集団的天敵導入によるミニトマトの害虫防除
―オンシツツヤコバチの集団利用から―

森 良道

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.86/G (1998.1.1) -

 


 


 

1.はじめに

 JAちくまは長野県北西部に位置し善光寺平の南端、中心部を千曲川が流れその両岸に肥沃な盆地が広がり、それを取り巻く中山間地からなる。標高330m~900mと高低差があり、季節風の影響が少なく年間降水量800mm~1,000mm程度と、全国的に少ない。

 ミニトマトの栽培は、1987年(昭62)より始まり、1993年(平5)以降産地化をめざし女性・熟年層を中心に作付け拡大を進めた。栽培当初頃より、新幹線・長野道・上信越道など高速交通網の整備に伴い、耕地への影響も少なくなく集約的な施設栽培への移行が余儀なくされていた。この間販売実績は順調に推移し、収益性の高さが注目され短期間の中で生産拡大がされた。そのため生産者間の団結力も強く集団的な導入へつながった。現在の生産者数は62戸で面積は124aと小規模の小さな産地であり特色のある産地形成をする必要性もある。

 

2.作型とオンシツコナジラミの発生

 作型は春植えの雨よけ作型と初夏植えの抑制作型となる(第1表)。品種は栽培当初ミニキャロル(サカタ種苗)、以後MRミミ(カネコ種苗)、現在はMRミミとキャロルセブン(サカタ種苗)の併用をし、全体の95%が春植えの雨よけ作型となる。オンシツコナジラミの発生は、両作型とも6月頃より始まり、8月頃より増加し“すす病”の被害が認められるようになる。

 オンシツツヤコバチの導入は、生産の拡大と共に生産者・消費者両サイドからの要望に答えるべく産地気運が高まってきた時期とかさなる。


第1表 ミニトマトの作型

 

3.導入は生産者の意向で

 生産拡大に伴い、夏秋期のオンシツコナジラミの発生と“すす病”が問題視されるようになり、防除が不可欠となった。特に1993~1994年の“すす病”の発生は多大な被害を与えた。その中1995年に長野県野菜花卉試験場の展示圃を管内に設置し、試験場・防除所・普及センター・JAと協力して調査検討を重ね、安定した防除体系の確立と指導者側の技術習得を図った。

 その旨を翌年(1996)春生産者へ話したところ、食の安全性と難防除の経験から非常に大きな反応があり、生産者の意向調査の実施を行ないその意見を尊重する事となった。結果、91%の理解を得る事となり全員の合意形成の末、全戸で実施をする事となる(第2表)。

第2表 生産者天敵利用アンケート
内容 比率
(1)天敵農薬を知っていた。 68%
(2)天敵農薬を利用したい。 91%
(3)天敵農薬の使用方法はむずかしい。 39%
(4)低農薬栽培のため使用したい。 69%
(5)高く販売するため使用したい。 30%

アンケート中での意見の一部

  • 無農薬野菜が求められ、食の安全性生産物の販売戦略からも良いことだと思う。
  • 低農薬で高品位の物を消費者に供給したい。
  • 将来必ず普及すると思われるので今から使用したい。
  • 労力的には楽になると思われるが経費がかかる。
  • 他の病害虫が発生した場合きちんとした指導がとれるのか

 

4.オンシツツヤコバチの放飼と効果の確認

 まず、実施にともない直面した問題は、生産者の年齢層が高いことと婦人中心であるため、度重なる講演会・現地指導会程度ではオンシツコナジラミの発生予察と、オンシツコナジラミの幼虫・マミーの確認がむずかしいこととなる。そこで長野県野菜花卉試験場・防除所・普及センターの協力を得て、JA営農技術員5名ですべての調査を実施することとなる。これが集団利用の初年度から一定の成果が得られた要因と思われる。

 オンシツツヤコバチの放飼をするためには施設の開放部を防虫ネットで覆う必要があったが、幸い当地区では栽培当初以前より他作物で施設の側面やトンネル被覆で防虫対策として使用していた経過があり施設面での改善は必要なかった。

 オンシツコナジラミの発生予察は前年の県試験場展示圃の経験から、6月上旬よりの黄色粘着板(ホリバー)を1a1枚(最低1ハウス1枚)を基準に設置した。オンシツコナジラミの発生調査は、各週曜日を決めて(火・水)発生の有無を調査し、ハウス全体の黄色粘着板に1羽以上成虫の誘殺を確認したら、生産者に連絡のうえ天敵を手配し、翌週設置する。

 天敵の設置は発生を確認後、1セットの設置を基準にし、設置は各生産者自身が各自の圃場へ行なう。事前に設置方法についての講習を現地にて数回実施し、放飼の方法はミニトマト30株当りにエンストリップのマミーカード1枚を1週間間隔で4回(1セット)放飼した。エンストリップ設置後の調査は各週曜日を決めて(火・水)効果の確認を調査した。調査項目はオンシツコナジラミの成虫幼虫の発生数およびマミー数と寄生率を調査する。調査は先に延べたがJA営農技術員5名ですべての調査を実施した。5名で62戸140ヵ所余りになるハウスを各週調査する事は、非常に大変なことであり多くの時間を要する作業となる。

 ▲ ミニトマトのハウス(右)とエンストリップ設置状況(左)

 

5.エンストリップの効果

 オンシツコナジラミの発生は6月20日より発生が認められ、7月17日には全戸で確認され、確認の翌週の水曜日よりのオンシツツヤコバチの放飼となった(第1図)。マミーの確認は1回目の放飼後3週目より認められるようになり、1セットの放飼が終了後には70%近いハウスで確認ができた。しかし約20%のハウスではオンシツコナジラミもマミーも確認されないケースがみられた。

 エンストリップによる防除効果は圃場調査の寄生率等から判断すると、1セットの放飼でおおむねオンシツツヤコバチの寄生定着とオンシツコナジラミの発生抑制が認められた。しかし数例の中でオンシツツヤコバチの寄生定着が、オンシツコナジラミ発生に追いつかず“すす病”の害が10戸で認められ、その中の3戸(全戸の約5%)で被害を受けた(第2図)。


第1図 モデル圃場のオンシツコナジラミの誘殺消長および小葉幼虫数・マミー数


第2図 戸別オンシツコナジラミ発生消長およびオンシツツヤコバチ寄生消長

 

6.集団利用による効果

 エンストリップによる効果はオンシツコナジラミの発生を抑えることとなるが、耕種的な面での効果も大きい。真夏の高温期施設の中での薬剤散布は肉体的精神的疲労が非常に大きく、この軽減が最も大きな効果ではないか。経費の面では慣行の約1.8倍となったが、作業時間・ハウス内防除による危険性・疲労度等を考えるとエンストリップによるメリットは大きい。また集団で利用する事によりカード単位での配布ができ、エンストリップのロスもなく経済的と考えられることと、生産者間の輪が管理や技術的レベルアップ・意見交換の場となり生産拡大へもつながる。

 ▲ JAちくまの「ほおずきとまと」

 ▲ オランダ農業省 イー・デン・ベルター博士とミニトマト施設

 

7.流通対策と今後の課題

 流通販売面では、エンストリップの導入に併せて出荷パックとダンボールに天敵利用の旨を表示し、パンフレットの配布や各種メディアを積極的に利用するなど工夫をしたが、市場やバイヤー関係者のいっそうの理解と協力が必要であり、消費者の天敵に対する好感度を拡大する事が望まれる。

 生物的防除は、発生予察に基づく放飼と効果確認による的確な応急措置が不可欠な技術であり、初心者や高齢者等へはきめ細かなフォロー体制が必要であり、労力フォロー時間面で技術者のみの対応には限界があるため、生産者個人が独自で判断できるような、より簡易な予察・放飼時期判断の確立が望まれる。

 3年間のエンストリップ利用の結果、エンストリップの効果についてはおおむね実証されてきたが、アブラムシ類やオオタバコガ等他の害虫の発生が認められた場合非常に防除が大変となる。現にオオタバコガの発生が多く認められた初期防除の徹底や対策が必要になった。今後それらに対する天敵農薬が登録されれば、総合的な防除が可能となり、いっそう確かなものになり得ることと、生産者に対する肉体的精神的負担も大幅に軽減され、生産者・消費者両サイドからの要望に答えることができるであろう。

(JAちくま)