1.長野県におけるリンゴ炭疽病の発生動向
炭疽病は果実を腐敗させることから、いったん発生した場合の被害は大きく、また、二次感染が途絶えない防除困難な病害である。ニセアカシアなど伝染源植物の多い河川敷沿いの地帯や、中山間地の谷間の圃場では年により多発し大きな被害をもたらす。また、近年その発生は広域化し、問題となる地域は広がっており、かつてはどちらかと言えば「マイナー(ローカル)な病害」であったが現在は主要病害といえるまでになっている。最近では1998、1999年(平成10、11年)には2年続けて多発し問題となった。 |
▲リンゴ炭疽病り病果実
(品種「王林」)「王林」は非常にかかりやすい品種 |
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▲リンゴ炭疽病り病果実
(品種「つがる」病斑部くぼむ) |
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▲多発時に見られる停止型病斑
腐敗することはほとんどない |
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▲病斑上に形成された鮭肉色の分生胞子
二次感染の原因となる |
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2.リンゴ炭疽病の病原菌
炭疽病の病原菌は古くからColletotrichum gloeosporioides(Glomerella cingulata)が知られているが、Colletotrichum acutatumによる被害や分布も報告されている。長野県主要リンゴ産地における2種の菌の分布を調査した結果では、本県においても2種の菌が存在するが、分離比率では、圧倒的にC.gloeosporioidesが多く、C.acutatumは僅かであった。なお、リンゴに対する病原力は接種試験の結果C.gloeosporioidesが強いことが報告されており、本県では主要種はC.gloeosporioidesと考えられる。しかし、中にはC.acutatumが高率に分離される圃場もある。
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▲Colletotrichum gloeosporioidesの
分生胞子 |
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▲C.acutatumの分生胞子 |
3.リンゴ炭疽病の伝染源
炭疽病の伝染源としてはニセアカシア、イタチハギ、シナノグルミ、オニグルミが知られている。長野県においては、ニセアカシア、クルミ類が主要な伝染源と考えられる。伝染源の近くの圃場は、一般には少発生の年でも被害を受けることが多い。伝染源からの影響は植物の大きさにもよるが概ね40~50mである。一方、多発年の特徴として、必ずしも近隣に伝染源種植物が存在しなくても、大きな被害を受ける圃場が散見されることもあることである。このことは、新たな伝染源植物が存在するか、あるいは園内に定着した病原菌によって発病していることも推察させる。過去本県で行なわれた越冬量の調査では、概してリンゴ樹からの炭疽病菌の分離率は低く、樹内に定着している可能性は一般には低い。しかし、まれに分離率の高い圃場も認められることから、圃場に定着した菌が伝染源となっていることも考えられる。
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▲リンゴ炭疽病
防除効果試験実施状況
樹上に見えるのは伝染源として設置した、炭疽病菌を培養した休眠枝の束 |
▲リンゴ炭疽病の重要な
伝染源植物であるニセアカシア |
▲落葉後もニセアカシア
樹上に残る夾果
翌年の梅雨期にはここに多量の分生胞子が形成され風雨とともにリンゴ園へ運ばれる |
4.防除対策
病原のリンゴ樹内の越冬量は一般に少ないが、ニセアカシア、クルミ類など伝染源植物中での越冬は高率になされることが多い。多発圃場の多くは無防除の伝染源植物が近隣にあるわけであり、これらを除去することは有効である。実際に市町村などが中心となり伐採を実行した例もあるが、実際に伐採を実行しようとすると、われわれが想像していないような問題も発生する。伐採しようとしたニセアカシアを含む河川敷の雑木林が野鳥の営巣場所になっており、関係者に対し十分な説明や、伐採の有効性を示すことが必要となった例もあった。このように伐採を実行しようとする場合には、各方面への十分な説明と理解が必要となることから、簡単にはできないのが現状である。このような状況の中では、伝染源に極く近い場所では比較的炭疽病にかかりにくい品種の選択、主要感染期間を有袋にするなどの対策も検討する必要がある。
かつてはボルドー液が炭疽病防除に使用された時期もあったが、マイナー病害であったこともあり、登録薬剤、試験例とも少なかった。発生の増加とともに、各種殺菌剤の防除効果が検討され、その結果オーソサイド水和剤が炭疽病に高い効果を示すことが解った。試験結果を受け、炭疽病の多発園地では対策にオーソサイド水和剤の散布が実施されるようになった。その後炭疽病に対する防除試験も多く実施されるようになり、各種試験からは、オーソサイド以外ではプロピネブ、ジラム・チウラム、マンゼブ、ジチアノンおよび、ストロビルリン系薬剤の効果が高いことが解り、防除対策には各種薬剤を組み合わせることができるようになった。この他TPN剤やフルオルイミド剤の効果が高いことも解ったが、長野県においては薬害発生の危険があることから、現在のところ炭疽病防除場面での使用は指導していない。
炭疽病の主要な感染時期は6月上旬から8月いっぱいまで、場合によると9月に入っても危険な場合もある。このため防除対策は長期間におよび、複数の薬剤、できれば系統の異なる薬剤が防除対策には必要である。前記の薬剤のうちプロピネブ、ジラム・チウラム、マンゼブ、ジチアノンなどは適正使用基準上、散布から収穫までの期間を長く開ける必要があり、早生種である「つがる」栽培園、あるいは「つがる」を含む混植園では使用可能な時期が限られ、6月中かせいぜい7月上旬までとなる。また、8月に後半になると「つがる」の収穫間際になるため使用時期が収穫前日や収穫3日前などの短いものでないと使えない状況にあり、ストロビルリン系剤が選択されることが多い。ストロビルリン系薬剤は、抵抗性の問題が気がかりなため年2回程度の使用にとどめたい。そこで、炭疽病防除対策としてはトロビルリン系薬剤の使用時期との間を埋める剤としてオーソサイド水和剤あるいは有機銅剤との混合剤を使用することが多い。
供試薬剤 |
希釈倍数 |
調査果数 |
発病果率(%) |
防除価 |
薬害 |
樹 上 |
貯 蔵 |
合 計 |
プロピネブ顆粒水和剤 |
500倍 |
72.5 |
2.9 |
2.4 |
5.5 |
92.6 |
- |
マンゼブ水和剤 |
600倍 |
43.5 |
2.0 |
0.0 |
2.0 |
97.3 |
- |
ジチアノンフロアブル |
1,000倍 |
54.5 |
0.0 |
0.0 |
0.8 |
98.9 |
- |
ジラム・チウラムフロアブル |
500倍 |
46.0 |
3.8 |
0.0 |
3.8 |
94.9 |
- |
オーソサイド水和剤 |
800倍 |
75.5 |
11.0 |
2.8 |
13.8 |
81.5 |
- |
無散布 |
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72.0 |
71.0 |
3.8 |
74.6 |
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▲第1表 リンゴ炭疽病に対する各種薬剤の効果-1(2000)
品種:つがる(わい性台樹) 5年生 区制・面積:1区3~4樹 2反復
処理日・方法:20002年6月15日、29日、7月13日、27日、8月2日、10日の合計6回散布した。
調査日・方法:2000年8月21日に樹上の発病果を調査計数し除去し、8月25日には全果実を収穫し、発病の有無を調査するとともに、
健全果は9月14日まで貯蔵調査し、発病果率を算出した。
6月16日~8月23日の間伝染源として、炭疽病菌(Colletotrichum gloeosporioides)を培養したリンゴ休眠枝を各区中央に設置した。 |
供試薬剤 |
希釈倍数 |
調査果数 |
発病果率(%) |
防除価 |
トリフロキシストロビンF |
2,000倍 |
63.0 |
0.0 |
100.0 |
ジチアノンフロアブル |
1,000倍 |
62.5 |
2.4 |
94.4 |
マンゼブ水和剤 |
600倍 |
74.5 |
2.2 |
94.9 |
キャプタン・有機銅水和剤 |
500倍 |
70.5 |
1.4 |
96.6 |
オーソサイド水和剤 |
800倍 |
63.5 |
4.7 |
89.1 |
無散布 |
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59.0 |
43.0 |
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▲第2表 リンゴ炭疽病に対する各種薬剤の効果-2(2001)
供試品種:つがる(わい性台樹)6年生 区制:1区2~3樹、2連制
処理日・方法:2001年6月12日、22日、7月3日、16日、30日、8月13日の合計6回散布した。
調査日・方法:2001年8月21日に全果実を収穫し、発病の有無を調査するとともに、健全果は9月19日まで室温で貯蔵して、発病の有無を
調査し、累積発病果率を算出した。
6月19日~8月21日の間培養した炭疽病菌(Colletotrichum gloeosporioides、C.acutatum)を
培養したリンゴ休眠枝を樹上約1.5mの位置に設置した。 |
分離場所 |
品種 |
分離率(%) |
C.gloeosporioides |
C.acutatum |
長野市 |
王林、ふじ |
100 |
0 |
梓川村 |
新世界、紅玉 |
100 |
0 |
塩尻市 A |
ふじ |
100 |
0 |
B |
王林、ふじ |
89.7 |
10.3 |
C |
ふじ |
0 |
100 |
D |
ふじ |
100 |
0 |
阿智村 A |
陽光、ふじ |
83.3 |
16.7 |
B |
ふじ |
0 |
100 |
飯田市 |
王林 |
80.0 |
20.0 |
▲第3 表 長野県下各地のリンゴ炭疽病菌の種類(2000年) |
部位 |
A 園 |
B 園 |
調査数 |
検出率(%) |
調査数 |
検出率(%) |
C.g |
C.a |
計 |
C.g |
C.a |
計 |
果台 |
200 |
7.5 |
1.5 |
9.0 |
200 |
36.5 |
20.5 |
57.0 |
頂芽 |
121 |
|
|
0 |
135 |
14.5 |
11.0 |
37.8 |
腋芽 |
200 |
4.0 |
3.5 |
6.5 |
200 |
5.0 |
24.0 |
29.0 |
皮目 |
200 |
|
|
0 |
200 |
6.5 |
20.0 |
26.5 |
▲第4表 リンゴ炭疽病菌のリンゴ樹内の越冬量(2000)
C.g=Colletotrichum gloeosporioides、C.a=C.acutatum |
5.防除上の問題点
現地において、効果がある薬剤を使用しているにもかかわらず、炭疽病の被害をうけるとの話を聴くことがあり、薬剤の効果について疑問をもつ生産者もある。そのような場合には、いくつかの問題点が考えられる。一つは防除タイミングであり、生産者の中には散布予定日前後に降雨が予想される場合、降雨前に散布すると「農薬が雨で流されてしまいもったいない」といった考えから降雨後に薬剤散布を実施している事例があり、予防効果主体の殺菌剤に対しては大変危険な考えである。次に、散布薬量が少なかったり、枝が込み合っているため果実に十分薬剤がかかっていないことなども原因として考えられる。防除効果が安定しない園地では、こういった防除に対する基本的事項をもう一度確認することも重要である。なお、炭疽病に対する防除薬剤を選択する時には、同時期に防除が必要となる他の病害(長野県の場合、主として輪紋病)に対する防除効果も把握しておかなければならない。 (長野県果樹試験場) |