生物防除に関わって
農薬ガイドNo.112/C(2007.4.20) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:田口 義広
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はじめに

 ここ2~3年、生物防除技術が本物になってきた感がある。生物防除が確実な技術になるには各地域での実用化試験が必要なため長い年月がかかるが、本稿では、今日まで筆者らが関わってきた生物防除の流れと課題について雑感を述べてみたい。

1.根頭がんしゅ病対策としてのバクテローズ

 岐阜県神戸町のバラ産地では、バラ苗の根頭がんしゅ病対策に苦労していた。20年前には、この対策として熱水土壌消毒が当たり前のように行なわれていた。県外に出荷するバラ苗も病原菌を保菌した苗を出したくないと対策に万全を期していた。しかし、決定的な防除方法はなかった。このような中、静岡県農業試験場の牧野孝宏氏の呼びかけで根頭がんしゅ病の生物防除剤「バクテローズ」の登録試験に携わったのが、筆者の実質的な生物防除への最初のアプローチである。バクテローズは高い効果を示し、果樹やキクでも登録拡大し、現在も使用され続けている。

2. 不信がられていた生物防除

 生物防除といえば干渉作用を利用したトマトTMVの弱毒ウイルスが有名である。現在ではTMV抵抗性品種が当たり前の技術となったためトマト圃場でもタバコが吸えるが、当時は深刻なウイルス病であったためタバコを持って入っただけでも叱責された。この対策のため農業改良普及員の多くはトマト苗を栽培して接種作業の指導をした。しかし、この弱毒ウイルスがピーマンのモザイクを引き起こしたことで生物防除というのは信用ならないとされていた。年配の普及員の多くは、生物防除というとすぐにこの話を出したものである。


▼写真1 現地で活躍するマルハナバチ

3. トマト栽培とエンストリップ


 マルハナバチ受粉技術(写真1)を導入した岐阜県海津町トマト部会で生物防除の支援を行なったことがある。1996年ころには、マルハナバチは農家の主婦をホルモン処理という「単純な精神労働」から解放したと喜ばれた。一方で、マルハナバチを利用すると殺虫剤が使えない。コナジラミ類、アブラムシ類およびハモグリバエ類はどうするんだと、大きな問題になった。実際、海津町(現 海津市)では殺虫剤の使用量はマルハナバチ使用前の30%に減っていた。当時は、現在のような精巧な防虫ネットもなく、無理を承知で1mm目合いネットを勧め、農薬の代わりに天敵昆虫エンストリップ(写真2)の技術普及に努めた。当時アリスタ ライフサイエンスの和田哲夫氏の講演を聴いた農家が「生物防除をやってみたい」と取り組んだのである。県園芸特産振興会などもこれに協力してくれ、トマト部会は日本農業賞も受賞した。この技術も指導員が変わると考え方が変わり、紆余曲折を迎えた。2000年には、トマト黄化葉巻病が発生し、エンストリップの利用は激減した。この傾向は全国的なものとなってしまった。
▼写真2 エンストリップのマミーカード

4.マイネックスが変えた生物防除への偏見

 これらの技術支援の中で生物防除の効果が確実なものだと確信したことがある。マメハモグリバエの防除である。当時は登録のある農薬がIGR剤しかなかったため、3回連続散布を提唱していた。しかし、3月にそれまでIGR剤を散布しても十分な効果がなかったマメハモグリバエのマインが、マイネックスを4週連続して放飼したところ5月にはすっかりなくなってしまっていた。農家も「瓶の蓋を開けるだけでいい。こんないいものがあるのか」と驚いた。しかし、天敵昆虫の値段が高いのにも驚いた。これが契機となり環境保全型農業「ぎふクリーン農業」の技術開発と組み立てに取り組むようになった。


5.ボトキラー水和剤のダクト散布法

 このような仕事をしていたところキュウリ栽培農家から、トマトばかりでなくキュウリでも生物防除をやってくれないかと強い要望が出された。しかし、キュウリに発生する病気と虫は大抵なものではない。生物防除なんて無理に決まっていると考えたものである。第一、灰色かび病、菌核病、軟腐病、つる枯病、褐斑病などキュウリには致命的な病害が多すぎるのである。
 これを何とかしなくては生物防除なんてできるものではない。キュウリの病害対策をどうするか考えていた2000年頃に、微生物殺菌剤ボトキラー水和剤が農薬登録された。抗菌活性を調べると灰色かび病ばかりでなく、大抵の病原菌に対しては抗菌活性を示した。これは総合防除に使えると感じて、薬剤散布を行なった。しかし、その効果は化学農薬のそれには遠く及ばなかった。

 当時、アリスタ ライフサイエンス(株)の加藤修平氏と生物防除を勧めていたが、いろいろと議論する中でボトキラー水和剤を暖房機ダクトで散布するというアイディアに行き着いた(写真3)。岐阜県南濃試験地に勤務していた鈴木隆氏の協力を得てダクト散布の試験を進めた。岐阜大学百町満朗教授、岐阜県農業研究所の渡辺秀樹氏、勝山直樹氏などの他にも多くの関係者が相当熱い志をもって試験を行なった。キュウリの長期取り栽培でサルバトーレMEを2回散布しただけで栽培を終えることができた。「たまたまだよ」という声もあったが、栽培の実際を知っている自分には確信があった。「ダクト散布法は使える」と。出光興産(株)の担当者にお願いし農薬登録を取っていただいた。この技術は東海地域のキュウリやトマトなど施設農家に瞬く間に広がり、多くの農家から励ましの言葉をいただいた。


▼写真3 キュウリでボトキラーのダクト散布

 

6. キュウリでも生物防除が実現

 このダクト散布の技術をベースにして病害の発生を抑制し、天敵昆虫の現地実証を進めた。当時、これらの実証には現場の農業改良普及員が活躍した。ククメリスやアフィパールなどは当たり前のように使用するようになりエンストリップも併用した。
 しかし、キュウリでの生物防除は普及が難しかった。この原因は技術ではなく、キュウリの市場価格が安いため農家が生物防除に取り組む意欲が出なかったというのが本音であろう。生物防除以外にも熱水土壌消毒や防虫ネットなどの技術普及をも進めた。

▼写真4 ククメリスの放飼後

7. イチゴでは完成型に

 イチゴではスパイデックスがもう一つという状態で、使用方法がつかめなかった。当時は重要な湿度と産卵・定着などについての知識もなく、気温5℃という圃場に天敵スパイデックスを放飼して効果がないなどといったものである。今考えるとその未熟さに反省しきりである。
 アフィパールやボトキラー水和剤のダクト散布などは確実に広がっていった。現在、イチゴではスパイカル、ククメリス(写真4)、スパイデックス、アフィパール、アフィデント、タイリクおよびボトキラー水和剤ダクト散布などを駆使し、生物農薬を主体としたIPM防除技術に見通しが立った。その気になれば誰でもできる技術にまで完成したのである。この背景には、イチゴ産地の競争意識が相当働いているような気がする。福岡、愛知、静岡などイチゴ先進県におけるスパイカルの伸びにはめざましいものがある(写真5)。このような背景には、必ずと言っていいほど表面に出ない支援者が存在する。

▼写真5 スパイカル

 

8. ホウレンソウでククメリス

 ホウレンソウケナガコナダニは、岐阜県飛騨地域の重要害虫となっていた。農薬の効果も低下し、解決策が求められていた。この対策としてキュウリで行なっていたククメリスの防除技術が役立った。キュウリでは籾殻を畝間に敷いた農家のみにククメリスの効果が認められていた。この現象を最初に見つけたのは農業改良普及員の高井啓氏だが、籾殻の下の水分が多いところにククメリスが屯していたのである。この技術をホウレンソウに応用すると意外にもケナガコナダニの発生が少なくなった。
  データを揃えて日本化薬の小林益子氏に登録手続きをしてもらった。この技術にはコツがあって、ただ放飼したからといって効果が出るものではない。圃場周囲の所々に藁束を敷いてその下に水をまき、水分がある状態にする(写真6)。ククメリスを購入後10日程度室内に静置しておき、内部の餌を食べ尽くさせる。これを藁の上に放飼していくのである。これを見たときにスパイカルなどのカブリダニ類では水分がないと効果が発揮されないことに気がついた。今でも、ククメリスでケナガコナダニの防除を行なった多くの農家が「今年は発生が少なかっただけだよ」という。しかし、これがククメリスの効果だと気がつくまでには時間がかかる。


▼写真6 ククメリスの放飼方法


9. ナスとピーマンでの生物防除

 岐阜県にはナス農家は少なかった。しかし、担当の普及員からは生物防除の情報や相談があった。高知県の実例を参考にスリップス類やコナジラミ類の生物防除を行なったが、十分に効果を出すまでには至らなかった。この原因は、高知県は暖かいため最低温度が15℃あるいは20℃で管理され、それにコナジラミ類の発生も少ないのでスリップス対策に専念できたからということに、後々気がついた。シルバーリーフがホコリのように舞い、しかも温度が9℃で管理される施設では生物防除は程遠い。生物防除技術は、周りに支援する体制がないと普及するものではないことを知らされた。

▼写真7 雨よけ栽培トマト ▼写真8 穂いもちの発生

 

10.トマト黄化葉巻病と生物防除

 2001年頃からはトマト黄化葉巻病に悩まされるようになった。シルバーリーフコナジラミが媒介する全滅型のウイルス病のため対策が難しい。コナジラミ対策は施設にコナジラミを入れないところから始まる。当時、普及センターに勤務していた杖田浩二氏とともに複数の技術を駆使し、トマト栽培(写真7)でも再び天敵昆虫が利用できるまでに仕上げた。バイオタイプQのような化学農薬に抵抗性の系統でも天敵昆虫は効果がある。いかに物理的防除を取り入れながら化学農薬と生物農薬のコラボレーションを図るかがコナジラミ対策のキーであると考えている。この時に開発した多くの生物農薬を核にした防除技術は、カゴメ菜園などのダッチライト型の大型施設栽培トマトで活かされている。

11.水稲でも生物農薬

 土地利用型作物の代表作物、水稲では、エコホープ、モミホープおよびモミゲンキが農薬登録されている。エコホープは播種後の育苗箱灌注処理でばか苗病に対して高い効果を示し、有機栽培農家から歓迎された。また、モミゲンキ水和剤は乗用管理機を用いて高濃度散布すると籾枯細菌病に高い効果を示した。ボトキラー水和剤は特に穂いもちに対しても有効な拮抗微生物があるが、農薬として登録に到ってない。また水稲では価格や散布法の改善を求められる。
 たとえば雨上がりにダストとして散布することにより、付着性を高めたり、茶畑の送風機のように上方からダストを風に乗せて自動的に散布させるなどの方法である。

おわりに

 生物防除は技術だけがあっても普及するものではないことは多くの方々が理解されている。よく練磨され、農家が本当に受け入れやすくなったときに普及していくことがわかる。このために我々は何をすべきか常に考えていく必要がある。

(アリスタライフサイエンス(株)普及推進部)

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