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1.はじめにヨーロッパで実用化され、わが国に輸入された授粉昆虫のマルハナバチは、1991年12月の試験的導入以降急速に普及し、現在では全国のトマト栽培面積の6~7割で利用され、品質向上と大幅な労力削減に寄与している。それに比べ、天敵昆虫のオンシツツヤコバチとチリカブリダニは、実用化されて2年が経過したものの、その普及率はいま一歩といった感がある。 天敵利用は害虫と天敵が共存する生態系を創出することである。そのため、天敵利用は化学農薬と異なり、誰もが必ずしも同じ防除効果が得られるとは限らず、農家にとっては少なからず不安が付きまとうものである。 そこで、広島県では、専門技術員室、農業改良普及センターおよび市町村と共同で、施設栽培トマトのIPM(総合的害虫管理)に取り組んできた。ここでは、天敵利用に関する細かい技術論ではなく、天敵利用農家の抱えている問題点とその解決策について探って行きたいと思う。
2.農家は何を望んでいるか広島県内で、1988年から1996年に行なったオンシツツヤコバチ(以下、ツヤコバチ)利用によるオンシツコナジラミ(以下、コナジラミ)防除試験の概要を、第1表に示した。 失敗原因の内訳は、(1)栽培初期からコナジラミが高密度の場合、(2)作物に複数害虫が存在する場合、(3)天敵導入時が冬季低温下である場合、および(4)天敵導入時期が遅れた場合であった。また、天敵導入を見送った例は、コナジラミの発生が少なかった場合と他種害虫の多発による薬剤散布の場合であった(第2表)。以上のことから、天敵利用を成功させるコツは、(1)害虫密度と天敵導入時期の吟味と(2)他種害虫に対する防除手段を考慮することが重要と考えられた。 さらに、1994年と95年に、天敵を導入した農家に対しアンケート調査を行ない、天敵利用に関する意識と問題点を探ってみた。
その結果、(1)自分自身での黄色粘着板トラップによるモニタリング(監視)技術、(2)天敵の導入・停止時期の判断に不安感を持っていること、および(3)コナジラミ以外の害虫(アブラムシ等)に対する有効な防除手段(天敵を含めた)の開発を早急に望んでいることが判かった。天敵を利用した農家のほとんどは翌年も天敵利用を要望している。その理由として、マルハナバチを導入したい、殺虫剤を使いたくない、防除の手間がかからない、防除が楽になる等をあげている(第3表)。 以下に、農家の疑問に対する解決策について述べる。
3.モニタリング法の検討害虫のモニタリングは、天敵利用の成否に大きく影響する。近年は就農者の高齢化が進んでいるので、モニタリング法も、(1)老齢者により簡単で見やすい方法はないか、(2)低温期(コナジラミが飛翔できない時期)におけるモニタリングをどうするか、といった問題を解決せねばならない。 コナジラミ成虫を調べるには、(1)黄色粘着板トラップ法、(2)見取り法および(3)弾き出し法の3つの方法が考えられる。 1996年に現地農家ハウスで、黄色粘着板法(1週間の誘殺数)と弾き出し法(5株連続上位葉の弾き出し)とを同時に調査し、その有効性について検討した。その結果、両者の間には正の相関関係がみられるものの、黄色粘着板トラップに誘引されても弾き出し法では発見されない場合が多かった(第1図)。そのため、弾き出し法では初期密度の把握は困難であり、今後とも黄色粘着板法を習得するのが最も効率的であることが判明した。コナジラミ成虫は、トラップに付着したままにしておくと、翅のワックスが溶媒に溶けて見えにくくなる傾向がある。したがって、頻繁に観察するのがコツといえる。 コナジラミ成虫の飛翔可能最低温度は摂氏約15度以上である。そのため、冬季や春先の黄色粘着板への誘殺数は、必ずしも圃場の生息密度の実態を反映していない可能性が高い。このような場合には、今後は、見取り法や弾き出し法も重要になってくると思われる。
第1図 黄色粘着トラップ法と弾き出し法によるオンシツコナジラミ成虫のモニタリング
4.天敵導入・打切り時期の判断(1)天敵の導入を見合わせた方がよい場合 栽培時期によっても異なるが、ツヤコバチの導入前に黄色粘着板へのコナジラミ成虫の誘殺数が1週間当りで100頭以上になる場合には、ツヤコバチの導入は手控え、まず、コナジラミ密度を下げる必要がある。施設内でのコナジラミの分布は局部的に発生する場合が多いので、ブプロフェジン水和剤(アプロード)やオレイン酸ナトリウム液剤(オレート)、ピメトロジン水和剤(チェス)(未登録)をトマトの新葉部にスポット散布する。その後、10頭前後の誘殺数になってから天敵を導入する。 (2)天敵の導入を打ち切った方がよい場合 天敵導入後に、黄色粘着板へのコナジラミ成虫の誘殺数が1週間当りで500頭以上になる場合には、天敵利用はあきらめ、化学農薬による防除に切り替える必要がある。 5.オンシツツヤコバチを利用したIPMマルハナバチとツヤコバチに配慮した、施設栽培トマトのIPMに利用可能な農薬の1例を、第4表に示した。 基本的には、育苗期の害虫防除を徹底することが最も重要である。生育期前半の害虫防除は、粒剤および液剤の利用でカバーする。その後の天敵利用期間中の農薬利用は、基本的には行なわない。もし、害虫の発生がみられる場合には早期発見に心がけ、天敵に影響の少ない農薬をスポット散布し、天敵への影響を最小限に止めることが重要である。
6.今後取り組まねばならないこと近年、複雑な害虫相をもつようになった施設栽培トマトでは、種々の防除手段を併用したIPMシステムが必要でその中でできるだけ化学農薬を減らしたシステムを組み立てねばならない。そのためには、(1)天敵メニューを増やす、(2)耕種的・物理的防除手段(寒冷紗の被覆、紫外線除去フィルムの被覆、黄色蛍光灯の設置、収穫終了後の蒸し込み、施設内外の除草等)を併用する、(3)施設を含む環境整備、(4)技術的サポート・防除主体の組織化、(5)多様な価値観を持つ消費者と一体となった販売戦略、および(6)行政機関によるバックアップが重要である。特に、生物農薬としての天敵類の登録基準の緩和、化学農薬の使用制限、施設の整備等への補助等に関与する行政機関の役割は大きいと思われる。 7.おわりにわが国の天敵利用は、まだ手探り状態の部分が多分にある。今後、天敵利用を促進させるためには、まず農薬をよく理解すること、そして、授粉昆虫・天敵と化学農薬との併用を考慮し、わが国の気候・風土に合った総合的な防除体系を提示する必要があろう。 今までの経験から言って、一度天敵利用に成功した者は次回も利用する場合がほとんどといってよい。普及所、農協の指導員は、農家自身が天敵利用を“我が技術”とするまで地道な努力で支えていく必要がある。 (広島県農業技術センター)
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