集団的天敵導入による害虫の防除

(エンストリップ、マイネックスの利用)
-伊勢農協小俣支店・温室協議会での実施例から-

清水 秀巳

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.87/D (1998.4.1) -

 


 


 

 

はじめに

 今回、導入を実施したのは伊勢神宮で名高い伊勢市に隣接した、三重県度会郡(わたらいぐん)小俣(おばた)町の伊勢農協小俣支店温室協議会という生産者部会である。2つの農事組合法人からなり、ガラスハウスの団地でミニトマトの周年栽培またはトマト+トマト、トマト+メロンの体系を中心に栽培している。

当部会ではトマトの受粉作業の省力化、高品質果の生産のため5年ほど前からマルハナバチの導入がなされてきており、それに伴って殺虫剤の使用制限による難防除害虫の発生が問題となってきていた。また、それに加えて環境に優しい(ひいては生産者に優しい)農業の推進という観点から天敵利用の検討を始めた。

 

具体的な導入方法

 当部会の栽培体系はおおむね、ミニトマトは8月中下旬定植、6月末まで収穫の抑制長期栽培であり、大玉トマトについては8月中下旬定植、1月末まで収穫の抑制栽培と、その後2月中下旬定植、6月末まで収穫の半促成栽培の組み合わせである(第1図)。この栽培体系と施設内環境を考慮すると、天敵導入の機会は9月末または10月上旬から(秋期導入)と3月上中旬頃から(春季導入)の2回となる。導入した天敵はエンストリップ、マイネックスで、各々1週間ごとに4回連続放飼した。

 各期とも導入の2ヵ月ほど前に研修会を開催し、導入までの防除薬剤について検討した。そして導入決定には害虫密度、それまでの防除暦を確認し導入した。


第1図 小俣町温室協議会の基本的作型

 

調査結果の概要

 1995年(平成7年)秋期から導入を始めたので、これまで4回の導入を行なったことになる。今回はこのうちまとまった面積で実施した1996年(平8)秋期、1997年(平9)春期の概要について述べる。

 


 ●1996年秋期

 ミニトマト13圃場(130a)、大玉トマト2圃場(20a)で実施した。

 (1)コナジラミ類の推移

 補殺虫数の動向は大まかに三つのパターンに分けられた。

  1. 導入当初から終始低い数で推移するパターン(第2図)。理想的なタイプであり、導入後おおむね50日後にマミーも確認できた。大玉トマト2圃場を含む5圃場がこのパターンであった。
  2. 導入終了後、一定期間経過後に増加するパターン(第3図)。マミー寄生率は高かったが、放飼後2ヵ月頃からコナジラミ虫数は増加した。これはオンシツツヤコバチは定着したが、施設内温度の低下とともに活動が鈍かったものと考えられる。
  3. 導入終了後、短期間に増加するパターン(第4図)。このタイプはいずれの圃場でもマミーが確認できず、ホストフィーディングのみにより一時的に害虫密度を抑えたものと考えられる。

第2図 1996年秋期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数の推移パターン1 第3図 1996年秋期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数の推移パターン2

第4図 1996年秋期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数の推移パターン3

 (2)ハモグリバエ類の推移

 定植が早かった圃場で導入時の密度が高く、天敵を導入しても抑えきれなかった圃場が2ヵ所あった。

 この年の秋期の導入で薬剤防除に切りかえた圃場は、ハモグリバエの被害が甚大だった2圃場を含めた4圃場であった。その他6圃場では、1月中旬まで殺虫剤無散布であり、大玉トマトの2圃場では栽培終了まで無散布であった。秋期導入では放飼後施設内温度が低くなっていくため、コナジラミ類の密度はかなり高くなっても被害(すす病の発生)が認められにくく、薬剤防除に切り替える要因とは成りにくい。むしろハモグリバエの被害が決定要因となると思われた。また、気温の低下とともに天敵の活動が鈍っていくことも忘れてはならない。

 


 ●平成1997年春期

 ミニトマト7圃場(70a)、大玉トマト2圃場(17a)で実施した。

 秋期に天敵を導入した圃場も1月中旬頃から薬剤防除に切り替え、春期導入に備えた。ミニトマトは先述のように長期栽培であるため栽培が継続している。さらに一部ではマルハナバチが入ったままの圃場もあって使用できる薬剤が限られるため、害虫密度を下げるのに苦慮し導入圃場の減少を余儀なくされた。

第5図 1997年春期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数とハモグリバエの食害痕数の推移パターン1 第6図 1997年春期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数とハモグリバエの食害痕数の推移パターン2

第7図 1997年春期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数とハモグリバエの食害痕数の推移パターン3 第8図 1997年春期導入におけるコナジラミ類の捕殺成虫数とハモグリバエの食害痕数の推移パターン4

 (1)コナジラミ類の推移

  1. 終始低い密度で推移したパターン(第5図):ホリバー付着頭数50頭以下で導入し、そのまま収穫終了まで殺虫剤無散布。5圃場がこのタイプだった。
  2. 中断となったパターン(第6、7図):導入時の密度は高かったがマミーが確認でき、その後減少傾向となったが、すす病が発生したため中断とした。3圃場。
  3. 上記のパターン2と同様に高い密度での導入であったが、その後減少したパターン(第7図):大玉トマト1圃場がこのタイプであった。

春期放飼では秋期とは逆に導入後に施設内温度が高くなっていくため、オンシツツヤコバチの活動は活発となる。しかしコナジラミ類もまた同様である。ホリバー捕殺頭数はさほど多くなくても、またパターン2のように減少傾向になっていても、局部的な発生によりすす病が発生し中断の要因となりうる。成否の鍵はやはり導入時のコナジラミ密度であると思われる。

 しかし、パターン3の場合のように、大玉トマトでは高い密度からの導入でも成功している。これは大玉トマトではミニトマトに比べ摘葉の程度が軽いため、マミーの施設外への持ち出しが少ないためでないかと思われる。逆に言えばミニトマトでは、導入に際し大玉トマト以上に厳しい条件が必要であるということになる。

 なお、この回の導入では実施した全ての圃場でマミーが確認できた。このことは導入前の薬剤選択、使用法など天敵使用のためのノウハウが生産者側に蓄積された成果であり、高く評価したい。

 (2)ハモグリバエ類の推移

 初期密度が高かった圃場(一葉当りの食害痕数が0.5以上)ではその後被害を抑制することができなかった(第8図)が、それ以下の密度で導入した圃場では収穫終了まで増加しなかった(第5、6、7図)。

 

考 察

 エンストリップ、マイネックスともに安定した効果を発揮させるためには、薬剤残効のない状態で、害虫密度の低い状態で導入することである。このことはメーカーからも常々言われていることであり、「何をいまさら」と言われそうだが、実際に多数の導入例を調査して改めて思い知らされた形である。

 具体的にその数字を挙げるなら我々の調査方法では、コナジラミ類はホリバー1枚当り50頭(1週間での捕殺数)、ハモグリバエ類は1葉当りの食害痕数0.5以下と言うことが出来る。ただし、大玉トマトでは摘葉の問題からもう少し緩い条件でも大丈夫かと考えられる。

 だが現実にはこの数字をクリアーすることはなかなか難しい。特にミニトマトの春期導入においては、収穫継続中での実施のため使用できる薬剤が制限され、害虫密度を下げにくい。このような場合、また導入したがマミーが確認できない場合などは、ホストフィーディングに頼った方法を取りいれるしかない。これまで天敵を入れたが、対象害虫を全く抑えられずに増加の一途をたどった例はなかったことからもホストフィーディングの効果は明らかである。天敵を定期的に導入しつづければかなりの害虫数でも十分抑えられると思われる。

 もうひとつは施設内温度である。これは適切な時期に導入する事以外にない。そのためにはあらかじめ導入日を決めておき、それに合わせるよう導入前の防除のスケジュールを組むことが必要である。目標日から大きくはずれた場合には導入はあきらめるべきである。

 ●その他の害虫対策

 これまでの実施のなかで数回アブラムシの天敵(コレマンアブラバチ)の提供を受け導入してみたが、当地ではこれまでアブラムシの発生はほとんど認められていないため、問題とならなかった。一方で天敵使用ハウスでは通常の薬剤防除管理では見られなかったトマトサビダニが散見されダニ剤のスポット散布を行なった。トマトサビダニに関しては既存のダニ剤で十分対応できるため、早期発見に努めスポット散布を行なえばよい。やっかいなのはヨトウ類、タバコガ類などの鱗翅目である。天敵が導入された後では手で取るくらいしか方法がない。新たな天敵、BT剤などの開発、登録拡大を願いたいところである。

天敵防除の評価

 防除労力の削減、農薬被暴の軽減が生産者に高く評価されている。特に殺虫剤を散布しないことは精神的にも良いと言われる方が多い。また、マルハナバチの寿命が延びた、と言う意見もある。私としてはこれらの他に、天敵導入にあたって使用可能農薬の選定・農薬の残効等検討を重ねたことにより、生産者の方が化学農薬をも含めた農薬に対する知識をさらに深められたことも高く評価できると考えている。

 

今後の課題および取り組み

 当温室協議会のガラスハウスは1973年(昭48)から1977年(昭52)にかけて建設されたもので、棟高3.8m、軒高1.9mと低く施設内環境が悪化しやすい。この不利な施設条件ながら一応の成果を上げてきた。

 生産者内での評価も徐々に高くなり、導入希望数は順調に増加してきたが、今後もこの防除体系を継続し定着させていくためには、さらなる効果の安定化、そしてやはりコスト問題の解決が鍵になるであろう。

 ●効果の安定化

 先述のように低密度時での導入という基本技術の励行(これがなかなが困難なことだが…)、およびそれがうまく行かなければ4回放飼にこだわらないホストフィーディング重視の連続投入により対応できると思われる。ただ後者の使用法にはコストの問題がつきまとう。

 ●経費の問題

 ホストフィーディングの効果をねらった連続放飼ではもちろんのこと、基本となる4回放飼においても、今後新たな天敵の販売が相次ぎそれらを導入していくことになれば、かなりの出費を迫られることになる。今のところ、幸いなことに町の事業補助(病害虫対策防除事業)を受けていることもあり農家負担は軽くなっている。しかし、薬剤被暴が少ない・防除労力が削減できるといったメリットだけでは経費の面からみてこの防除体系の定着は難しい。

 栽培期間のほとんどが殺虫剤無散布である省農薬栽培をPRするなど何らかの形で付加価値を付け、ブランド化するなど有利販売を図っていく必要があろう。

 なお今秋期はさらに導入希望が増加し、ミニトマト14圃場(140a)、大玉トマト7圃場(70a)について、導入を前提とした調査を開始したところである。

(伊勢地域農業改良普及センター)