山形県のトマトにおける天敵(エンストリップ)
による害虫防除
による害虫防除
渡辺 和弘
- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.82/F (1997.1.1) -
山形県におけるトマト栽培の主要作型
山形県におけるトマトの作付け面積と収穫量は、1994年(平成6年)の実績で286ha、11,500
tで。作付け面積の全国順位は第19位である。地域別にみると村山地域を主体に置賜地域、庄内地域で作付けが多い。
作型は、5月~8月収穫の「無加温ハウス早熟栽培」が主体で、他に8月~10月収穫の「雨よけハウス夏秋栽培」が一部で行なわれている。
無加温ハウス早熟栽培は、1月下旬頃に育苗ハウス内に播種し、2月上旬頃鉢上げ、3月下旬頃に定植する。収穫は5月中旬頃~7月中旬頃に行なわれるが、後作との関係で8月~9月頃まで収穫を継続する場合もある。この作型は、育苗期前半は少日照条件のため周到な管理が必要であるが、定植以降の天候は良く、病害虫の発生も少なく、栽培しやすい。7月に収穫を終了する場合は、後作に抑制メロン等の導入が可能である。
雨よけハウス夏秋栽培は、4月上旬頃播種、5月下旬頃に定植し、収穫は7月下旬~10月下旬に行なわれる。全国的に作型が前進する状況下で、7月下旬以降のトマト生産量が減少する時期に比較的有利販売ができるメリットがある。ただし、高温期での栽培のため、病害虫の発生や着果不良などの問題が生じやすい。
オンシツコナジラミ幼虫 |
による葉のすす病 |
主要害虫の発生と防除
トマト栽培で最も重要な害虫は、オンシツコナジラミで、6月頃から発生し8月に急増し、9月~10月頃までみられる。密度が高くなってからの防除は困難なので、低密度の6~7月の防除が重要である。しかし、近年薬剤の種類によっては効果の低下した農薬もあり、8月以降の急増期には密度増加を抑制できずに、すす病を併発して品質低下を招くことがある。
その他の害虫としては、アブラムシ類、ヒラズハナアザミウアマ、タバコガ等が発生するが、各種殺虫剤で防除可能である。
ところが、1994年に山形県に侵入したミカンキイロアザミウマがトマトにも発生し始め、ヒラズハナアザミウマと同様の果実の白ぶくれ症状による品質低下が問題になっている。またミカンキイロアザミウマなどのアザミウマ類が媒介するトマト黄化えそウイルス(TSWV)の発生も確認され、さらに問題化が懸念される。ミカンキイロアザミウマは、すでに薬剤抵抗性を獲得し、防除効果が上がりにくいため、今後トマトにおいても重要害虫になる可能性が考えられる。
区 | 放飼時期 (4回放飼) |
放飼時の ホリバー 誘殺 成虫数 |
7月13日 | 8月4日 | 8月23日 | |||||||||
蛹 | 成虫 | ツヤコバチ寄生 | 蛹 | 成虫 | ツヤコバチ寄生 | 蛹 | 成虫 | ツヤコバチ寄生 | ||||||
マミー | 寄生率 (%) |
マミー | 寄生率 (%) |
マミー | 寄生率 (%) | |||||||||
放飼区 | 6月6日~ 6月27日 |
1 | 1 | - | 1 | - | 27 | 5 | 6 | 18 | 67 | 13 | 37 | 36 |
無放飼区 | - | 2 | 3 | - | 0 | - | 179 | 46 | 0 | 0 | 167 | 75 | 0 | 0 |
区 | 放飼時期 (4回放飼) |
放飼時の ホリバー 誘殺 成虫数 |
6月27日 | 7月13日 | 8月4日 | |||||||||||||||||
蛹 | 成虫 | ツヤコバチ寄生 | 蛹 | 成虫 | ツヤコバチ寄生 | 蛹 | 成虫 | ツヤコバチ寄生 | ||||||||||||||
マミー | 寄生率 (%) |
マミー | 寄生率 (%) |
マミー | 寄生率 (%) |
(%) |
(%) | |||||||||||||||
放 飼 A 区 |
6月6日~ 6月27日 |
8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 12 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 24 | 6 | 0 | 0 |
放 飼 B 区 |
同上 | 43 | 21 | 0 | 0 | 0 | 40 | 0 | 3 | 7 | 13 | 1 | 0 | 0 | 24 | 13 | 0 | 0 | 13 | 1 | 0 | 0 |
無 放 飼 区 |
- | - | 42 | 0 | 0 | 0 | 18 | 0 | 0 | 0 | 306 | 31 | 0 | 0 | 341 | 26 | 0 | 0 | 754 | 51 | 0 | 0 |
区 | 8月23日 | 9月11日 | ||||||||
無 | 少 | 中~ | 計(株) | 寄生率 (%) |
無 | 少 | 中~ | 計(株) | 寄生率 (%) | |
放飼A区 |
50 | 0 | 0 | 50 | 0 | 50 | 0 | 0 | 50 | 0 |
放飼B区 |
50 | 0 | 0 | 50 | 0 | 50 | 0 | 0 | 50 | 0 |
無放飼区 |
36 | 6 | 8 | 50 | 28 | 25 | 18 | 7 | 50 | 50 |
区 | 殺虫剤散布回数 | 散布薬剤集 | (比) |
放飼A区 |
1 | 1* | (14) |
放飼B区 |
1 | 1* | (14) |
無放飼区 |
5 | 7 | (100) |
エンストリップによるオンシツコナジラミ防除
トマトの着果率をあげるため、ホルモン剤処理が一般に行なわれているが、最近ホルモン剤処理作業の省略化や高品質果実生産を目的に、マルハナバチ放飼による受粉が広まりつつある。マルハナバチを利用する場合、殺虫剤の使用制限が余儀なくされるため、殺虫剤に代わる防除の必要性が求められる。また社会情勢などから環境保全型農業に対する関心も高まり、トマト農家自身が科学農薬を減らした防除を求め始めている。トマトでは収穫期のオンシツコナジラミ防除が重要であるが、これに対して生物農薬であるオンシツツヤコバチ剤(エンストリップ)が登録され、その防除効果と使用法の検討が求められていた。
そこで、山形園試では、1995年に、天敵オンシツツヤコバチ剤(エンストリップ)のオンシツコナジラミ防除に関する実証試験を実施した。以下に、その結果の概要を紹介する。
試験は山形園試場内圃場と寒河江市の現地農家圃場で行なった。
オンシツツヤコバチの放飼は、試験場内では、黄色粘着トラップ(ホリバー)への誘殺数1~2頭/週の発生初期に開始した。現地試験では、放飼A区では黄色粘着トラップ誘殺数8頭/週、放飼B区では誘殺数43頭/週の時期に放飼を開始した。放飼は、50株当り1カード(ツヤコバチ50頭)を、6月6日~6月27日まで、7日間隔で計4回行ない、放飼開始後はホリバーを除去下(第1~2表)。
園芸試験場内では、最終放飼の約2週間後にオンシツツヤコバチ寄生によるマミー(オンシツコナジラミの死亡蛹)が確認され、約1カ月後の8月にはツヤコバチ寄生率が18%になった。コナジラミ密度も無放飼区に比べ低く推移し、密度抑制効果が認められた。しかし、8月下旬にはツヤコバチ寄生率が36%になったものの、オンシツコナジラミの増殖が高く、密度抑制効果は低下下(第1表)。試験を行なったハウスは、放飼区と無放飼区をハウスの中央をビニルで仕切って設置したため、ハウス内の風通しが悪く、8月中旬以降は最高気温が35℃を越える日が連続した。この高温条件でオンシツツヤコバチの増殖が抑制され、8月中旬以降のツヤコバチ寄生率が低下したものと考えられる。
現地試験では、放飼後、オンシツコナジラミ蛹、成虫の密度は低く経過し、ツヤコバチ寄生によるマミーはわずかしか確認されなかった。しかし、放飼区のコナジラミ密度はその後も無放飼区に比べ低く経過し、9月上旬まで高い密度抑制効果が見られた(第2表)。マミーが少ないにもかかわらず高い密度抑制効果がみられたことについては、寄主のコナジラミ密度そのものが低く、調査ではマミーが発見されにくいことや、ホスト・フィーディング(ツヤコバチ成虫がコナジラミ幼虫を摂食)が大きく働いたためと推察される。その結果、放飼区での殺虫剤散布はほとんど必要がなく、無放飼区の5回7薬剤に対して、放飼区では念のために散布した1回1薬剤(ブプロフェジン水和剤(アプロード))で十分であった(第4表)。無放飼区では殺虫剤散布を行なったにもかかわらず、8月以降の密度を抑制することができなかった。
以上の場内試験と現地試験の結果から、生物農薬オンシツツヤコバチ剤(エンストリップ)を、オンシツコナジラミ初発生時(市販の黄色粘着トラップ、ホリバーに1~10頭/1週間誘殺時)から7日毎4回連続放飼することにより、オンシツコナジラミ密度を低密度に抑制でき、実用性は高いと考えられた。
放飼密度は、本試験ではトマト50株当り1カード(ツヤコバチ50頭)であったが、登録条件の25~30株当り1カード放飼で効果がさらに安定すると考えられる。使用にあたっては、オンシツツヤコバチに影響のある農薬の散布を避け、夏季過高温にならないように管理し、ツヤコバチの増殖を高めることが重要である。
エンストリップの マミーカード |
オンシツツヤコバチ が寄生した オンシツコナジラミ |
ミカンキイロアザミウマ による 果実の白ぶくれ症状 |
生物的防除の今後の課題
前述したとおり、トマトのマルハナバチ受粉と併せて、オンシツコナジラミ防除に生物農薬オンシツツヤコバチ剤(エンストリップ)の利用が大いに期待される。しかし、他の害虫、特に難防除害虫であるミカンキイロアザミウマなどの発生に対しては、科学農薬に頼らざるを得ないのが現状である。
今後、トマトの生物的防除を考える場合、天敵やマルハナバチに影響が少ない殺虫剤の開発、利用とともに、ミカンキイロアザミウマなど他の害虫に対しても天敵生物の利用放を確立する必要がある。さらに、物理的、耕種的手法なども取り入れた総合的な害虫管理技術の確立が必要であろう。
(山形県立園芸試験場)