オランダの施設園芸

高橋 正忠

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.85/C (1997.10.1) -

 

 1660年、オランダ船「デ・リーフデ号」が大分県臼井市に漂着して以来、オランダは、鎖国時代の日本における西洋への唯一の窓口として多くの西洋文明をもたらしてくれたが、近年、日本の農業関係者の間には「第2次オランダ・ブーム」とでも呼べるような現象が起こっている。このブームの火付け役となったのが、1989年よりアリスタ ライフサイエンスが輸入を検討し始めたオランダ・コパート社の天敵昆虫であり、1992年より市販を開始した受紛昆虫マルハチバチであったことは、言うまでもない 化学農薬に頼り過ぎた戦後の近代農業に対する反対の意を含め「環境保全型農業」という新しい概念が提唱されるようになったが、単に化学農薬の散布回数を減らすだけでは満足のいく害虫防除はできない。このアリスタ ライフサイエンスによるオランダの新技術の紹介は、新しい防除体系を模索していた農業関係者の目を、天敵昆虫を含む生物農薬に向けさせる結果となった。
 それ以来、国・県の農業指導者の方々を始め、実際に農業をやっておられる方々や農業後継者の方々まで、多くの農業関係者にオランダを訪問していただき、最新の施設園芸の現場に触れていただいてきた。今年もアリスタ ライフサイエンスでは、『オランダ施設園芸視察ツアー』を企画したところ、7名の参加を得、5月17日より5月24日までの8日間の日程で行なうことができた。ツアー参加者の一人として、オランダノ最新農業事情の一端をご紹介したい。

 

(1)房取り中玉トマト

 ツアー参加者が、訪問した農家は、100,000平方メートルもの巨大ガラス温室であった。まず、その大きさに度肝を抜かれ、暫し唖然としていた。しかし、驚いたことは、単に大きさばかりではなかった。害虫の発生状況を全員で調べたのだが、中々害虫が見つからないのである。まったくクリーンなガラス温室は、日本の狭くて貧相なパイプハウスからはかけ離れており、日本人が抱いている農業のイメージよりは工業のイメージに近いものである。正しく、「野菜生産工場」と読んだ方が相応しくものであった。音楽を聞きながら陽気に作業をしている人々を見ると、日本でよく言われる3Kという表現がオランダの施設園芸には当てはまらないことが分かる。このような低害虫密度は、コパート社と1作の間の期間契約を行ない、害虫の発生状況に応じて、コパート社のサービスエンジニアが適時・適量・適種な天敵を放飼しているためである。
 手帳くらいの大きさのコンピュータ端末機が、温室の十数箇所に設置されており、作業者が、収穫作業時、害虫を発見したら、近くの端末機からコナジラミなら1番、ハモグリバエなら2番というように決められた番号を押すことになっている。すると、コパート本社のコンピュータに、a)どの顧客の、b)温室のどの部分で、c)どの害虫が、d)いつ発見されたか、記録されることになる。サービスエンジニアは、このコンピュータの記録を基に、次回の天敵放飼を決めることができるのである。
 ちなみにこの温室で放飼されていた天敵昆虫は、第1表の通りである。


▲巨大ガラス温室中の房取り中玉トマト

第1表 トマト温室で使用されている天敵農薬
天敵昆虫製剤 一般名 対象害虫
(1)エンストリップ オンシツツヤコバチ コナジラミ
(2)エルカール タバココナジラミツヤコバチ タバココナジラミ
(3)スパイデックス チリカブリダニ ハダニ
(4)マイネックス ハモグリコマユバチ+イサエアヒメコバチ マメハモグリバエ
(5)ミグリファス イサエアヒメコバチ マメハモグリバエ
(6)アフィデント ショクガタマバエ アブラムシ
(7)エルビバール エルビアブラバチ ヒゲナガアブラムシ
(8)オビミックス ハナカメムシ+イサエアヒメコバチ アザミウマ+ハモグリバエ

 

(2)イチゴ

 イチゴ栽培では、腰をかがめての過酷な作業を終日強いられるため、日本では中々パートタイマーを見つけられず、家族労働力でできる範囲の2,000平方メートル程度の栽培面積が多いが、我々が訪問したオランダのイチゴ農家は7,000平方メートルと、これも大規模で行なわれていた。
 水耕ベッドを15メートル位に吊り下げてあり、立ったままの姿勢で作業ができるように工夫されている。ベッドからイチゴが垂れ下がっている様子は見事であった。
 日本と同様、養蜂業者からミツバチを借り交配しているが、冬場はミツバチが飛んでくれないので、マルハナバチを1回(約2カ月)導入している。日本のイチゴ農家にも厳寒期のマルハナバチの使用をお勧めしたい。
 この温室で放飼されていた天敵は第2表の通りである。
 イオウ燻蒸について:うどんこ病対策としてオランダでもイオウ燻蒸器は使用されている。化学農薬で防除していた時は、毎晩6時間燻蒸していたが、天敵を導入するようになってからは、毎晩3時間とし、イオウの量も半分に減らしたとの説明を受けた。スパイデックスを導入する時は、前日からイオウ燻蒸を中止し、スパイデックスの定着を確認してから燻蒸を再開する方法を取っている。このイチゴ農家は「イオウ燻蒸とスパイデックスは両立する」との意見であった。


▲イチゴの水耕ベッド栽培 

第2表 イチゴ温室で使用されている天敵農薬
天敵昆虫製剤 一般名 対象害虫
(1)スリペックス ククメリスカブリダニ アザミウマ
(2)スパイデックス チリカブリダニ ハダニ
(3)アフィバール コレマンアブラバチ アブラムシ
(4)スリボール ナミヒメハナカメムシ アザミウマ
  

(3)ジャンボピーマン

 日本向けにも約10%を輸出しているこの農家は、36,000平方メートル(122×300m)のガラス温室を、定植前に土壌くん煙剤を年間1回使用するだけで、定植後はまったく化学農薬を使用せず、天敵で防除している。
 マルハナバチも10,000平方メートル当り3箱導入しており、着果を安定化させている。日本のピーマン農家やシシトウ農家でも是非試していただきたい。
 この温室で放飼されていた天敵は、第3表の通りである。
 イオウ燻蒸について:10時間ずつ1週間に2回の割合で燻蒸している。スパイデックスとの併用はまったく問題無いとのことであった。

▲ジャンボピーマンを手にした筆者(上左)ら ▲ジャンボピーマンに使用される天敵農薬

第3表 ジャンボピーマン温室で使用されている天敵農薬
天敵昆虫製剤 一般名 対象害虫
(1)スパイデックス チリカブトダニ ハダニ
(2)スリポール ナミヒメカメムシ アザミウマ
(3)スリペックス ククメリスカブリダニ アザミウマ
(4)エンストリップ オンシツツヤコバチ コナジラミ
(5)アフィパール コレマンアブラバチ アブラムシ
(6)アフィデント ショクガタマバエ アブラムシ

 

▲ハウス内のナチュポール

 

 紙面の都合上、今回は3圃場のみの紹介に止めるが、ツアーでは、その外にミニトマト、ナス、ガーベラ、キクなどの圃場も訪問し、オランダでは天敵による害虫防除がいかに成功しているかを肌で感じ取ることができた。日本では、「天敵農薬は使い方が難しい」との声をよくいただくが、それは経験の差の問題だけであり、オランダのように農家が1~2年の経験を積めば解決できる問題ではないだろうか。1作物に1天敵農薬しか登録が取れていない現状では、確かに天敵農薬だけによる害虫防除困難であるが、アリスタ ライフサイエンスでは十数種の天敵昆虫が使用できるようになるよう開発を急いでいる。
 折しも、マイネックス、アフィデント、アフィパール、ククメリス(ククメリスカブリダニの日本での商品名)が農薬登録申請中で、1995年3月より発売開始したエンストリップとスパイデックスと合わせれば、今冬には日本でも6種類の天敵農薬製剤が使用できるようになることが期待できる。
 海外の農作物がどんどん日本に入ってくる現在では、国内での産地間競争だけに止らず、日本の農家は、広く海外の新しい農業事情に目を向けなければならない。今回のオランダ視察では天敵による害虫防除の成功例を多くみることができ、日本の施設園芸においてもこれら天敵農薬製剤を使いこなせるようになると確信することができた。オランダ同様、日本でも『天敵防除マーク』の付いた農作物がスーパーに並ぶ日を一日も早く迎えるようにしたいものである。

((株)アリスタ ライフサイエンス生物産業部)