茶農薬使用基準の一本化

多々良 明夫

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.83/A (1997.4.1) -

 

はじめに

 茶農薬の使用基準は、今まで「覆下栽培」と「それ以外の栽培」と区別してきたが、1997年(平成9年)の茶生産から「茶」として一本化されることになった。今までの農薬登録において、「覆下栽培」とは茶葉を直接食べることを念願に置いた農薬残留より使用基準を定めていた。しかし、「覆下」という言葉がにわかに食べる茶を連想させないこともあり、茶農薬における「覆下」の意味を理解している人は一般の消費者はもとより、茶業関係者においても少なかった。そこで、「覆下栽培」とは何か、なぜ今一本化なのか、また、具体的に使用基準はどのように変わるかを、順を追って説明したい。

「覆下栽培」とは

 茶は強い耐陰性を持っている。しかも、遮光下で新芽が生育すると、旨味成分であるデアニンが急激に増加し、渋味が抑えられる高級茶となる。そこで、古くは“よしず”、“わら”等、最近では化学繊維資材により遮光し、生産されたのが、てん茶や玉露である。てん茶は抹茶の原料であり、直接摂取する茶となるが、玉露は煎じて飲む高級茶である。したがって、「覆下栽培」といっても、実は食べる茶、飲む茶の両方があるのである。茶農薬の登録でなぜ「覆下栽培」を茶葉直接摂取と定義したのか判然としないが、実際とのギャップが理解を鈍らせていたのは事実であろう。さらに、覆下ではないが、煎茶の品質向上や早出しをねらった遮光率の低い被覆栽培も存在し、混乱に拍車をかけた。

覆下栽培(静岡県岡部町)(原図:後藤昇一)

今までの使用基準

 今までの2本立ての使用基準とは、「覆下栽培」が抹茶のように茶葉を直接摂取する消費形態を意味し、茶葉全量中の農薬残留を検出「それ以外の栽培」が煎茶のように茶葉の浸出液を飲む形態を意味し、浸出液中の農薬残留を検出する。その値が、残留農薬基準値を超えないように使用基準が定められていた。通常、茶葉全量中の残留量の方が浸出液中の残留量より多くなる。

 両者の残留量に従い、登録形態には第1図に示したように、三つのケースが考えられる。たとえば、摘採7日前に散布した茶葉のサンプルを基準としよう。第1のケースは茶葉全量中および浸出液中の残留量が残留農薬基準値以下の時である。この農薬は「茶」という登録になり、覆下栽培でも露地でも摘採7日前まで使用できることになる。しかし、茶葉全量中の残留量が残留農薬基準値を超えかつ浸出液中の残留量が基準値以下の場合、この農薬は「茶(覆下栽培)」という登録となる。第1図にあるように、もし、摘採14日前サンプルの茶葉全量中の残留量が基準値以下であったら、この農薬の使用基準は「摘採7日前まで(覆下栽培14日前まで)」となる。これが第2のケースである。この場合、農薬メーカー側の判断で「摘採14日前まで」という「茶」としての使用基準で登録を取ることも可能である。さて、第3のケースは30日前のサンプルを検出し、茶葉全量中の残留量が基準値以上になったときである。このケースでは「摘採7日前まで(覆下栽培を除く)」という使用基準となる。 茶は香気が重要視されるため、湯で浸出した際の薬臭にはことのほか神経を使う。そこで、茶では残臭試験を行ない、農薬残留とは独立して摘採前使用日数が決定される。そして、それぞれの試験で長い方が摘採前使用日数となる。これは使用基準が一本化になっても何ら影響を受けない。

てん茶(原図:中村順行)
 
玉露(原図:中村順行)
 

第1図 今までの茶農薬登録における三つのケース

消費形態の多様化と茶農薬使用基準の一本化

 元来、茶は健康飲料として知られてはいたが、最近茶の効能が科学的にも明らかになるに従い、茶の成分をより多く摂取するため、煎茶として流通している茶を粉末にして食べたり、茶葉や茶がらを使った調理方法が紹介されるようになった。しかし、先に述べたように、今までの使用基準で煎茶として生産された茶は食べるようには作られていなかった。このように、生産と消費の実態がそぐわない状況は茶の健康イメージを大きく損なう危険性をはらんでいた。そこで、静岡県では、すべての茶が食べても安全なように、1996年度より茶農薬の使用基準を覆下栽培の基準で統一することにしたのである。同時に、鹿児島県なども同様の指導を行なった。

 国も茶消費実態の多様化をふまえ、1996年6月に使用基準の一本化の方針を示した。これに伴い、覆下の制約事項がが付いた農薬は使用基準の変更甲請が出された。そして、同9月26日に登録保留基準を持つ農薬の登録変更が実施され、12月6日に残留農薬基準を持つ農薬の登録変更が実施されたのである。使用基準の変更には四つのグループに分けられる。それは、いままでの覆下栽培の基準をそのまま用いたグループ、新たに残留試験を実施して使用日数等が変わったグループ、使用濃度・回数を変更したりして使用日数等が変わったりあるいは変わらないグループ、また、数は少ないが、残留量以外の要因で覆下の制約があり、覆下の制約がとれても使用日数等に変更のないグループである。登録変更の行なわれた農薬のうち使用日数等が変更になった主な物を第1表に示した。この措置で1997年度産からの日本の茶はすべて飲んでも食べても安全になる。

農薬名 商品名 変更前使用基準 変更後使用基準
[殺虫剤]      
アセタミプリド水溶剤 モスピラン 摘採7日前まで1回 摘採14日前まで1回
イソキサチオン乳剤 カルホス 摘採14日前まで1回 摘採21日前まで1回
カルタップ水溶剤 パダン 摘採7日前まで2回 摘採10日前まで1回
クロルピリホス乳剤 ダーズバン 摘採14日前まで2回 摘採21日前まで2回
ケルセン乳剤 ケルセン 摘採20日前まで2回 最終摘採後~冬季まで2回
酸化フェンブタスズ水和剤 オサダン 摘採7日前まで1回 最終摘採後~冬季まで1回
ジフルベンズロン水和剤 デミリン 摘採7日前まで1回 摘採21日前まで1回
テトラジホン乳剤 テデオン 摘採14日前まで1回 摘採30日前まで1回
テフルベンズロン乳剤 ノーモルト 摘採7日前まで1回 摘採21日前まで1回
ハルフェンプロックス乳剤 アニバース 摘採14日前まで2回 摘採14まで1回
ビフェントリン水和剤 テルスター 摘採7日前まで2回 最終摘採後~冬季まで2回
ピリミフォスメチル乳剤 ボルテージ 摘採14日前まで2回 摘採21日前まで1回
ブプロフェジン水和剤 アプロード 摘採7日前まで2回 摘採21日前まで2回
ポリナクチン複合体・BPMC乳剤 マイトサイジンB 摘採14日前まで1回 摘採30日前まで1回
[殺菌剤]      
イミノクタジン酢酸塩・銅水和剤 ベフドー 摘採7日前まで3回 摘採21日前まで3回
トリアジメホン水和剤 バイレトン25 希釈倍数2000倍 希釈倍数3000倍
フルアジナム水和剤 フロンサイド 摘採14日前まで1回 摘採21日前まで1回
ベノミル水和剤 ベンレート 摘採14日前まで1回 摘採21日前まで1回
TPN水和剤 ダコニール1000 摘採14日前まで2回 摘採21日前まで1回

おわりに 

 輸入農産物が増加している中、安全性は国産農産物のセールスポイントの一つとなった。茶のイメージを損なう前に大きな改革がされたことは、茶主産県の関係者の一つとして喜ばしいことであると同時に、多くの方々の働きによってこそできたことであり、深く感謝したい。収量を減らすほどの省農薬、無農薬栽培への指向は、やがて訪れるだろう食糧危機を考えると、不安を抱かずにはいられないが、今回の茶のように、農薬の使い方次第で十分な安全性が確保できる道もあると思うし、そう願いたい。

(静岡県茶業試験場)