オンシツツヤコバチの仲間たち(3)

梶田 泰司

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.86/A (1998.1.1) -

 


 


 

 体長わずか0.5mmと極めて小さいツヤコバチ科のオンシツツヤコバチのような寄生蜂の成虫がどんな物を食べているかは、肉眼で確認し難いため、はっきりしたことはほとんど分かっていない。今回は大型のハナバチの食物としての花蜜や花粉と小型の寄生蜂の食物としての寄主の体液や甘露を対比してオンシツツヤコバチの食物について述べてみたい。

 

1.昆虫と花

 昆虫の食物として誰でも知っているのは花蜜と花粉であろう。花には鱗翅目のチョウやガ、双翅目のハナアブ、鞘翅目のハナモグリ、膜翅目のハナバチなど、いろいろな種類の昆虫が飛来する。それらの昆虫のなかには、花蜜や花粉の外の部位を花から持ち運ぶ種もいる。一方、植物は昆虫に花蜜や花粉をただ与えているだけでなく、繁殖という重要な目的がある。植物と昆虫は古い昔からわれわれの想像を越ええる巧妙な方法で共進化の道を歩いて来た。風まかせで花粉を運ぶ無駄の多さに比べ、昆虫を利用した運搬ははるかに確立が高い。多少の報酬を払っても十分に元がとれる。トマトのポリネーターとして販売されているマルハナバチの“ナチュポール”はこうした植物と昆虫の深い関係を人間が利用した一例だ。

 どんなハチも硬い物を噛むための大腮を持っているが、ハナバチは花蜜を集めるための中舌を発達させ、口吻を形成する。下唇鬚が中舌を包むように伸び、その外側に小腮の大きな外葉が位置し、その基部に小腮鬚が付いていて、あたかも、花蜜を吸うのに適した構造になっている。小型の寄生蜂のなかでは、コマユバチ科のBracon属の種がハナバチのように下唇と小腮を発達させ、吸蜜する(Quicke, 1979)。しかし、オンシツツヤコバチのようなツヤコバチ科の寄生蜂では、吸蜜や花粉の運搬に適した形態を持った種は知られていない。

 

2.ハゼリソウ

 ツヤコバチ科の寄生蜂は植物由来の食物を全く摂取しないとはいい切れない。リンゴやナシの害虫として知られるナシマルカイガラムシ、別名サンホーゼカイガラムシの防除にツヤコバチ科寄生蜂Aphytis procliaをうまく使って成功した話は有名だ(Chumakova, 1960)。その方法とは果樹園の下草にハゼリソウPhacelia tanacetifoliaを栽培するもので、ハゼリソウは近ごろでは園芸植物としてしか知られていないが、明治の初めに、蜜源植物として導入された記録がある。このことから明らかなように、ハゼリソウの花蜜や花粉をそのツヤコバチ科の寄生蜂に食べさせることで、栽培しない場合にわずか5%に過ぎなかった寄生率を76%にまで高めることに成功した。しかし、P.procliaの小腮鬚は2環節、下唇鬚は1環節であり(Rosen and DeBach, 1979)、その口器は吸蜜に向いているとはいい難い。最近、オンシツツヤコバチの長距離分散が報告されているが(Kajita, 1997)、それとは違って自ら危険の多い移動を行なうにはよほどの理由があるのだろう。恐らく、その寄生蜂にとっても花蜜や花粉は通常の主食ではないが、不適当な環境を花蜜や花粉を食べて生き延び、産卵数を増加させた結果、寄生率が大きく上昇したものと思われる。

▲ハナバチの口吻

 ▲ コナジラミの背面に産卵管を挿入しているオンシツツヤコバチ  ▲ コナジラミの体液を摂取中のオンシツツヤコバチ

 

3.寄主体液

 オンシツツヤコバチの寄主体液摂取は本誌No.83に松井(1997)が紹介しているが、それは実際に顕微鏡下で観察した者でないと信じ難い。著者も長い間半信半疑であった一人で、北京師範大学でオンシツコナジラミの生態を研究しているXu教授に指摘されて初めて納得した。それには1940年代から1960年代にかけてオンシツツヤコバチの生態を研究したカナダのBurnettによるところが大きい。彼女はDeBach(1943)がトビコバチ科寄生蜂Metaaphycus helvolusによるオリーブカタカイガラムシの死亡が寄生よりも体液摂取の方が大きいことを見出したことを1962年の自分の論文に引用しているが、それでもオンシツツヤコバチの体液摂取による死亡を認めなかった。彼女はオンシツツヤコバチを約20年間研究したが、顕微鏡の下でのその行動を観察する機会は一度もなかったようだ。

 オンシツツヤコバチの食物に新鮮な光を投じたのはオランダのvan Lenterenであった。彼がリーダーになって今も続いているオンシツコナジラミとオンシツツヤコバチの相互関係の研究の第1報は1976年に発表されたが、体液摂取はその第2報(Nellら, 1976)と第4報(van Lenterenら, 1980)に詳しい。なお上述のように第2報については松井(1997)が本誌に紹介しているので、ここでは第4報をみることにしよう。

 オンシツツヤコバチはその触角がオンシツコナジラミの幼虫や蛹に接触すると、その背面に登り、その上を触角で入念に叩いて歩く。その後、産卵管の先端を背面の1カ所におき、まるで錐のように産卵管を動かしてコナジラミの皮膚を貫通させる。その直線的な動きとは逆に、寄主体内に挿入された産卵管の先端は蛇のように軽妙に動く。Burnettは少なくともこれから後の行動を観察していない。オンシツツヤコバチは寄主の体液を管をつくって吸うタイプの寄生蜂でないので、吸い易い大きな穴を開ける必要があり、産卵する場合よりはるかに長い時間を1頭の寄主で費す。穴に口をつけて体液摂取を試みる行動と産卵管を激しく動かして穴を開ける行動を、うまく摂食できるまでに交互に繰り返す。その頑張りは口をつけた穴の産卵管の先端を正確におくことと共に驚異に値する。ところが、いったん吸汁を始めると、瞬く間に背面は腹面に接近し、体は扁平になる。Burnett(1962)は褐色になったコナジラミの扁平な死体をオンシツツヤコバチの単なる刺針により生じたと考えたが、それは恐らく体液摂取によるものであろう。

 ▲ トマトの花に向かっているマルハナバチ  ▲ ライデン大学時代のvan Lenteren

 

 ▲ トマトの果実に落下した甘露に発生したすす病

 

4.甘露

 腹吻群のコナジラミはアブラムシやカイガラムシなどと同じように甘露を分泌する。オンシツコナジラミの主要な被害は甘露に発生するすす病であるが、その甘露はオンシツツヤコバチの食物になっている。ライデン大学からワーゲニンゲン農科大学に移ったvan Lenterenは共同研究者とオンシツツヤコバチに水、インゲン葉、ハチミツ、コナジラミ幼虫、ブドウ糖溶液、甘露などを与えて生存日数を摂氏20度で調べた(van Lenterenら, 1987)。水とインゲン葉を与えたときの生存日数は何も与えないときと大差がなく、約4日であったが、その他ではすべて22日以上生存し、コナジラミ幼虫、ブドウ糖溶液、甘露、ハチミツの順に寿命が延びた。しかし、最も長く生きたハチミツだけを与えた場合、一定期間が過ぎると羽化後卵巣内に増加した成熟卵が吸収され、その後寄主に邁遇してもそれ以前より産卵していたものに比べ産卵数は少なかった(van Lenterenら, 1987)。ハチミツは一時的な食物としてエンストリップのカードに塗って使用するには抜群だが、それだけでは寄生蜂に寄生能力を発揮させることはできず、長期的にみると寄主の存在は不可欠だ。寄生が存在すれば、甘露は分泌され、利用できる。そこで、寄生蜂は卵形成のために寄主体液を必要最小限摂取するにとどめ、生きるためのエネルギー源としては容易に入手できる甘露を利用しているかも知れない。もし、これが当っているとすれば、体液摂取による死亡数は甘露の影響をうけるので、寄生を受けて死亡した数のようにはうまく予測し難いことになる。

 しかし、それにオンシツツヤコバチの場合、Burnett(1962;1967)が考えたように体液摂取が全く行なわれないとういうことはない。

(山口大学 農学部)