ツチマルハナバチに対する農薬の影響

池田 二三高

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.77/D (1995.10.1) -

 

 



ツチマルハナバチは、近年トマトを始めとする農作物の花粉媒介昆虫(ポリネーター)として急速に使用されてきたが、トマト栽培においても病害虫で使用する農薬の影響が問題となることが多い。ここでは、これまでに著者らが行なった試験を中心に農薬の影響の問題について述べる。

 
農薬散布後に訪花したツチマルハナバチの成虫
 
農薬の影響で死亡したツチマルハナバチの働き蜂



1.試験方法

一概に農薬の影響といっても、ツチマルハナバチに対する影響は様々なところで現われるので、慎重に検討の余地がある。これまで、松浦誠三重大学教授は、ミツバチに対する影響の試験方法を訪花活動の有無の確認の他に、蜂そのものに対する影響のチェックポイントを次の項目で検討をしてきた。

ア.女王蜂の異常行動(巣からの逃去、産卵の不規則性、産卵の停止、歩行の異常、巣外への移動など)
イ.女王蜂に対する働き蜂の異常行動(かみつきなどの攻撃、追い出しなど)
ウ.巣内における働き蜂の異常行動
(仕事の放棄、育児停止、巣箱内外へのかたまり、巣からの追い出しや飛び出しなど)
エ.働き蜂の攻撃性の昂進(巣箱への接近や蓋を明けた際の攻撃性の増大)
オ.巣箱内外の働き蜂、幼虫、蛹の死亡数

この方法に準じてマルハナバチについても同様に試験を行なっているので、著者らもこの方法で検討した。
試験は全て土耕の施設栽培トマト(ハウス桃太郎)で行ない、暖房機の稼働設定温度は13℃、換気窓の開放設定温度は25℃とした。ツチマルハナバチは、たとえ水のみであっても、低温時に全身が濡れると行動に異常を来たす恐れがあるので、液剤の試験では薬剤散布前にはツチマルハナバチの巣箱は必ず他の正常なハウスに移し、散布翌朝から戻してチェックを行なった。



2.殺菌剤の影響

これまでミツバチに対しては、キノキサリン系水和剤(モレスタン)をはじめとして影響のある殺菌剤があったので、ツチマルハナバチに対して第1表の各種薬剤を試験した結果、いずれの試験項目でも影響のある薬剤は認められなかった。
したがって、殺菌剤は散布翌日の導入であればツチマルハナバチに対しては全く影響はないと考えてよい。


第1表 ツチマルハナバチに対する殺菌剤の影響



3.殺虫剤

殺虫剤の影響は複雑であり、訪花の有無のほか前述のア~オに示す種々のことを考慮する必要がある。著者が確認した殺虫剤の試験結果は第2表の通りであった。これらの薬剤については紙面の都合上個々にその特徴を明記できないが、その概要をまとめれば次のようになる。

働き蜂に対して非常に強い殺虫力を示し、かつ働き蜂が訪花や葉上に止まる性質の強い性質の薬剤(たとえばエトフェンプロックス乳剤(トレボン)やイソキサチオン乳剤(ガルホス)は、当然働き蜂が死亡するために巣内は餌不足となり群勢は急激に衰える。特に、導入当初の少数群の場合は影響も非常に大きくなる。このため、群の大きさによる影響もあるので、大群でよかったから少数群でも同じとは必ずしもいかないので注意が必要である。

合成ピレスロイド剤は、フルバリネート水和剤(マブリック)は影響がないが、エトフェンブロックス乳剤は長期間影響があるなど一定傾向はなく、各薬剤毎に異なり注意が必要である。

IGR剤(昆虫発育制御剤)は成虫への直接の影響はなく訪花も正常に行なわれるが、幼虫~羽化の間の脱皮や変態時に影響が現れる。今回の試験の中では、ブプロフェジン水和剤(アプロード)は全然影響がなかった。フルフェノクスロン乳剤(カスケード)は働き蜂への影響はなかったが、6日迄の導入は幼虫や蛹の死亡があり、その後徐々に巣内の成虫数は減少した。

イミダクロプリド剤(アドマイヤー)やオルトラン剤は、水和剤でも粒剤でも働き蜂を殺す力は弱いが、働き蜂の訪花を忌避する性質は非常に強かった。このため、散布(処理)直後に巣箱を導入しても、働き蜂は死亡はしないので群勢は急には衰えないが、そのまま放置すれば徐々に衰退する。

薬剤名

濃度(処理量)

散布痕から導入しても良い日数

備考

 オルトラン粒剤
アドマイヤー粒剤

アブロード水和剤
オレード乳剤
マブリック水和剤
サンマイトフロアブル
モスピラン水和剤
アーデント水和剤
ジブロム乳剤
サイハロン乳剤
カスケード乳剤
DDVP乳再(50%)
オルトラン水和剤
カルホス乳剤
アクテリック乳剤
トレボン乳剤
アドマイヤー水和剤
 定植時植え穴1g/1株
定植時植え穴1g/1株

1,000倍
70倍
1,000倍
1,000倍
2,000倍
1,000倍
1,000倍
2,000倍
3,000倍
1,000倍
1,000倍
1,000倍
1,000倍
1,000倍
2,000倍
 14日後
25~30日後

1日後(翌日)
1日後(翌日)
1日後(翌日)
1日後(翌日)
1日後(翌日)
8日後
4日後
4日後
7日後
10日後
10日後
14日後
14日後
21日後
25~30日後
 忌避性高い
試験により変動あり
忌避性高い




トマトに登録なし
トマトに登録なし

トマトに登録なし
トマトに登録なし


トマトに登録なし


試験により変動あり

第2表 ツチマルハナバチに対する殺虫剤の影響



 
IGR剤によって死亡したツチマルハナバチの幼虫(茶色に変色)
 
正常な訪花で発生するバイトマーク(一部が茶色に変色)



4.農薬の残効性と栽培管理の関係

農薬の残効性は栽培時の気温に影響されることが大きい。この原因は不確定であるが、低温により薬剤の分解や蒸散が少ないこと、作物の成長が遅いために長期間農薬の残留している葉や果実、花が植物体上に残っていることが大きいと考えられる。したがって、第2表の試験温度(最低気温13℃)以下での栽培では、より長めにするなどの配慮が必要となる。

(静岡県農業試験場普及課)