現地レポート3

南欧における天敵利用の現状と日本の現状

和田 哲夫

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.82/E (1997.1.1) -

 

はじめに

 オランダ、イギリス、北欧などでの天敵昆虫の利用はここ数年ブームともいえるオランダ天敵現状視察団がオランダ、フランスなどを数多く訪問しその報告書も多いので現状を知る人も増えている。
 しかしスペイン、イタリア、南仏などの地中海性気候下での天敵利用については全く情報がない状態である。
 このため気温の高い、そして害虫相も多様な南部ヨーロッパでは天敵は使えないのではという誤解もあるようである。ひいては日本でも天敵利用は難しいのではという類推にも繋がりかねない。筆者は昨年現地を訪問しその後の変化も調査してきたので以下報告する。

スペイン

 スペインのトマトやその他施設栽培野菜の大産地は南部のアルメリア、ムルシア地区、大西洋上のカナリア諸島である。スペインでの施設栽培の作物の面積を第1表に示す。|
 近年スペインにおいてはマルハナバチの利用が爆発的に増加した。
 スペインのハウスは他のどの国とも異なる大型ハウスを使用しており、オランダのハウスのよりもその規模は大きい。

(1)ハウスの構造

 ただし構造はいたって簡単であり、木製の2.5~3mの長さの柱を使い、ワイヤーでそれらを固定する。次にワイヤーの密度をメッシュのサイズが10cm程度にまで増やしていく。
 このワイヤーの上に2~3mmのプラスチックネットでおおい、さらにワイヤーでその上を補強する。
 このためハウスの屋根の上を歩けるほど頑丈である。屋根にはほとんど勾配がないものがおおい。これは雨量が極めて少ないためである。
 冬場気温が下がる時期はこのプラスチックネットの代わりに厚手の農業用ビニールを用いている。

(2)ハウスのサイズ

 一つのハウスの大きさは1ha以上が多く、それらが隣接しているため、5~6haのハウス群のように見える。
 時期にもよるが一般にクローズドシステムではなく日本の雨除け栽培に近いセミオープンシステムである。

(3)マルハナバチの導入

 トマトの受粉用にマルハナバチが利用されはじめた時期は日本とほぼ同じ時期である。
 1991年ころより導入が本格化してきており最大手のコパート社は現在セールスマンを20名近く雇用するほどのマーケットガ創出されている。
 現在マルハナバチはほぼ100%のハウスで利用されている。これはおもにホルモン剤の散布のコストと比較してマルハナバチの方が経済的であったためである。
 現在マルハナバチの利用箱数は5万箱以上と推定される。

(4)生物的防除の現状

 1994年まではスペインではオリーブなどの果樹での一部の利用を除くと天敵による防除はほとんどなされていなかった。1995年から施設における生物的防除の基礎試験が開始された。対象作物はナス、ピーマン、メロンである。ちなみにスペインには天敵の登録システムはなく輸入および使用は自由である。
 現在の利用面積は約400haであり、ククメリスカブリダニ、ヒメハナカメムシ、アブラバチ、イサエアヒメコバチ、マクロローファステントウ、オンシツツヤコバチなどが複合的に使用されている。

第1表 スペインにおける施設栽培状況
作物名 面積(ha)(()内はカナリア諸島)
トマト 50,000(4,000)
カラーピーマン 20,000(300)
キュウリ 3,000(300)
イチゴ 7,000
ナス 2,000
メロン 50,000
スクワッシュ 2,200
合計 143,200(4,600)

カナリア諸島でのマルハナバチ使用ハウス(左端は筆者)

カナリア諸島のトマトハウス(左:空撮、右:外観)

イタリア

 イタリアの施設栽培の面積は19,000ha である。その明細は第2表に示す。

(1)マルハナバチ

 現在トマトで2,000~2,500haで使用されている。

(2)天敵

 オレンジでの使用を含め約500haで使用されている。イタリアには2社以上の天敵生産会社があり、一部政府からの財政的援助を受けている。

第2表 イタリアの施設栽培状況
(年間2作以上のところがあるので数字は一致しない)
地域 面積(ha) 作物 面積(ha)
シシリー 4,800 トマト 5,500
カンパニア州 2,600 イチゴ 3,300
ラツィオ州 1,950 ピーマン 2,000
ヴェネト州 1,200 ナス 1,300
リグリア州 1,100    
サルジニア州 580    
合計 12,280ha 合計  23,400ha

ギリシャ

 ギリシャの施設栽培は第3表のとおりである。
 マルハナバチの利用面積は200ha。
 天敵の利用状況は以下のとおりである。

   トマト  ------------------- 120ha
   ピーマン -------------------  50ha
   その他  -------------------  90ha
   合計   ------------------- 200ha

 ギリシャで特筆すべきことは、10の都市の公園、街路樹、ホテルの庭園などの害虫防除にアブラバチ、チリカブリダニなどが使用されている。
 概してイタリア、ギリシャは日本のハウスにちかいビニールハウスが主体である。

第3表 ギリシャの施設栽培状況
作物 施設面積(ha)
トマト 1,500
キュウリ 1,000
ピーマン 3560
豆類 250
ナス 50
その他 50
合計 3,200

南フランス

 マルセイユ中心にガラスハウスでマルハナバチ、天敵が利用されているがその状況はほとんど北ヨーロッパと変わることはない。使用する天敵の種類にマクロローファスというコナジラミの補食天敵をより多用していることくらいである(利用面積:天敵200ha)。
 日本と近いのはこのフランスとイタリア、ギリシャ型であろう。

アルメリアのトマトハウス(左:外観、右:内部)

フランスマルセイユ近郊のトマトハウス

日本の現状

(1)マルハナバチ

 日本での利用面積は1996年で2,000ha程度であり、北ヨーロッパを除けばスペインの次の大マーケットである。オランダ、ベルギー、フランスなどをいれても世界のトップ10に入っている。現在、利用が少ないのは夏場の雨除け栽培においてであり、この時期での利用が可能になればマーケットサイズは倍増するであろう。
 現在、マルハナバチを利用していない農家は少数化してきており、栽培面積の少ない老齢化している小さい農家がほとんどである。一部に使用に失敗した農家が「羹(あつもの)に懲り、膾(なます)を吹く」状態でマルハナバチを敬遠しているケースもあるので更なる指導が必要である。

(2)天敵

 日本での天敵登録の困難さから現在のところ利用できるものは2剤のみである。オランダのレンテレン教授が指摘するまでもなくトマトでいえば、天敵だけですくなくとも体系防除が可能であるような天敵のラインアップが必要である。現在登録更新中のマメハモグリの天敵マイネックスが登録されれば、かなりの数の農家が天敵にシフトしていくと考えられる。
 1996年のトマトでのエンカルシアの使用面積は約70haであり、対象面積の1%に達している。
 イチゴでのチリカブリダニの使用はオンシツツヤコバチに比べ立ち上がりが遅く、これはハダニに効果のある農薬が存在していること、およびハダニよりアブラムシ、うどんこ病、灰色かび病のほうが重要病害虫であるからと推定される。
 ただし観光イチゴ園を中心に利用は徐々に拡大している。
 1996年のチリカブリダニの使用面積は約30haである。

(3)今後の登録予定の天敵類

    マイネックス --------- トマトのマメハモグリバエ
    アフィパール --------- キュウリ・イチゴのアブラムシ類
    アフィデント --------- キュウリのアブラムシ類
    ククメリス  --------- ナスのスリップス類

 その他の5剤以上が登録のためにスタンドバイしており日本の施設栽培で天敵が標準的な害虫防除の手段となることは時間の問題ともいえる。
 ただし、現在の天敵の登録システムは化学農薬のそれに準拠したところが多く数多くの矛盾を内包していることも明らかになってきており、要求データの問題、適用拡大の問題、使用量の問題、環境への影響試験など、ヨーロッパのIOBCなどの基準を参考にしながら科学的な納得できるガイドラインの緊急なる策定が日本が生物的防除でのリーダーになりうる条件となろう。

((株)アリスタ ライフサイエンス生物産業部)