ニホンナシ「幸水」の果実のまだら症状と

輪紋病被害の同時防止対策

中尾 茂夫

- アリスタ ライフサイエンス農薬ガイドNo.76/B (1995.7.1) -

 

 


1.はじめに

ナシは、果皮色から青ナシと赤ナシに分けられる。近年、減少はしているが、青ナシは二十世紀、赤ナシは長十郎がその代表品種である。かつて、赤ナシは、新水、幸水、豊水の三水時代の到来といわれたことがあったが、最近では、幸水、豊水の二水、産地によっては幸水の一水、といっても過言ではない状況になっている。このように、幸水のウエートが非常に高くなっているのが ナシ栽培の現状である。

この幸水は、他のどの品種よりも施設化(簡易ビニル被覆~ビニルハウス)、無袋化が進んでいるのが大きな特徴である。また、防除面でも、労力軽減からスピードスプレーヤ防除が主流となっている。このような栽培形態に起因してか、  最近、果実のまだら症状と輪紋病の発生が問題となっている。

そこで、これらの対策について、若干の知見を交えながら、考察を行なってみることにしたい。


2.幸水の果実の特性

幸水は第1図に示したような交配によって育成された、高品質の早生ナシである。赤ナシ、青ナシの区別では赤ナシに属する。しかし、正確には、幸水の果実は青ナシと赤ナシの中間的特性を有している。一般に、赤ナシは、果面全体が一様にコルク化し、赤褐色を呈するが、青ナシは一様にコルク化することはなく、成熟しても果皮色は黄色止まりである。

幸水の果実は、後述するように、この果皮のコルク化が不完全で、不均一になりやすい特性をもっている。また、病害面では、豊水や二十世紀にくらべ、輪紋病に罹病しやすい特性を持っている(引用文献1・2)。


3.果皮のコルク化

ナシは、受精後間もない幼果では果面に気孔が存在する。この気孔は果実の肥大とともに塞がり、コルク化し、果点と呼ばれるものになる。果点全体がコルク化しているので果点コルクとも呼ばれる。このコルク化が、果点の外に拡大したものが果点間コルクと呼ばれるものである。青ナシは、一般に、果点コルクの状態でとどまる場合が多いが、赤ナシでは、果点間コルクが果面全体に均一に形成される。しかし、幸水は、赤ナシであるにもかかわらず、この果点間コルクの発達が不完全になりやすい特性をもっている。



第1図 幸水の系統図


 写真1
薬剤処理によるコルク化促進時期の比較
(左側から:無処理、満開後80~110日後処理、
満開後20~50日後処理、満開後50~80日後処理)


 
 写真2 固着剤(スプレースチッカー)加用の場合のコルク化の状態(幸水)
 写真3 固着剤(スプレースチッカー)無加用の場合のコルク化の状態(幸水)

幸水の果点間コルクの発達には、果実(果皮)に対する外部からのいろいろな刺激(雨水、薬液、日光など)や果実全体の発育生理が関与しているものと考えられるが、詳細については、まだ不明な点が多い。

そこで、果皮のコルク化を最も促進する薬剤とされているキャプタン・ベノミル剤(引用文献7)を用い、コルク化促進時期の検討を行なった。結果は第2図および写真1のとおりであるが、満開後50~80日(6月上旬~7月上旬)の散布が最もコルク化を促進することが明らかになった。これは他の試験例(引用文献4・5・8)ともよく一致しており、幸水の場合、この時期が最もコルク化の促進される生育ステージと考えられた。次に、コルク化を助長させる方法として、展着剤(スプレースチッカー:固着性展着剤)の加用効果を検討した。その結果が第3、4図および写真2、3である。果面全体のコルク化促進効果では、特に顕著な差でなかったが、展着剤の加用効果は明らかに認められた。これに対して、果実の肩部から果頂部にかけて縦縞模様に発現するコルク化症状(外観の品質低下原因となる)は顕著に減少する傾向があった。これは、この部分のコルク化が抑制されるために縦縞模様が減少するのではなく、この部分のコルク化が一様に進むために、縦縞模様になりにくくなることがその原因と考えられた。展着剤については、湿展性展着剤でも高い加用効果のあることも報告されており(引用文献5)、今後、いろいろな種類についてさらに検討が必要と考えられる。いずれにしても、この場合の展着剤は、コルク化を促進させる主剤を、いかに果面全体に、均一に、長く付着させるかが主な役目となる。第1表および写真4に、果点間コルクの発達程度と品種との関係を示した。


第2図 薬剤処理時期と果面全体のコルク化度


第3図 展着剤の加用と果面全体のコルク化度


第4図 展着剤の加用と縦稿模様の発生度
(※発生度が高いほど果実の等級が低い)

4.幸水の果実のまだら症状

写真5に典型的な症状を示した。果面全体にまだら状にコルク化したもの(右側2果)、と肩部から果頂部にかけて縦縞模様に、コルク化したもの(左側2果)である。いずれも果皮のコルク化の未発達に起因する症状である。外観を著しく損ねるため、選果段階で、等級(品質の格付け)低下の主原因となっている。このため、産地では見通しにできない問題となっている。

縦縞模様のコルク化は、その形状から雨水や薬液が果実の肩部から果頂部にかけて、流れ落ちる過程で発現したものと考えられる。しかし、写真5のように、両者は混在している場合が多く、厳密な区別は難しい。したがって、本稿では、「まだら症状」は両者を含んだものとして取り扱うことにしたい。

この幸水のまだら症状は、果皮の未発達(不均一)に起因する障害であるので、当然、原因、対策も果皮のコルク化の頂で述べたと同じような考え方となる。

果点間コルクの発達程度 該当品種
1.果面全体が均一にコルク化しやすい品種 新水、豊水、秋水、長十郎、新星、新高、
新興、豊月、晩三吉、新雪、今村秋、愛宕
2.コルク化はするが不均一になりやすい品種 幸水
3.条件によって部分的にコルク化する品種 二十世紀、菊水、秀玉
4.非常にコルク化しにくい品種 水秀、八幸、八里、幸菊

第1表 果点間コルクの発達程度と品種との関係



5.幸水の果実の輪紋病

ナシの輪紋病は、Botryosphaeria berengeriana de Notaris f.sp.pricola (Nose) Koganezawa et Sakumaが病原菌で、果実(写真6)、枝幹を中心に、まれに葉にも発生する。幸水の果実は、豊水や二十世紀にくらべ、明らかに輪紋病に弱い。有袋栽培では、果実の輪紋病はほとんど問題とならないが、近年、省力化、品質(食味)向上の観点から、無袋栽培が広く普及しており、輪紋病の発生は増加の傾向にある。また、防除面で、枝幹(伝染源の寄生部位)に対する、薬液付着にやや難があると思われるスピードスプレーヤの普及も発生増加の関連要因と考えられる。

 写真4
品種によるコルク化の発達程度の違い
(上段から:豊水、秋水、幸水、下段左から幸菊、二十世紀、菊水


 
 写真5 幸水のまだら症状(左側2果:縦縞模様のコルク化、右側2果:果面全体の不均一なコルク化
 
 写真6 樹上果での輪紋病の病徴

輪紋病は典型的な雨媒伝染性の病害で、ビニル被覆すると、感染はほぼ完全に防止できる。幸水はビニル被覆栽培が普及していると前述したが、栽培上(特に葉の同化能力を高めるため)、5月中~下旬にはビニルを除去する方式がとられている。九州における本病の主感染時期は、気象条件(降雨、台風など)にもよるが5月下旬~7月上旬と考えられている(引用文献3)。したがって、主感染時期に入る前にビニルが除去されてしまうため、現在の被覆方式では本病に対する防除効果は望めない。九州では、適用薬剤はキャプタン、ジチアノン、ビテルタノール剤などが一般的である。

そこで、ジチアノン剤を用い、主感染時期における簡単な防除試験を実施した。結果は第2表のとおりである(引用文献6)が、主感染期間中にまんべんなく散布した区が最も防除効果が高かった。これは、本菌の胞子の散布がだらだらと続くため、防除もこれに沿って期間を広げざるを得ない裏づけと考えられた。次に、展着剤の加用で明らかに防除効果が高まった。これは、主剤(キャプタン・ベノミル剤)を果面全体に均一に固着させたことが、防除効果を高めた原因と考えられた。

散 布 月・日

調査果数

発病果率(%)

6/1

6/12

6/22

7/2

7/22

25

4.0

59

20.3

55

14.5

53

56.7


第2表 薬剤の散布時期と輪紋病の防除効果


第5図 展着剤の加用と輪紋病の防除効果



6.まだら症状と輪紋病被害の同時防止対策

以上述べてきたように、まだら症状と輪紋病は、被害の防止適期、適用薬剤、薬剤の散布方法など合致する点が多い。このため、両者は都合よく同時に被害防止することが可能である。細くはまだ詰めなければならない点はあるが一応次のようなことが防止対策のポイントと考えらる。

1)輪紋病の防除適期となる6月上旬~7月上旬(九州では、満開後50~80日)に、展着剤加用輪紋病防除剤を、3~4回、十分量散布する。
2)展着剤は固着性に優れた剤を使用する。輪紋病防除剤はコルク化促進効果を併せもつキャプタン・ベノミル剤(安全使用基準:7日前まで、6回以内)を主体に使用する。
3)手散布では、薬液が果面にできるだけ均一に付着するように散布する。
4)スピードスプレーヤ散布では、薬液が枝幹および果実全体に、均一に付着しにくいので、できるだけ低速走行とし、散布の死角ができないように工夫する。走行位置を固定化しないのも一法である。
5)ビニル被覆栽培では、まだら症状の発生が多い傾向にあるので、本防止対策の適用が特に有効である。



引用文献

1.伊藤恵造・尾形正・落合政文(1994):収穫後の貯蔵条件がナシ輪紋病の発病に及ぼす影響、落葉果樹試験研究成績概要集(病害)、農林水産省果樹試験場、90~91
2.古賀敬一・大久保宣雄(1993):ナシ輪紋病の発生予察法の改善、落葉果樹試験研究成績概要集(病害)、農林水産省果樹試験場、97~98
3.古賀敬一・大久保宣雄(1994):ナシ輪紋病の発生予察法の改善、落葉果樹試験研究成績概要集(病害)農林水産省果樹試験場、104~105
4.水島真一(1995):ナシ病害の生育期における防除の効率化、防除法確定並びに防除体系組立て連絡試験成績(果樹編)、九州病害虫防除推進協議会、154~155
5.森田昭(1994):ナシのまだら果の発生要因と防止法、園芸学会九州支部研究集録、51~52
6.中尾茂夫・小関洋介・川田重徳(1989):デラン水和剤のナシ輪紋病に対する特別連絡試験成績、日本植物防疫協会、14~15
7.高村尚武(1990):ナシ幸水に対する薬剤散布による果面傷害発生について、落葉果樹試験研究成績概要集(病害)、農林水産省果樹試験場、135~136
8.田代暢哉(1995):ナシ病害の生育期における防除の効率化、防除法確定並びに防除体系組立て連絡試験成績(果樹編)、九州病害虫防除推進協議会、146~147

(大分県農業技術センター)