても、実際の防除のあたっては本種の日本における生態や各作物における要防除水準を今後明らかにする必要がある。

(島根県農業試験場)

引用文献

  1. AHMAD,M.et al.(1995):J.Econ.Entmol.88:771-776
  2. FORRESTER,N.W.et al.(1993):Management of pyrethroid and endosulfan resistance in Helicoverpa armigera(Lepidoptera:Noctuidae)in Australia.CAB International,Wallingford,132pp.
  3. 上和田秀美(1995):ワタ害虫IPMワークショップIII:19-20
  4. KING,A.B.S.(1994):Heliothis/Helicoverpa(Lepidoptera:Noctuidae).MATTHEWS,G.A.and TUNSTALL, J.P..Insect Pests of Cotton:39-105,CAB International,Wallingford.
  5. 小林尚ら(1978):東北昆虫 16:17
  6. 小島孝夫(1996):福井農試研報 33:25-33
  7. 奈良井祐隆・村井保(1995):ワタ害虫IPMワークショップIII:22-23
  8. 奈良井祐隆(1997):植物防疫 51:488-491
  9. 緒方正美(1958):ヤガ科。江崎悌三ほか。原色日本蛾類図鑑(下):55-197。保育社、大阪
  10. 紫尾学・小野本徳人(1995):ワタ害虫IPMワークショップIII:16
  11. 染谷淳・清水喜一(1997):関東東山病害虫研報 44:241-248
  12. 山崎康男(1995):ワタ害虫IPMワークショップIII:24
  13. 吉松慎一(1992):オオタバコガ。日高輝展ほか。熱帯野菜作の害虫:58-61、国際農林業協力協会、東京
  14. 吉松慎一(1995):植物防疫 49:495-499