バイオセーフ(スタイナーネマ カーポカプサエ剤)によるヤシオオオサゾウムシの防除
農薬ガイドNo.111/E(2006.8.16) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:戸島 靖英
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 近年、九州では、ヤシオオオサゾウムシがフェニックスを激しく食害する事が問題になっている。ヤシオオオサゾウムシは、従来、インド、東南アジアおよびニューギニア等に生息していた。国内には、1975年沖縄本島で初めて発生が確認され、日本に侵入したと考えられ、1998年宮崎県で発見されたのち、1999年に岡山県、2000年に福岡県、1999年から2000年には鹿児島県、2003年には長崎県と三重県、そして、2004年には熊本県と、九州を中心に急速に分布が広まった。既に述べたとおり、本種による食害は激しく、被害は甚大で、日本で生育するフェニックスの壊滅の危機さえある。

 この状況下、各被害地域では、各種防除法について検討が行なわれており(吉本、2005)、その中で、日植防研宮崎試験場の飯干らによって、当時、芝におけるシバオサゾウムシの幼虫に対する登録を取得していた、バイオセーフ(スタイナーネマ カーポカプサエ剤)のヤシオオオサゾウムシに対する効果の検討がなされていた(飯干ら、2004)。バイオセーフの登録保持会社である、(株)エス・ディー・エス バイオテック(以下SDS)は本検討を元に、2003年度から日本植物防疫協会に効果薬害試験を委託した。その結果、実用性有りの判定を受け、本年1月25日付で「ヤシ:ヤシオオオサゾウムシ」の適用拡大登録を取得した。

 ここでは、今回の適用拡大による適用性の説明と現状得られる被害状況の診断情報及び委託試験で得られたバイオセーフのヤシオオオサゾウムシに対する効果について検討を行ない、被害現場での防除方法の一助とする。


1. ヤシオオオサゾウムシ(Rhynchophours ferrugineus)とは

(1)形態
 成虫 体長:22~35㎜ 体色:光沢のある赤褐色 胸部背面に黒斑

 幼虫 体長(終齢):50~60㎜ 体色:乳白色/全体、赤褐色/頭部、褐色/気門
      紡錘形で僅かに腹方に湾曲、脚がない、6回の脱皮後蛹化

   体長:30~40㎜ (ヤシ)繊維で繭形成 体色:赤褐色(内部 蛹)

   長さ:約2㎜ 幅:約1㎜(楕円形) 色:乳白色

▲ ヤシオオオサゾウムシ成虫(体長:約30㎜)(左)、幼虫(体長:約55㎜)(中)、蛹(体長:約35㎜)(右)

(2)寄主植物
 先にあげた本来の生息地では、ココヤシ、デートヤシ、サゴヤシ等のヤシ類に加害する事が知られている(Rajan・Nair、1997)。日本では、主にカナリーヤシ(Phoenix carnariensis)に被害が集中しており、ビローヤシ(Livistona chinensis)にも加害が確認されている(阿万ら、2000)。

(3)生態
  国内では、成虫の野外調査は行なわれている(安部ら、2004;2005)が、今だ、詳細な生活史は不明である。成虫の捕殺調査では、誘殺されるのは、5月上旬から11月下旬で、6~7月と9月にピークが確認されている(阿万ら、2000)。海外の情報では、幼虫期間は夏季で約3ヵ月程度、成虫の寿命は2~3ヵ月、5~6月と11~12月の2回発生すると報告されている。



2.フェニックス(ヤシ)が被害を受けると

(1)食害状況
 食害調査の結果から、幼虫は幹最上部、新葉の葉柄部、生長点付近などの柔らかい組織から侵入、食害する。幼虫が侵入すると、体内に共生する腐敗菌によって、植物組織を腐敗させ、発酵する。その結果、独特の香りと熱を発する。この香りと性フェロモンにより、雌成虫が飛来し、集中加害が起こると考えられている。幹最上部(生長点付近)が食害され、生長が阻止されるため、新葉から発育が止まり、最終的に既伸長の葉も食害されるため、枯死にいたる。

(2)被害(食害)による樹形変化

<被害初期>
 幹最上部(生長点付近)からの侵入、食害が始まるため、まず、上方に伸長するはずの新葉から、欠落し始める。新葉の一部が枯れ始める、新葉展開が認められない、枯死した幼葉の散見、幹最上部(生長点付近)での穿孔が散見される場合は、初期段階の被害樹と判断される。

<被害後期>
 上方に伸長した葉の欠落が起こり、側方の葉のみになる。その後、次第に、側方の葉も枯れ始める。この状態になると、進行は早く、一気に、被害終期に向う。この状態からの回復はきわめて困難である。

<被害終期>
 側方の葉も枯死し、次第に力なく垂れ下がる状態となる。葉は褐変し、立ち枯れ状態となる。被害状況に応じて、伐採、焼却処分が必要となるが、立ち枯れたフェニックスは、後始末が大変である。また、既述したとおり、フェニックスは、幼虫の食害が進むと、植物内部の腐敗が起こる。このため、立ち枯れを起こしたフェニックスは、台風などの悪天候で容易に倒木する可能性がある。通常のフェニックスは、高さ5m、重さ1~2トンになり、倒木すると非常に危険である。



3. バイオセーフ(スタイナーネマ カーポカプサエ剤)の防除効果

バイオセーフの有効成分である、スタイナーネマ カーポカプサエという昆虫寄生性線虫は、害虫の幼虫体内に侵入(感染)し、幼虫体内組織を破壊、摂食して増殖し、感染後約48時間以内で幼虫を死亡させる。線虫が、唯一宿主体外で生存できるのが、感染態3期ステージである。バイオセーフは、このステージの線虫を製剤化した、生物製剤(生物農薬)である。既に、芝のシバオサゾウムシに登録を取得しており、さらに、食用分野での登録も取得している。以下に適用表を示した。



作物名
適用害虫名
使用量
使用時期

本剤の
使用回数
使用方法
スタイナーネマ カーポカプサエを含む農薬の総使用回数

シバオサゾウムシ幼虫 タマナヤガ
2億5,000万頭/10a
発生初期

1m2当り0.5.~2L散布

かんしょの茎葉
アリモドキゾウムシ イモゾウムシ
成虫発生
初期
かんしょ
1m²当り0.5~2L土壌灌注
いちご
ハスモンヨトウ
老齢幼虫発生期
果樹類
モモシンクイガ
夏繭が形成される時期~羽化脱出前まで
いちじく
キボシカミキリ幼虫

産卵期~
幼虫喰入期
2,500万頭(約10g)を2.5Lの水に希釈し、主幹及び主枝の産卵箇所に薬液が滴るまで塗布又は散布

花き類・観葉植物
キンケクチブトゾウムシ

幼虫発生
初期
250万頭(約1g)を7~14Lの水に希釈する。1株当り300ml株元灌注
ヤシ
ヤシオオオサゾウムシ

幼虫発生期
7,500万頭(約30g)を25Lの水に希釈し、樹頂部に散布
▲ 第1表 バイオセーフの適用害虫と使用方法


(1)ヤシオオオサゾウムシに対する効果試験の結果
<室内試験>
飯干らによって、フェニックスから採取した、ヤシオオオサゾウムシの成虫、老齢幼虫を使用し、バイオセーフの有効成分であるスタイナーネマ カーポカプサエ(以下S.カーポカプサエ)の基礎活性が確認されている(飯干ら、2004)。その結果、S.カーポカプサエは、ヤシオオオサゾウムシに活性を有し(第1図)、死亡率が低い場合も、死亡個体からは感染性を有するS.カーポカプサエが確認された。この結果から、野外でのヤシオオオサゾウムシの防除にバイオセーフが利用できる可能性がある事が示された。 また、このときの結果から、その実用性使用頭数を3,000頭/mLとした。
▲第1図 ヤシオオオサゾウムシ幼虫対する活性

<委託試験:野外試験>
 2003年および2004年に、日本植物防疫協会に委託し、野外での試験を含めた、効果薬害試験を日植防研宮崎試験場で実施した。本試験では、前出の飯干らが担当となり、既に被害の確認されているフェニックスでのバイオセーフの効果薬害の確認試験と、健全樹におけるバイオセーフによる保全効果(含む薬害)について検討された。

  第2表は、3,000頭/mLの薬剤調製液を被害の確認されたフェニックスに10L/樹の水量で、樹冠部に灌注処理を行ない(3,000万頭/10L/樹)、処理10日後に樹冠部を解体し、各ステージのヤシオオオサゾウムシを採取、調査した結果である。

項目 調査個体数 生存数 死亡数 死亡率(%) バイオセーフ感染個体数 感染率(%)
ヤシオオオサゾウムシ            
幼虫 1 0 1   1
6 0 6   3  
成虫 19 0 19   17  
合計 26 0 26 100 21 80.8
▲ 第2表 バイオセーフ処理10日後のフェニックス樹冠部解体調査結果(2003年7月10日)

 第2表に示したとおり、いずれのステージにおいても、すべての個体が死亡しており、その80%以上の個体がS.カーポカプサエに感染していた。また、処理10日後および30日後の腐植物中のS.カーポカプサエによる昆虫感染率を検定したところ、それぞれ、約43%、約7%で、感染性は低下するものの、処理後の2次感染の可能性と条件さえ整えば30日間程度の残効性の可能性が示唆された。 さらに、本結果を元に、健全フェニックスの3樹に対し、発生盛期である6~9月に、3,000万頭/10L/樹の薬量で、樹冠部灌注処理を3回行ない、樹勢の変化を観察した。

処理量3,000万頭/10L/樹 調査樹数 第1回処理後試験期間中の被害樹数
処理前 27日後
(2回目処理)
60日後 96日後 104日後
(3回目処理)
142日後 薬害
試験区 3 0 0 0 0 0 0 なし
対照区(無処理) 49 0 0 0 0 1 8
▲ 第3表 バイオセーフ処理後のフェニックス被害樹数調査結果(第1回処理:2004年6月10日)

 バイオセーフ無処理のフェニックスは、試験期間において、被害が徐々に観察され、試験開始後、約3ヵ月ごろ(9月下旬)から、被害樹が散見された。バイオセーフ処理樹においては、被害が観察されなかったことから、フェニックス健全樹の保全に効果があったと判断された。

  以上の結果より、フェニックス(ヤシ)における、ヤシオオオサゾウムシの防除にバイオセーフは有効であり、現場での防除に実用性があると判定された。



4.実場面での防除方法

 バイオセーフ(スタイナーネマ カーポカプサエ剤)がヤシオオオサゾウムシの幼虫に効果がある事、実際のフェニックス(ヤシ)に加害したヤシオオオサゾウムシの防除に実用性がある事も確認されたが、バイオセーフは生きた線虫(S.カーポカプサエ)を用いた生物農薬であるため、実際の使用に際しては注意が必要であり、その使用方法にもある種の「コツ」がある。ここでは、使用に際しての注意と確実な効果をあげるための「コツ」について示し、被害現場での防除方法確立の一助とする。

<温度>
  有効成分の線虫(S.カーポカプサエ)は、各種温度(保存温度、調製液温、使用時気温等)でその行動、活動等に影響を受け、その結果、効果発現に影響する。そのため、確実な効果発現には、線虫の温度における特性を知り、使用時の温度に注意する必要がある。





5.さいごに

 バイオセーフによる、ヤシオオオサゾウムシの現場での防除方法について、得られる情報から検討してきたが、いまだ、現場での詳細な確認はなされていない。生物農薬という、使用上の細心の注意が必要な薬剤であるため、更なる検討が必要であるが、一方で、ヤシオオオサゾウムシの被害の進展はやはく、対策が急務である。バイオセーフ供給会社としても、防除の一助となるよう、関係各所と出来る限り協力体制をとっていく予定である。

  今回の開発は、日植防研宮崎の飯干先生(現日植防研高知)らの室内試験が端緒となり、SDSが登録に向け検討を始めた。実用性試験(委託試験)も飯干先生が主査として行なわれた。現場での試みが開発に結びついた好例である。有効成分である線虫(S.カーポカプサエ)は、実験室レベルの高濃度試験において広い宿主範囲を示す(第4表)。既に述べたように、環境要因により生存に不安定さがあるため、実際の天然宿主範囲は、土壌に棲息する感受性の高い、「出会える機会」のある昆虫に限られる。しかし、われわれSDSは、すべての天然宿主範囲を調べたわけではない。また、その生活史から、予想外の「出会える機会」を持った対象害虫がいるかもしれない。今回のように現場で着目された対象害虫、地上害虫でありながら、幼虫期を土壌中で過ごすため、対象害虫となったモモシンクイガのように、現場からの「出会える機会」の情報は、バイオセーフの開発にとって非常に重要な情報である。SDSは、今後も現場からの「出会える機会」の情報の収集に努め、バイオセーフの機能拡大に生かしていこうと考えている。

((株)エス・ディー・エス バイオテック)

目(類)名 科名
甲虫目 シバンムシ科、ナガシンクイムシ科、マメゾウムシ科、ハムシ科、
ゾウムシ科、コメツキムシ科、ケシキスイ科、ゴミムシダマシ科
半翅目 異翅類 カメムシ科、ホシカメムシ科
同翅類 アブラムシ科、コナカイガラムシ科
膜翅目 ハバチ科
鱗翅目 ヒトリガ科、カイコガ科、キバガ科、シャクガ科、ヤガ科、アゲハチョウ科、
シロチョウ科、メイガ科
直翅目 ゴキブリ科
▲ 第4表 スタイナーネマ カーポカプサエの活性スペクトラム(高濃度室内試験)

<参考文献>
・吉原一美・奥島雄一(1999)
 岡山県で発見されたヤシオオオサゾウムシ,しぜんしくらしき,31:3-4

・阿万暢彦・黒木修一・中村正和・後藤弘(2000)
 宮崎県におけるヤシオオオサゾウムシの発生について,九病中研会誌,46:127-131

・吉武 啓・正岡 適・佐藤信輔・中島 淳・紙谷聡志・湯川淳一・小島弘昭(2001)
 福岡県におけるヤシオオオサゾウムシの発生とさらなる北進の可能性について,九病中研会誌,
  47:145-150 平成15年度生物農薬委託試験成績集(2003),
  日本植物防疫協会 平成15年病害虫発生予察特殊報第1号:三重県病害虫防除所(2003)

・飯干浩美・徳原 隆・田村光章(2004)
 スタイナーネマ・カルポカプサエ剤(バイオセーフ)によるフェニックスのヤシオオオサゾウムシ防除について,九病中研会誌, 50:126 平成16年病害虫発生予察特殊報第1号:熊本県病害虫防除所(2004)

・平成16年度生物農薬委託試験成績集(2004)
 日本植物防疫協会

・吉本喜久雄(2005)
 長崎県におけるヤシオオオサゾウムシによるヤシ類の被害分布態及び樹幹注入剤による予防効果(2005) ,
 第61回 日本森林学会 九州支部会

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