「天敵に対する農薬の影響特別連絡試験」のまとめ

オンシツツヤコバチ

松井 正春

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.85/G (1997.10.1) -

 

はじめに

 施設栽培トマトに発生するコナジラミを防除するために、天敵寄生蜂オンシツツヤコバチが農薬登録され実用段階に入った。しかし、わが国の気候風土や栽培環境は、オンシツツヤコバチが普及している西欧等とは異なり、本寄生蜂を効果的に利用していくためには、放飼方法の工夫、他の病害虫が発生した時に併用できる化学農薬の探索、天敵利用と組み合わせるべき各種の物理的耕種的防除手段、冬季の低温や夏季の高温下での密度抑制能力等の究明や経験の蓄積が必要である。その一環として、1993年(平5)から3カ年間、国(野菜茶試)、および府県(大阪、埼玉、神奈川、広島、島根)の各試験場が共同して、日本植物防疫協会による「天敵に対する農薬の影響特別連絡試験」を行なった。その成果について、天敵利用に取り入れられそうな薬剤を中心に、本寄生蜂に対する影響の仕方、使用法等をまとめてみたので参考に供したい。

▲オンシツツヤコバチ成虫 ▲オンシツツヤコバチの商品

 

1.オンシツコナジラミに対する散布剤の影響の仕方と使い方

 オンシツツヤコバチに対する散布剤の影響の仕方については、以下の試験法によって調査した。すなわち、(1)寄生蜂成虫が容器壁面の薬剤薄膜に接触した場合の生存率、(2)薬剤散布したトマト葉を容器内に収容し、寄生蜂成虫がこれに接触した場合の生存率、(3)マミーカードを薬液に浸漬した場合の羽化率、(4)寄生蜂幼虫への影響については、寄生蜂が寄生したコナジラミ幼虫への薬剤処理、あるいは薬剤処理後のコナジラミ幼虫に寄生させた場合の寄生蜂の羽化率等を一部の薬剤について調査した。薬剤のコナジラミに対する効果については、既に知られているものも多いので、それらの情報も加えて記した。また、一部薬剤については、ハウスレベルでの試験も実施した。それらの結果は下記の通りであり、表中にも示した。なお、※印はトマトで未登録であり、登録促進が望まれる薬剤が多い。

 (1)寄生蜂の幼虫、マミー、成虫のいずれにも影響がないか少ない。
〔BTWP※、トリガードWP※、チェスWP※、トリフミンWP、ロブラールWP、水和硫黄剤、ケルセンWP&EM〕
これらの薬剤は、病害虫の発生した場合に随時使用できる。チェスWPはコナジラミにも効果があるので、本寄生蜂をバックアップする効果がある。
 (2)寄生蜂幼虫に影響するが、葉上のマミーおよび成虫には影響がないか少ない。
〔アプロードWP、カスケードEM、オレート液剤〕
これらの薬剤は、散布後にマミーカードを吊るせば影響が少ない。また、株上部への散布、あるいはスポット散布によって寄生蜂への影響をより少なくできる。これらの薬剤は、コナジラミ幼虫に対する効果もあるので、本寄生蜂をバックアップする効果も期待できる。
 (3)葉上の寄生蜂幼虫に影響し、葉上のマミーにもやや影響するが、
    成虫には影響がないか少ない。
〔ラノーEM〕
薬剤散布後にマミーカードを吊すか、株の上部に散布すれば寄生蜂への影響は少ない。本剤はコナジラミ幼虫に対する効果およびコナジラミ卵の孵化阻害効果が高いので、本寄生蜂に対するバックアップ効果がある。
 (4)寄生蜂成虫に短期間(1週間以内)影響するが、マミーには影響がないか少ない。
〔ピリマーWP、マブリックWP、モレスタン水和剤、防虫菊EM※〕
薬剤散布1週間後にマミーカードを吊す。葉にスポット散布を行なえば寄生蜂への影響は少ない。ただし、マルハナバチを放飼するまでの期間に注意する。
 (5)マミーに影響し、成虫にも短期間(1週間以内)影響する。
〔DDVP EM&燻煙〕
コナジラミには効果が少ない反面、本寄生蜂には影響が大であり、ガス効果もあるので、本寄生蜂放飼下では併用できない。しかし、定植前のアブラムシ、アザミウマ等の防除に使用しても残効期間が短いので、散布後オンシツツヤコバチやマルハナバチを短期間で導入できる。

 (6)マミーに影響するとともに、成虫に長期間影響する。

〔アドマイヤーWP、ベストガード水和剤、モスピラン水溶剤、サンマイトFL〕
これら薬剤をアブラムシやコナジラミに対して使用した場合に、本寄生蜂への影響は3週間~1カ月続くので、残効が切れた後に本寄生蜂を放飼する。前2剤は、マルハナバチに対する影響も長いので、晩秋や冬期の定植等で暫く花粉媒介虫を利用しない場合に限って使用できる。

表 トマトに発生する病害虫に対する選択的薬剤のオンシツツヤコバチおよびマルハナバチへの影響
薬剤名 実用濃度 アブラムシ ハダニ トマトサビダニ チャノホコリダニ マメハモグリバエ ハスモンヨトウ オオタバコガ アザミウマ オンシツコナジラミ シルバーリーフ・コナジラミ 灰色かび病 葉かび病 オンシツツヤコバチ 使用できない日数・マルハナバチへの影響
マミー 成虫
影響a) 日数
(粒剤)
アドマイヤー粒剤 1-2g/株                   35 25-35
ベストガード粒剤 1-2g/株                   ●-★ 28 20
オルトラン粒剤 1-2g/株                   ●-★ 30 14-30
(クロロニコチニル系散布剤)
ベストガード水和剤 1000倍                   24 10
モスピラン水和剤 2000倍                 24 1
アドマイヤー水和剤 2000倍                   30 25-30
(その他の散布剤)
サンマイトフロアプル 1000-1500倍               21 1-3
DDVP乳剤 1000-2000倍                 7-10 7-10
DDVPくん煙剤 33g/100平米                   7-10 7-10
ピリマー水和剤 2000-3000倍                       5 1-3
マブリック水和剤 4000倍                 7 1-3
モレスタン水和剤 1500-2000倍                 ☆-● 5 3-5
ケルセン乳剤 1500-2000倍                     5 3-5
水和硫黄剤 500倍                       3 3
オレート液剤 100倍                   1 1
(IGR剤)
アプロード水和剤 1000-2000倍                     1 1
カスケード乳剤 2000倍                       1 6
ラノー乳剤 1000-2000倍                     1 1
(殺菌剤)
トリフミン水和剤 3000-5000倍                       1 1
ロブラール水和剤 1000-1500倍                       1 1
ダコニール水和剤 1000-1500倍                       1 1
ゲッター水和剤 1000-1500倍                     1 1
(未登録)
除虫菊乳剤 1000-1600倍                     ☆-● 3 3
チェス水和剤 3000倍                   ☆-○ 3 1
BT水和剤 500倍                     1 1
オサダン水和剤 1000-1500倍                   3 3
ノーモルト乳剤 2000倍                     1 5
アタブロン乳剤 2000倍                     1 2
チェス粒剤 1-2g/株                   0 0
モスピラン粒剤 1-2g/株                 30 0

  1. ■:該当病害虫に登録あり、▲:登録ないが同時防除可能、*:トマトで未登録
  2. オンシツツヤコバチ欄の記号はマミーの羽化、成虫の生存に及ぼす影響で、★:非常に有害(死亡率>75%)、●:かなりの害がある(50~75%)、○:やや害がある(25~50%)、☆:害がない(<25%)
  3. オンシツツヤコバチ成虫への影響は薬剤処理1日後から薄膜法により生存率を調査、数字は薬剤処理からマミー吊り下げが可能になるまでの日数を示す。a):薬剤処理後の最高死亡率で評価。
  4. マルハナバチへの影響欄の数字は、薬剤処理後に蜂の導入が可能になる日数を示す。小野・和田(1996)、池田(1996a,b)、忠内(1994)等を参考にした。
  5. 薬剤の影響期間は、天候、気温、喚起、潅水などによって異なる場合があるので注意する。

▲トマトに吊り下げられたマミーカード ▲オンシツコナジラミのブラックマミー

 

2.粒剤の影響の仕方と使い方

 本寄生蜂への粒剤の影響の仕方の調査法としては、定植時に植え穴土壌混和処理を行なうか、ポット株元処理を行ない、経時的に葉を採集して容器の中に寄生蜂成虫とともに入れ、成虫生存率を調査した。粒剤の影響期間は、本圃植えかポット植えかにより、あるいは試験実施の季節、潅水の仕方等による差が大きかった。また、湿らせた濾紙を容器に入れる場合と入れない場合とでは、後者の方が生存率に対する影響が強く現われた。また、容器の大きさも影響すると考えられる。これらの原因としては、本寄生蜂の成虫が葉の分泌液を接食し、あるいはこれに接触することによって影響を受けるためと考えられる。このように、試験方法によって結果に振れが見られたが、薬剤により一定の傾向は見られる。

 (1)本寄生蜂成虫への影響が少ないもの
〔チェス※〕
定植時植え穴土壌混和あるいは定植前ポット株元処理によって、アブラムシ、コナジラミを3週間程度防除できる。コナジラミの初期密度が高くなりやすい抑制栽培トマト等での初期密度の低下に有効と思われる。マルハナバチへの影響はない。
 (2)本寄生蜂に長期間影響があるもの
〔アドマイヤー、ベストガード、モスピラン※、オルトラン〕
モスピラン※は、マルハナバチへの影響が少ないので、抑制栽培等で周辺のコナジラミ密度が高い環境下で使用し、定植後1カ月経過前後に残効が切れ、コナジラミが発生し始めた時期に本寄生蜂を放飼する。アドマイヤー、ベストガードは、晩秋ないし冬期定植の作型等でマルハナバチを当分利用しないような場合に、マブラムシ、コナジラミを長期間防除することを目的に使用し、残効が切れコナジラミが発生し始めた時に本寄生蜂を導入する。オルトランはマメハモグリバエに有効であるので、本害虫の多発地帯で使用することがる。本寄生蜂への残効期間は2~3週間程度である。

おわりに

 天敵利用の目的には、薬剤防除回数の消減による省力化、防除作業と収穫・栽培管理作業との競合ピークの切れ崩し、減農薬栽培による付加価値の創出、有機栽培における防除手段の確保等がある。薬剤使用も念頭においた天敵利用においては、併用農薬は天敵利用の安定性をいっそう増進させる一種の安全弁として極めて重要であり、天敵利用の現場で基本的な情報として普及させていく必要がある。今回の成果が現場で役立てば幸いである。

(野菜・茶業試験場虫害研究室)