マメハモグリバエの天敵製品
の効果的な使い方

小澤 朗人

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.87/E (1998.4.1) -

 


 


 

 

はじめに

トマトやキク、ガーベラなどに被害を与えるマメハモグリバエは、1990年に静岡県の西部地区においてわが国で初めて発見された侵入害虫で、西南暖地を中心に全国的な重要害虫となっている。本虫は、最初から薬剤抵抗性が発達していたことから、すでに欧米で実用化されている天敵寄生蜂による生物防除が有効と考えられ、1992年からわが国でも天敵放飼試験が行われてきた。その結果、ふれはあるものの実用的な防除効果があることが確認され、これらの天敵は近々農薬登録を取得する見込みとなっている。本稿では、これまでに筆者らが行なった本寄生蜂に関する諸調査の結果を踏まえ、天敵製品「マイネックス」の効果的な使い方について述べたい。

 

1.寄生蜂の特性

現在登録されている製品としては、ヨーロッパで使われている2種類の天敵寄生蜂の混合物(1:1)で、ともにマメハモグリバエの幼虫に寄生する幼虫寄生蜂である。一つは、Diglyphusisaeaというヒメコバチの一種(和名:イサエアヒメコバチ)で、もう一つは、Dacnusa sibiricaというコマユバチの一種(和名:ハモグリコマユバチ)で、前者は在来種だが、後者はわが国には存在しない外来種である。

第1表 2種天敵寄生蜂の特性比較
  イサエアヒメコバチ ハモグリコマユバチ
寄生様式 殺傷・外部寄生 飼い殺し・内部寄生
温度適応性 高温に強い 低温に強い
増殖率 高い 低い
寄主探索能力 低い 高い
視力(暗い場所での活動性) 低い 高い
成虫寿命 長い 短い
寄主体液摂取 する しない

 ▲ マメハモグリバエ 成虫  ▲ 天敵寄生蜂イサエアヒメコバチ 成虫
(体長2mm程度の小さな寄生蜂)

ヒメコバチは、マメハモグリバエの幼虫を殺してから卵を産む「殺傷寄生蜂」であり、卵は幼虫の体の外側に基本的には1つだけ産下され、蜂の幼虫はハエの死体を食べて育つ「単寄生性」の「外部寄生蜂」である。また、成虫は産卵せずにハエの幼虫を殺してその体液を吸う行動を行ない、これは、「寄主体液摂取(ホストフィーディング)」といってヒメコバチ類の特徴の一つで、主に卵を生産するための養分を得るために行なうと考えられている。すなわち、寄主体液摂取をすればするほど養分を得て産卵数が増えていくことになり、マメハモグリバエの密度が高ければ高いほど蜂も卵をたくさん産んで増えやすいことになる。また、寄主体液摂取の産卵に対する割合は、餌であるハエの幼虫の大きさによって異なり、大きな老齢幼虫では約50%が産卵され、残りの50%が寄主体液摂取にあてられるが、中歳以下であはほとんどが寄主体液摂取にあてられる。以上のような性質があるため、ヒメコバチは、マメハモグリバエがかなり増えてからでも、追いついて密度を抑えることができる。しかし、マメハモグリバエの増殖率も極めて高いうえ、一匹あたりの作物に対するダメージが大きいので、後述するように蜂の放飼のタイミングとしては、ハエの密度が十分低いうちから放飼した方がより安全といえよう。

一方、コマユバチは、ハエの幼虫は殺さないで、ハエの体内へ卵を生む「飼い殺し寄生蜂」の「内部寄生蜂」で、蜂の幼虫は生きているハエの体内で成長し、ハエが蛹になった後にハエの蛹の中から羽化する。したがって、この蜂の場合はハエは蛹まで生存していることになり、防除効果としては次世代のハエの密度低下として現れ、やや遅効的となる。なお、この蜂は「寄生体液摂取」は行なわない。

さて、これら2種類の蜂が同時に使われる理由は、第1表に示すように、種間で温度や光に対する反応や餌の探索能力に違いがあるからであり、寒暖の差や環境の変化が激しいわが国では2種を同時に使う方が双方の利点が生かせるので効率がよいと考えられる。なお、2種の競争関係については、先にコマユバチに寄生されたハエは生きているので、後からやってきたヒメコバチに殺されることになり、常にヒメコバチが勝つ。

 

2.天敵を使いこなすためのポイント

(1)農薬の影響

天敵寄生蜂は、化学農薬特に殺虫剤に対しては極めて弱く、他の害虫防除のために使用する殺虫剤の影響を十分考慮する必要がある。過去に行なった現地試験では、農薬の影響を過小評価したために失敗した事例がいくつかみられた。殺虫剤の中でも合成ピレスロイド剤、有機リン剤、カーバメート剤の影響はたいへん強く、これらの薬剤のほとんどは散布後1ヵ月以上悪影響が残るので、これらの殺虫剤を散布した場合は天敵放飼までの期間を1ヵ月以上もうける必要がある。また、定植時や育苗時に使用することの多い有機リン系の粒剤(オルトラン、ホスチアゼート(ネマトリン))は天敵への悪影響が極めて長く、これらの薬剤を使用した場合は定植後1ヵ月以上たってから天敵を放飼するようにする。ただし、一般に害虫に対する殺虫活性より天敵に対する活性の方が長期間持続するので、害虫に対する活性が切れて天敵への殺虫活性だけがまだ残っている期間に害虫のリサージェンス(異常発生)が起こる可能性があるので、天敵へ影響の少ない薬剤を追加散布するなどの措置が必要になる。

個々の農薬の天敵に対する影響については、ブプロフェジン(アプロード)などのIGR剤は成虫、幼虫、寄生行動に対してほとんど影響がないと思われる。また、クロロニコチニル系の粒剤イミダクロプリド(アドマイヤー)、ニテンピラム(ベストガード)、アセタミプリド(モスピラン)の影響は比較的少ないので、育苗時のポット施用ならば問題ないと考えられる。殺菌剤はキャプタン剤、イオウ剤などごく一部を除いて影響は少ないと思われる。

薬剤種類 薬剤名
(商品名)
寄生蜂の種類
Diglyphus isaea
(イサエアヒメコバチ)
Docnusa sibirica
(ハモグリコマユバチ)
成虫 幼虫 安全期間 成虫 安全期間
有機リン剤 オルトラン水和剤 × 7週間 × 7週間
オルトラン粒剤 × 6週間 × 7週間
ネマトリン粒剤 × 6週間 × 6週間
スプラサイド乳剤 × ×
マラソン乳剤 × ×
DDVP乳剤 × 1週間 × 1週間
カルホス乳剤 × 7週間 × 5週間
アクテリック乳剤 × ×
ジブロム乳剤 × ×
合成ピレスロイド剤 マブリック水和剤 × ×
トレボン乳剤 × 3週間 × 3週間
ネライストキシン系 パダン水和剤 × 3週間 × 2週間
エビセクト水和剤 × ×
カーバメート剤 アリルメート乳剤 × ×
ランネート水和剤 × × ×
ピリマー水和剤 ×
IGR系 アプロード水和剤
カスケード水和剤
アタブロン乳剤
ノーモルト乳剤
ラノー乳剤  
殺ダニ剤 ダニトロンフロアブル × ×
サンマイトフロアブル × 3週間 × 2週間
ケルセン乳剤 ×
コロマイト乳剤 × ×
アファーム乳剤 × ×
オマイト乳剤 ×
エイカロール乳剤
オサダン水和剤
ニッソラン水和剤
BT剤 チューリサイド水和剤
クロロニコチニル系 アドマイヤー水和剤 2週間 1週間
アドマイヤー粒剤 3週間 1週間
ベストガード水和剤 × ×
モスピラン水和剤  
その他 オレート液剤

第2表 各種殺虫剤の天敵寄生蜂に対する影響
(注) いずれも、実用濃度における試験結果より判定。影響ランクは、IOBCの天敵に対する影響のカテゴリー
(◎:安全~、○:やや影響あり、△:影響あり、×:たいへん強い)に従った。

 ▲ ヒメコバチに攻撃(寄生または寄主体液摂取)された死亡したマメハモグリバエの老齢幼虫
死亡後2~3日で色が褐色に変化する。

 ▲ ヒメコバチによる防除効果の様子
マメハモグリバエ幼虫の食痕の大きさが小さくなり、その先端には蜂の攻撃を受けて死亡した幼虫がみられる。

(2)放飼のタイミング

ヒメコバチ、コマユバチともにマメハモグリバエの幼虫にしか寄生しないので成虫ばかりの時や蛹ばかりの時に天敵を放飼してもうまく寄生できないことが考えられる。しかも好適条件でのマメハモグリバエの幼虫期間はわずか3~4日と極めて短いため、マメハモグリバエの発生動向を把握して放飼のタイミングを決める必要がある。しかし、現在のところ天敵製品は輸入品であり、今日注文して明日届くというわけにはいかないので、現実的には成虫のモニタリング用の黄色粘着トラップを使って成虫の発生消長を調べて放飼時期を決めることになる。すなわち、黄色トラップへの誘殺数が多くなった次の週に天敵を放飼すれば、おおよそマメハモグリバエの幼虫と天敵が同調して寄生が成功すると思われる。実際の場面では、マメハモグリバエの密度が低い発生初期から天敵を使う方が効率がよいので、黄色トラップへわずかでも成虫が誘殺されたら次の週から天敵を放飼すればよい。

(3)放飼回数

蜂の成虫は1週間程度生きており、また放飼のタイミングが合わなかった場合のリスクも考えて、毎週1回で計3~4回ほど放飼すれば十分だと思われる。

(4)放飼量

 適正放飼量は寄主であるマメハモグリバエと寄生蜂との相対比率によって決まり、マメハモグリバエの密度が低ければ低いほど相対比率(寄主/寄生蜂)も低くなるので、ハエの密度ができるだけ低いときから放飼することが最も重要である。発生初期のごく低密度の時(ハモグリの食痕がほとんど見あたらない)ならば1ボトル(250頭)/10aでよいと思われる。しかし、幼虫が散見されるようになっている場合には、2ボトル/10a以上必要と思われる。

(5)放飼に適した時期

寄生蜂は摂氏30度以上の高温では寿命も短くなり発育も抑制される。また、温度が高いほどマメハモグリバエの幼虫期間すなわち寄生蜂の攻撃を受ける期間が短くなり、結果的に寄生蜂に攻撃されにくくなる。逆に低温期は、マメハモグリバエの幼虫期間は長くなるが、寄生蜂の産卵数や活動性が低下し、成虫の探索能力も低下する。以上のことから、7月~9月上旬の高温期と11月~3月までの低温期は、寄生蜂による防除には適さない。したがって、寄生蜂を放飼する時期としては、4~6月と9月中旬~11月までが適していると思われる。

(6)効果の判定方法

ヒメコバチは幼虫を殺して産卵または寄主体液摂取を行なうので、攻撃されたマメハモグリバエ幼虫は死体となって色が褐色~黒色に変化する。したがって、褐色化した幼虫がみられるようになれば寄生蜂が活動している証拠となる。圃場では、大きな老齢幼虫について、前述の色の違いから幼虫死亡率を調べて寄生蜂の効果を判定できる。幼虫死亡率が何%あればいいかは、そのときのマメハモグリバエ幼虫の密度にもよるが、おおよそ50%以上できれば80%が目標と思われる。もう少し詳しく調べたい場合は、幼虫が寄生している葉をランダムに採取し、これらをティッシュペーパーとともにビニール袋の中に入れておくと2週間ほどでマメハモグリバエと寄生蜂の成虫が羽化してくるので、これらの数や蜂の種類を調べることができる。なお、もう一種類の寄生蜂のコマユバチについては、見取りによる寄生率の調査は困難である。

(7)土着天敵の影響

マメハモグリバエには、複数種の土着寄生蜂(静岡県では16種類)が寄生することが判明している。これらは、もともとは在来のハモグリバエ類に寄生していたものが侵入害虫であるマメハモグリバエにも寄主範囲を広げたと考えられている。さて、寄生蜂の天敵製品を使いたい場合、こうした土着種の存在がどういう影響を与えるかについては、土着種と導入種との関係(たとえば、種間競争)等、不明な点が多いが、現地圃場で放飼試験をした事例の中で土着種(複数種)の密度が極めて高く、放飼した導入種の寄生がほとんど認められない事例がみられた。この場合、導入種を放飼しなくても、自然発生した在来種によってマメハモグリバエの密度が制御された結果となり、いわゆる「土着天敵の温存」による生物防除が成立したことになる。しかし、実際の場面では、土着種による防除効果をあらかじめ予測することは困難であり、保険的な意味でも導入種を早期に放飼する方法がより安全と考えられる。

 

3.施設トマトにおける天敵を組み入れた総合防除体系

トマトでは、近年、マルハナバチが導入されたことから化学農薬をなるべく使わない防除体系の確立が強く要望されている。トマトの害虫としては、オンシツコナジラミ、シルバーリーフコナジラミ(タバココナジラミ)、マメハモグリバエ、ハスモンヨトウ、オオタバコガ、トマトサビダニ、アブラムシなどがあり、コナジラミとマメハモグリバエについては天敵が使えるが、他の害虫はいまのところ化学農薬に頼らざるを得ない(なお、ハスモンヨトウには本年1月にゼンターリ顆粒水和剤が登録されている)。したがって、寒冷紗による侵入防止策を含めて、生物的、物理的防除法を組み合わせた総合的な防除体系を考える必要がある。幸い、天敵に影響が少なく防除効果も高い薬剤が登録され(フルフェノクスロン乳剤(カスケード))、あるいは登録が予定されているので、薬剤と天敵との体系を組みやすい状況になってきた。今後、こうした天敵に優しい薬剤と天敵を組み合わせた総合防除体系を地域の状況に応じて策定し、その実用性を検証する必要があろう。

なお、抑制栽培トマトにおける総合防除体系の例を第3表に示したので参考にしてほしい。


第3表 抑制栽培トマトにおける総合防除体系(IPMプログラム)の例
なお、殺菌剤については適宜散布可能。( )は防除対象害虫名。

(静岡県農業試験場 病虫部)