はじめに
静岡県では天敵利用に関するプロジェクト研究を2003年(平成16年)から3年間行ない、施設トマト、チャおよびカンキツにおいて、それぞれ重要害虫に対して土着天敵の活用による減農薬防除体系を組み立てることができた。今後、これらの技術を生産現場で利用していただく段階となったことから、天敵利用に対する生産者の皆さんの意識調査をアンケート形式で行なった。本文に先立ち、アンケート調査に回答していただいた多くの生産者の皆様、アンケートの配布および回収にご協力いただいた生産者代表、農協職員および静岡県職員の方々に、この場を借りて、厚く御礼申し上げる。なお、このアンケート調査の企画・立案、集計および解析は、静岡県農業試験場(現 静岡県農林技術研究所)の多々良明夫、土井 誠、金子修治、田上陽介(現 静岡大学農学部)および松野和夫の諸氏、並びに筆者によって実施されたが、本稿の文責は筆者にある。
アンケート調査の方法と構成
今回実施したアンケート調査は、前述のプロジェクト研究対象としたトマト、チャおよびカンキツの生産者、並びに温室メロンの生産者に対し、農協および生産部会を通して、または試験場の成果発表会において実施した。アンケート調査の実地地区および標本数は第1表の通りである。アンケートの構成は各作物共通で、①問題となる病害虫について、②天敵利用に対する興味について、③天敵利用の実施に必要な事項について、と3つの部分から構成されている。なお、本稿では②と③の結果を中心に紹介する。
天敵利用に対する興味について
ご承知の通り、トマト栽培では、アリスタライフサイエンス株式会社が中心となり天敵類のラインナップは充実している。今回のアンケート調査でもトマト生産者の90%の方は、天敵利用の情報に接しており、71%の方は興味を示していた。しかし、天敵を利用した経験のある方は6%にとどまり、その方々は現在では天敵を利用していなかった(第1図)。温室メロンでは、天敵利用をご存じない人の比率が37%とトマトに比べて多い傾向にあった。ただ、いずれの作物でも“興味があるが天敵を利用しない”方が最も比率が高く、トマトでは61%、温室メロンでは42%でした。このような方に、天敵を利用しない要因について選択形式(複数回答可)で選んでもらった(第2図)。トマトでは“効果が不安定”、“農薬選択が難しい”が多く、次いで“情報が少ない”が選択された。一方、温室メロンでは“情報が少ない”が最も多く、次いで“農薬選択が困難”が多く選択された。
カンキツ類やチャは、露地作物の中で比較的天敵類が活躍している作物である。カンキツでは古くからカイガラムシ類の天敵を海外から導入して、その密度抑制に成功している。チャでも、ハダニの土着天敵が有効に働いてことが知られている。最近の研究では、カンキツのハダニやチャのカイガラムシでも土着天敵が有効に働いていることが明らかになっている。これらの作物では、天敵の効果により防除暦の薬剤が削減されてきている。このためか、アンケート調査の結果、天敵利用の必要性を感じる生産者の方が多く、カンキツでは86%、チャでは94%に達した(第3図)。チャでは更に「農薬散布時に天敵に影響の少ない農薬を選択する」方が約50%おり、「天敵に対する農薬の影響を気にする」方も40%に達し、多くの方が薬剤防除の際に天敵を意識していることがわかる(第4図)。
第1表 天敵アンケート調査の対象者および標本数 |
栽培作物 |
調査対象者 |
標本数 |
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JA遠州中央および遠州夢咲組合員 |
静岡県温室農協組合員 |
試験場成果発表会来場者 |
JAとぴあ浜松および三ケ日組合員 |
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第1図 天敵利用の状況と天敵利用に対する
生産者の興味 |
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第2図 天敵に興味があっても実際に天敵を
利用しない理由(複数回答) |
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第3図 天敵利用は必要か? |
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第4図 日頃の薬剤防除の際に
天敵のことが気になるか? |
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天敵利用に必要な事項
アンケートの最後の設問として、“天敵を利用する上で、あれば便利なもの”を次の中から、選択してもらった。①モニタリング(害虫の発生状況調査)、②アドバイザー(天敵の利用に関する指導者)、③保険、④販売時の付加価値、⑤定期的な天敵(IPM)に関する講習会、⑥その他、以上6点の中から選択してもらい(複数選択可)、その結果、4つの作物ともアドバイザーが最も多く、32~38%を占めた(第5図)。その次は講習会(19~24%)またはモニタリング(17~26%)が選ばれ、いずれの作物でもその構成は類似していた。前述のように、トマトでは大部分の生産者が天敵の情報に接しているが、実際に利用された方はごく一部にとどまっていた。これまでとは異なった技術を導入するとき、身近なところできめ細かくアドバイスできる専門家がいることは、心強いことと思われる。講習会が求められていることも、似た意味があると思われる。高知県の事例でも、一時的な害虫増加を我慢でき、その後の天敵の効果を実感した生産者が徐々に増えることで、数年後には天敵利用が定着したと聞いたことがある。多少の被害を我慢することが天敵定着につながることは理解できても、実際に作物に被害がでると、迷いや不安が生じると思う。その際、きめ細やかな助言や情報提供が大変重要な役割を持っていたのではないだろうか。
第5図 天敵を利用する上で、あれば便利なこと(複数回答) |
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一昨年、カリフォルニア州のカンキツ地帯を視察する機会を得た。ご存知の通り、日本より大きな栽培面積と安い労働力に支えられ、病害虫防除は分業化が進んでいる。すなわち、専門知識を持ったPCA(病害虫防除アドバイザー)がモニタリングを行なって防除を処方し、これに従って防除業者が薬剤散布や天敵放飼を行なっていた。日本では生産者自身が頻繁に圃場に入るため、PCAによるモニタリングの必要は低いと思う。しかし、各地域の栽培体系に適した天敵利用のマニュアルの作成や生産者自身の防除判断に対するアドバイスなど、生産現場に近いところにこうした技術・知識を持った技師(アドバイザー)が必要と思われる。今後、こうしたアドバイザーを多数養成することが天敵利用を普及させるひとつの方向と考えられる。。
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