在来種クロマルハナバチの利用について
農薬ガイドNo.111/C(2006.8.16) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:光畑 雅宏
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はじめに

 1991年12月、ベルギーよりもたらされたセイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)による自然授粉技術は、ホルモン剤(植物生長調整剤)の噴霧により結実させる人工授粉作業という重労働から生産者を解放するだけでなく、その生産物に、①果実重量の増加、②糖度やビタミンCなどの成分含有量の増加、③果実硬度の上昇など収量、秀品率の上昇をもたらした。また、マルハナバチ商品の流通のみで見れば十数億円程度の産業であるが、利用する農業従事者の削減された労働コスト(人件費×時間)や農生産物の流通などから試算すると500億円以上にものぼる経済効果があると推定された(五箇ら、2003)。加えて、マルハナバチの導入は安心野菜のイメージを消費者に与えている。マルハナバチを利用するハウスは、化学合成農薬の散布制限を受けることがその理由であり、またこのことが、天敵昆虫など生物農薬利用の牽引役としての役割も果たさせている。

 しかし、マルハナバチの利用は1992年より本格的な導入が始まり、今日もその需要は拡大して続けているものの、その利用方法が誤って理解され、適正に指導または利用されていないケースも少なくない。

 その代表的な例が施設換気部への逃亡防止用のネットの展張であろう。トマト、ナスのように花蜜を分泌しない花、加えてトマトのように花粉の量が極端に少ない花であれば、ハウス外のより多くの花粉と花蜜を提供してくれる花を選好してしまうのは必然である。また、ハウス外に働きバチが飛翔することで、モズ、セキレイやムシヒキアブなどの天敵による被害や露地作で散布される化学農薬によるトラブルも発生しうる。このような様々なトラブルは換気部分にネットを展張することで回避できる。加えて、逃亡防止用のネットの展張は大型鱗目害虫の施設内への侵入も予防することができ、利用上のメリットは大きいものと考えられる。残念ながら、アリスタライフサイエンス(株)が2003年に行なった調査では、マルハナバチがハウス外に飛散しないようにネットを施設換気部に展張している割合は高いとは言えない結果が出た(第1図)

▲第1図 マルハナバチ利用施設におけるネットの展張率(光畑、和田 2005)


外来生物法とセイヨウオオマルハナバチ

 利用施設の換気部にネットが張られていないために発生する弊害がもう一つある。逃げ出したセイヨウオオマルハナバチの野生化による在来生態系への影響である。  ヨーロッパ域からアフリカ北部に広く分布するセイヨウオオマルハナバチは競争力の強いハナバチであることが知られ(松村ら、2004)、日本在来のハナバチの衰退をもたらす可能性があることが示唆されている。1996年に北海道でセイヨウオオマルハナバチの野生巣が発見されて以来、野外での女王バチや自然巣の捕獲例は増加傾向にあり、本種の定着が進行しつつあることが示されている(Matsumura et al., 2004)。

 セイヨウオオマルハナバチが在来生態系に与える影響の可能性は、政府が2004年6月2日に公布した『特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(以下外来生物法)』を受けて開催された専門家会合の中でも共通認識として確認され、このハチの輸入や使用を規制、管理することが検討された。セイヨウオオマルハナバチに関しては専門家会合の下部会合として位置づけられるセイヨウオオマルハナバチ小グループ会合にて検討された結果、「毎年、継続的に大量のコロニーが利用されていることを考えると、そのまま野外への逸出が続けば在来のマルハナバチ類および植物群落への影響が増大し、わが国の生態系に対し、重大な被害を及ぼすおそれが高い」とし、「セイヨウオオマルハナバチを特定外来生物に指定すること」が決定した。今夏頃の政令施行後、セイヨウオオマルハナバチは環境省から許可されたネット展張等、適正に管理されたハウスでのみ利用が可能となる見込みである。



代替技術としての在来種マルハナバチ

 このような状況の中で、農林水産省は平成16年度農業生産の技術指導通知における「ネットの展張、巣箱の適正な処理に係る指導」に加え、平成17年度より「在来種マルハナバチへの切り替えを指導する」こととしている(庭瀬、2005)。

 日本にも16種6亜種の在来のマルハナバチが分布しており、商業的生産の実用化に関する検討が1992年のセイヨウオオマルハナバチの国内への本格導入当初から生態影響を危惧する研究者から提案され、玉川大学や島根大学などで行なわれてきた。また、1997年度から3年間、「日本産ポリネーターの大量増殖技術の確立」という課題名で民間企業3社と玉川大学の協同により農林水産省新産業技術開発事業の助成を受けて実施された。

 これらの研究は、特にセイヨウオオマルハナバチと同じオオマルハナバチ亜属(Bombus)に分類され、営巣規模もほぼ同等と考えられるオオマルハナバチ(B.hypocrita hypocrita)とクロマルハナバチ(B.ignitus)を中心に進められ、1998年の7月~9月の2ヵ月間、アピ(株)がオオマルハナバチを試験的に販売した。

 また、1999年からはアリスタライフサイエンス(株)(旧(株)アリスタ ライフサイエンス 生物産業部)が、提携先であるオランダ コパート社とクロマルハナバチの商業的な大量増殖に成功し、北海道を除く全国のトマト、ナス産地への販売を行なっている(第2図)。施設内における1巣箱当りの利用可能面積や利用期間はセイヨウオオマルハナバチのそれと比べても遜色はない(第2図)。このため、クロマルハナバチの出荷群数は年を追う毎に増加している。これは、セイヨウオオマルハナバチとは異なるクロマルハナバチの特長が利用者に受け入れられているものと考えられる。

 利用者から多く聞かれる意見は、①メス(女王バチ、働きバチ)とオスの識別が容易、②おとなしい、③働きバチの体サイズが大きく施設内での観察が容易、などが挙げられる。

 営巣活動の中後期にはマルハナバチのコロニーではオスの生産が盛んに行なわれ、解散間際には施設内や巣箱内はほぼオスに切り替わる。クロマルハナバチのオス個体は頭部、胸部、腹部T2域までは鮮黄色の毛で覆われ、一目で、働きバチと異なることが分かる。
①については、このことがコロニー更新時の判断の一助となっている。つまり、バイトマークも観察できなくなり、施設内、巣箱内にはオスしか確認できなくなれば、その巣箱はトマト、ナスなどの施設では利用価値がなくなったことを教えてくれる。
  ②については、科学的にセイヨウオオマルハナバチとの比較をすることは困難であるが、取り扱いが容易であるというメリットにつながる。
  ③においては、クロマルハナバチの働きバチの頭幅は4.2~5.2mmと(鷲谷ら、 1997)、国内でも最も大型の種であることがその理由であろう。

 ただし、その反面ワーカーの個体数の増加が遅く、セイヨウオオマルハナバチと比較すると、施設導入直後は飛翔個体数が少なく感じる、との不安の声も聞かれた。これは、施設導入当初から乾燥花粉粒を継続的に給餌することで補うことができると考えられる。加えて、散布された化学農薬の残留影響日数の差や紫外線カットフィルム被覆条件下での活動差などを指摘する意見もあり、生態のみならず実使用場面におけるセイヨウオオマルハナバチとの特性比較は、今後の検討課題と言える。


▲第2図 トマトに訪花するクロマルハナバチの働きバチと施設内の活動日数
  (光畑、和田 2005)


おわりに

 昨年からの外来生物法におけるセイヨウオオマルハナバチの取り扱いに関する一連の報道を受け、クロマルハナバチに切り替える生産者や生産団体も少なくない。しかし、安易な切り替えは新たなる生態リスクを生み出す危険性を指摘する研究者もいる。つまり、在来種というくくりは、人間の恣意的な境界線である「国境線」が反映されるものであり、生物の自然分布からなる「生物境界線」が定義されているものではないためである(五箇、2003)。

 たとえば、北海道と本州の間にはブランキストン線という生物境界線が存在する。クロマルハナバチは北海道には分布していない。そのため、クロマルハナバチは北海道では外来種であり、商業的に生産されたクロマルハナバチを北海道に導入すれば、セイヨウオオマルハナバチと同じ生態リスクが生じることになる。

 また、商業的に生産された遺伝的多様度が減少した個体群が野外に漏出した場合、もともとその地に分布するクロマルハナバチの地域固有の遺伝子を攪乱する可能性がある(五箇、2002)。これらのことから、法的な規制はなくとも、在来種マルハナバチを利用する場合にも逸出防止のためのネットの展張は必要である。もちろん、利用上の側面からもネットを展張することは有用であり、野外の花への訪花、天敵による被害の防止など在来種マルハナバチに施設内で安定的に授粉活動をさせるための最低条件と言える。

 このような取り組みをした上で、マルハナバチによる授粉技術が維持されてこそ、「持続可能型」「環境保全型」の農業は世界に誇れるものとなろう。

(アリスタライフサイエンス(株))

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