チリカブリダニの使い方
足立 年一
- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.76/F (1995.7.1) -
ハダニの天敵チリカブリダニ
はじめに
施設栽培におけるハダニの発生は野菜・花き類を中心に、生育、収量、品質に与える被害は甚大である。これまで、ハダニ類の防除には殺ダニ剤が使われてきた。しかし、散布回数が多いため抵抗性がつきやすく、効果はあっても持続期間が短く、ハダニ類の防除に苦慮する場合が多い。また、イチゴなどの生鮮果菜類では、農薬残留など安全性の面からも問題があることや奇形果防止のためミツバチが導入されており、農薬の使用が制限される。さらに、昨今の環境保全型農業の推進に象徴されるように減農薬栽培への要望も高い。このようなことから、農薬に代わるハダニの防除技術として、捕食性天敵のチリカブリダニが注目されており、ここではチリカブリダニの使用方法について、これまでの知見を交えて紹介し、参考に供したい。
1.ハダニに対するチリカブリダニの放飼効果
施設栽培の野菜・花き類で発生するハダニは、Tetranychus属(ナミハダニ・カンザワハダニなど)が中心で、チリカブリダニが好んで捕食する種類である。そのため、天敵として非常に有望であり、古くから試験されてきた経緯がある。
施設栽培のイチゴ、ナス、キュウリ、バラ、カーネーションのハダニ防除に、1969年から実用化試験が行なわれている。これらの実用化試験から、第1図、2図、3図に示すように、チリカブリダニをハダニ数に対して50~100:1の割合で作物の葉上に放飼することにより、ハダニの密度や施設内の温度で多少異なるが、放飼後約3週間でハダニを食いつくし、優れた防除効果が認められている。薬剤による防除の場合、速効性に優れているものの、逆に、その後増加することが多い(第3図)。しかし、チリカブリダニの場合は効果の発現は遅れるが、ハダニを長期間抑制することができる。
第1図 ハウス栽培イチゴのナミハダニに対するチリカブリダニの放飼効果(兵庫、1977)
第2図 ハウス栽培イチゴのナミハダニに対するチリカブリダニの放飼効果(兵庫、1980)
第3図 ハウス栽培バラのナミハダニに対するチリカブリダニの放飼効果(兵庫、1978)
2.農薬の影響
天敵は一般に農薬に弱く、チリカブリダニも例外ではない。特に有機リン剤、ピレスロイド剤、ネライストキシン剤に弱いことが認められており、これらは2週間以上悪影響が残ることが明らかになっている。しかし、有機リン剤のくん煙剤では比較的悪影響が少ない(1~3日)。殺ダニ剤ではケルセン剤など、殺虫剤ではブプロフェジン剤、キチン合成阻害剤、その他定植地植穴施用のベンフラカルブ剤、カルボスルファン剤などは悪影響が少ない。
殺菌剤ではベノミル、プロピネブ、チオファネートメチル、硫黄剤、DBEDC、ジメチリモール、トリホリン、ストレプトマイシン・チオファネートメチル剤などは悪影響があり、これら以外の殺菌剤は悪影響が少ない。このことから、チリカブリダニ放飼後の薬剤散布はもちろんのこと、放飼前における薬剤散布にも十分注意する必要がある。つまり、薬剤散布後2週間はチリカブリダニを放飼しないことである。
3.農家への放飼事例とその効果
これまでチリカブリダニの利用について、多くの実用化試験が行なわれてきた。兵庫県では1978年から増殖施設を設け、チリカブリダニの増殖とイチゴを中心としたハダニ防除の研究と栽培農家への配布・放飼を行なってきた。第1表に1978~1979年の配布状況を示している。放飼効果は全体の3分の2がまずまずの効果を示し、3分の1が効果を認めなかった。その効果がなかった原因には、1.放飼時期(12~2月)の気温が低いことによる活動・増殖力の低下、2.ハダニの密度が高く、食いつくすことができず被害が出たこと、3.放飼前後の農薬の影響などが考えられた。しかし、ハダニの防除に優れた効果が認められたにもかかわず、1970年代に普及できなかった要因は、速効的な殺ダニ剤と異なり遅効性であること、農家の天敵利用に対する意識が、今日ほどの高まりをみなかったことから、なかなか農家への浸透が難しく、農薬中心の防除法から脱却できなかったことが指摘できる。今日の減農薬栽培による生産物の高付加価値化が見込めるようになって、チリカブリダニなどの天敵利用に関心が高まっている。
放飼月日 | 作物 | ハダニの種類 | 放飼面積 | 放飼数 | 効果 | 放飼結果の考察 |
4.23 | イチゴ | ニセナミ | 1.0a | 4,000 | △ | 放飼前殺ダニ剤散布 |
25 | 〃 | 〃 | 1.5 | 5,000 | △ | ハダニ高密度のため |
8.10 | ダイズ | カンザワ | 0.5 | 2,000 | ◯ | 高温だったが穂食良好 |
9.30 | バラ | ナミ | 3.0 | 10,000 | ◯ | |
10.19 | 〃 | 〃 | 2.0 | 6,000 | × | 放飼7日前プリクトラン散布のため |
12.4 | イチゴ | ニセナミ | 3.0 | 10,000 | × | 放飼数日前に薬剤散布のため |
20 | 〃 | カンザワ | 2.5 | 8,000 | × | 低温のため |
28 | 〃 | ニセナミ | 3.0 | 10,000 | ◯ | |
1.8 | 〃 | 〃 | 3.0 | 10,000 | ◯ | |
〃 | 〃 | カンザワ | 2.0 | 8,000 | × | 低温のため摂氏3~23度平均10度以下 |
19 | 〃 | 〃 | 4.0 | 20,000 | ◯ | 低温だったが高比率放飼 |
2.15 | 〃 | ? | 1.5 | 5,000 | × | 低温のため |
23 | バラ | ナミ | 3.0 | 10,000 | ◯ | |
3.16 | 〃 | 〃 | 1.0 | 5,000 | △ | ハダニ高密度のため |
(注)効果:◯捕食良好で防除効果すぐれる。△捕食不十分で効果やや劣るがハダニの被害は警備。×防除効果認めず。
第1表 農家へのチリカブリダニの配布状況とその効果(1978~1979)
奇形果防止のためのミツバチ |
イチゴのハウス栽培 |
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イチゴ(とよのか) |
ハダニによる被害株 |
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ハダニによる被害葉(かすり状) |
第4図 ハウス栽培イチゴにおけるハダニとアブラムシの発生経過
4.ハダニの発生と調査法
ハウス栽培イチゴにおけるハダニの発生は定植時に持ち込むと10~11月頃から発生するが、一般的には3月頃から発生が見られる(第4図)。ハダニの調査方法として、まずハダニを見つけることが大切である。すなわち、発生初期をつかむことであり、イチゴの場合葉の食害痕を見つけるのは難しく、発生に気づきにくい。食害痕(葉のかすり場)が見られるよりも、ハダニによる網のできる方が早いくらいである。したがって、初期発生を確実に把握するためには、念入りに観察することであり、栽培農家は毎日ハウスに入り、栽培管理や収穫を行なうので、葉裏をよく観察してハダニを見つけることである。ハダニを見つけるとその回りには必ず坪状発生が認められる。この時期がチリカブリダニの放飼に敵している。
5.チリカブリダニの放飼方法
防除は天敵に限らずいかなる防除手段においても、最も効果的に実施しなくてはならない。特に天敵を利用する場合、放飼時期、放飼量、放飼位置などについて十分考慮する必要がある。
(1)放飼時期
イチゴの促成栽培では、ハダニを定植時から持ち込むと、10~11月頃からに発生するが、一般には大体3月に入り発生し始める。作物によってハダニの被害程度はことなり、いつの時期に放飼すれば最も効率的であるかその判断は難しいが、概してハダニの発生初期の放飼効果が高い。ハダニの発生初期は部分的(坪状)な発生から始まるので、発生カ所をよく把握して集中的な放飼が効率的である。イチゴの場合、1小葉当りハダニ雌成虫1~2頭(1株当り約200頭以下)を目安にしている。一般にハダニの被害に気が付くころは、1小葉当り30頭以上に達している。このような状態で放飼しても、ハダニの繁殖が旺盛で、食いつくしが遅れ、被害の発生につながってしまう。このような場合は、チリカブリダニに悪影響の少ない殺ダニ剤でハダニの密度をいったん抑えてから放飼するとよい。また、低温期にはチリカブリダニの活動・増殖力は著しく劣ることから、放飼時期は3月中旬以降が敵している。ただし、低温期のハダニの発生に対して放飼する場合は、できるだけ放飼比率を高くして、多くのチリカブリダニを放飼することである。
いずれにせよ放飼時期を決定するのは栽培農家自身であるので、栽培作物をよく観察し、ハダニを早めに見つけることが大切である。
(2)放飼数
チリカブリダニの放飼数は、ハダニの発生密度に比例して多くする必要がある。10a当り2,000頭となっているが、兵庫県ではハダニ数50に対してチリカブリダニ1の割合で放飼することを原則としている。ハダニは部分的(坪状)に発生するので、密度の高い部分に多く放飼する必要があり、その目安はチリカブリダニを株当り5~10頭である。
(3)放飼位置
チリカブリダニは移動・分散能力が高いことから、イチゴのような背の低い作物では、葉上にばらまく方法である。ただし、1振り何頭になるかを把握しておく必要がある。また、数株に1ケ所程度の放飼でも十分である。
バラ、カーネーション、ナス、キュウリなどの草丈の高い作物では、中位葉位に集中放飼して、上位葉に移動させることや、葉上への振りかけで放飼する方法でも効果は期待できる。しかし、イチゴに比べ草丈が高く葉面積が広くなるので、チリカブリダニの放飼数はイチゴの数倍が必要と思われる。
6.その他の病害虫の防除
イチゴ栽培でハダニのほかに問題となる病害虫はアブラムシとうどんこ病である。アブラムシについては第4図に示しているように、11~12月頃から発生を認め、被害は大きい。現状では農薬に頼らざるを得ない状況にあり、チリカブリダニを利用するためには選択的殺虫剤をうまく使っていかなくてはならない。その方法はイチゴの定植時にベンフラカルブ、カルボスルファン粒剤を植穴土壌混和して発生を抑えることである。その後、チリカブリダニを放飼している場合のアブラムシ発生期には悪影響のないくん煙剤や散布薬剤を用いて防除する体系が必要である。
うどんこ病は発生すればなかなか抑えることが難しい病害である。12月頃から発生するので予防散布が必要となる。これまで使用してきたトリフルミゾール、ピテルタノール、ミクロブタニル剤などはチリカブリダニに対して悪影響がなく、放飼に際しても使用できる薬剤である。また、うどんこ病は仮植床における薬剤防除を徹底し、ハウスに持ち込まないことである。
おわりに
チリカブリダニ(天敵)や農薬を使用する以前の問題として、まず、施設内にハダニを持ち込まないことである。すなわち、イチゴの場合、定植時に下葉をきれいに掃除して植え付けることや育苗時の防除の徹底などハダニを発生させないことが大切である。
チリカブリダニは上手に使えばすばらしい効果を発揮する天敵である。しかし、いかにして現場に普及させていくか問題点も多い。そのためには、1.農家への天敵に対する意識の改善と保護、2.農薬使用との調和、3.他の防除手段との体系化、4.ハダニのモニタリング手法、5.現場への指導体制など農家への直接的なアドバイスが必要となってくることから、天敵の利用は農家とともに進めていかなければならないと考える。
(兵庫県立中央農業技術センター)