|
はじめにこれまでの化学合成農薬は食糧の安定生産と生産性の向上、省力化などに大きな役割を果たしてきた。近年、消費者の食に対する安全志向を反映して、生産者の病害虫防除に対する意識が変化しており、可能な限り農薬使用を減らそうとする生産者が増えてきた。また、生産者にとって農薬散布作業は重労働であり、危害防止の面からも天敵利用は安全性の確保と防除の省力化が可能となる。すでに、実用化されているチリカブリダニやオンシツツヤコバチなどもあるが、ここで紹介するククメリスカブリダニ(Amblyseius cucumeris)はアザミウマ類を捕食する天敵として、1992年に海外から輸入されたもので、ヨーロッパや北アメリカではミカンキイロアザミウマ(ピーマン、キュウリなど)やネギアザミウマに広く利用されている。本種は1992年に埼玉県で採集され、日本でも生息していることが確認されている。 施設栽培ナスではミナミキイロアザミウマが周年的に発生し、頻繁な薬剤散布を要する難防除害虫となっている。この対応策の一つとして、ククメリスカブリダニの利用に着目し、日本化薬(株)と共同で実用化に向けた開発試験を実施してきた。ここではククメリスカブリダニの増殖から利用までとその使い方などについて紹介する。
1.ククメリスカブリダニの増殖ククメリスカブリダニの増殖には、ダニやアザミウマなど生きた餌が必要であり、飼育が容易で大量に効率よく増殖できるケナガコナダニを利用している。 (1)ケナガコナダニの増殖 大量増殖は家畜飼料用ふすまとビール酵母(エビオス)を同比率で混合した飼料を用い摂氏25度、湿度75%の条件で飼育する。ケナガコナダニが容器から脱出するのを防ぐため、水を張った容器内にタッパーウエアをおき、その中の容器に飼料を入れて、ケナガコナダニを増殖させる。1週間ごとに飼料を追加していけば容易に増やすことができる。 (2)ククメリスカブリダニの増殖 増殖は摂氏25~30度、湿度75%の恒温器内で、増殖したケナガコナダニの生息する飼料(1g:約15,000頭)を入れた500ccのプラスチックボトルに、ククメリスカブリダニ成虫約50頭を飼料とともに加え飼育する。3週間後には約1,000頭(20倍)のククメリスカブリダニを確保することができる。飼育中に飼料が固まるので、ボトルを2~3日おきにゆっくり上下させ、間隙を作ってやることが必要である。その後2~3週間は室温で保存でき、この手順をくり返すことにより大量増殖が可能である。
2.ククメリスカブリダニの捕食と発育ククメリスカブリダニ1頭、48時間当りミナミキイロアザミウマ幼虫を7.8頭捕食し、ミカンキイロアザミウマでは3.8頭、ネギアザミウマでは6.5頭、ダイズウスイロアザミウマでは6.0頭と捕食量はやや少なく(第1表)、アザミウマ類の幼虫数が多いほど捕食量は多くなる傾向を示した。このように幼虫に対して高い捕食活性を示し、特に1齢幼虫を好んで捕食するが、アザミウマ類の成虫や卵は捕食しない。また、アザミウマ類以外にもハダニ類の卵を捕食し、餌がない条件下では花粉などを摂食して生存する。 ケナガコナダニを餌としたククメリスカブリダニの発育期間は、摂氏25度で卵期間1.9日、卵から成虫まで5.8日、産卵数は1日1雌当り1.6卵であり、摂氏20度では発育期間が長くなる(第2表)。
3.アザミウマ類に対する放飼効果(1)ハウス栽培ナスにおける放飼効果 3月上旬定植のナスにおいて、ミナミキイロアザミウマの発生初期(4月上旬)から1週間おきに3回、ククメリスカブリダニ100頭/株を株元および葉上に放飼すると、2~3回目放飼後よりミナミキイロアザミウマの密度は抑制され始め、無放飼に比べ約50日間アザミウマの発生を抑制した(第1図)。また、9月上旬定植の促成栽培ナスでも同様の効果が認められた。またナス果実の被害状況は商品化できるナスは無放飼でわずか32.4%(半促成)、19.2%(促成)であったが、ククメリスカブリダニの放飼により、それぞれ80.0%、93.5%と大幅に向上し、顕著な防除効果が認められた(第3表)。
(2)ハウス栽培キュウリにおける放飼効果 3月下旬定植のキュウリにおいて、定植5日および20日後に2回、株元および吊り下げ(50~100頭/株)放飼すると、放飼後約30日間ミナミキイロアザミウマの密度を低密度に抑え、防除効果が認められた(第2図)。 このように定植直後の低密度時からの株元放飼が有効であり、アザミウマをゼロに抑えることはできないものの、果実の被害を軽減することから実用化できる。
4.ククメリスカブリダニの使い方(1)放飼時期 ククメリスカブリダニの導入は他の天敵利用の場合と同様に対象害虫であるアザミウマの発生のごく初期であるほど密度抑制効果は高まる。すなわち、ナスやキュウリなどでは定植時もしくは発生初期が導入の適期である。 (2)放飼方法 ククメリスカブリダニは500mlのボトルに飼料とともに5万頭以上入っている。一振りでおおむね100頭が放飼されるようになっており、放飼は作物の葉上に放飼(散布)する方法と作物の植え付け後株元および吊り下げで放飼する方法がある。また、紙製の小袋に100頭ずつのカブリダニが入っていて、作物の茎や葉柄に吊り下げておき、カブリダニが脱出して作物へ移動する3種の放飼方法がある。第1の方法は比較的容易であるが、葉上に飼料が残ることがある。イチゴなどで利用する場合に適している。第2の方法は株元から作物に移動して葉、花、果実に定着する。ナス、キュウリ、ピーマンなどに適している。第3の方法は比較的背丈の高い作物で利用できる。
(3)放飼量 定植時または発生初期に1株当り100頭、1週間間隔で3回放飼する。
5.留意点天敵による生物防除の秘訣は、天敵が働きやすいように施設を含めた環境条件を整えることにある。そのためには被覆資材などを活用して、健全苗の育成や施設内への害虫の侵入を防ぐ努力が必要である。また本種を利用する場合、(1)一般に天敵は農薬に弱いことから、他の病害虫防除には本種に影響の少ない薬剤を用いることが大切である。(2)あわせて、アザミウマがすでに大量に発生している場合は効果がみられず、発生が低密度の段階で放飼して密度をあげないようにすることである。(3)ククメリスカブリダニは摂氏15度以下の低温時には活動が鈍く、摂氏40度以上の高温時には短命なため、できるだけ気温が摂氏20~30度条件の時期に利用するのが望ましい。(4)本種はアザミウマを対象とするため、他の病害虫防除との体系をつくる必要がある。(5)本種の放飼は到着後できるだけ早い時期に行ない、放飼前にはボトル内に均一に分布させるため、軽く振って使用することなど、十分留意する必要がある。
おわりに生産者の高齢化や薬剤散布労力の軽減、危害防止と減農薬農産物の供給などで、農薬はできるだけ減らして行く傾向が強いことから、天敵利用への期待が高まっている。ククメリスカブリダニをうまく利用するためには、天敵というものを十分理解し、耕種的・物理的など他の防除手段や他の天敵をうまく組み合せ、天敵を生かす努力をすることが大切である。 (兵庫県立中央農業技術センター)
|