野菜産地では、レタス腐敗病及びキャベツ黒腐病が多発し、大きな被害を及ぼしている。両病害は、従来の化学合成農薬では防除が難しいため、新たな防除技術の開発とともに、環境にやさしい農薬の開発が望まれていた。
長野県野菜花き試験場では、健全なレタスの葉から得られた微生物から、両病害に防除効果を特つ微生物を発見し、農薬メーカーと共同でレタス腐敗病防除およびキャベツ黒腐病防除に有効な微生物農薬「ベジキーパー水和剤」を開発した。ここではその開発の経緯や製剤の特徴、効果的な利用法などを記す。
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▲キャベツ黒腐病 |
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▲レタス腐敗病 |
1.生物農薬「ベジキーパー水和剤」開発の経緯
試験は1996年(平成8年)より着手した。レタスの葉にもともと存在する細菌の中に、腐敗病に対する防除効果を発揮する細菌がいるのではないかと考え、長野県内のレタス圃場より多数のレタス葉面細菌を分離した。分離源として供試したレタスは、腐敗病が無発病のものか、わずかに病徴が認められるものである。レタスに対して病原性がなく、室内実験及び圃場試験で腐敗病発病抑制効果を有する菌株を選抜し、安定して発病抑制効果が高かったシュードモナス フルオレッセンスG7090株を得た。そこで本菌を生物農薬とするため、(株)セントラル硝子と共同研究を行ない、G7090の製剤化を図った。水和剤として製剤化に成功し、2000年よりレタス腐敗病に対する農薬登録に係わる各種試験を開始し、2005年(平成17年)8月にベジキーパー水和剤としてレタスに農薬登録された。
2.ベジキーパー水和剤とは
上記の通り、ベジキーパー水和剤は、野菜花き試験場がレタス健全葉から分離したシュードモナス フルオレッセンスG7090株という細菌(以後ベジキーパー菌)を、メーカ-との共同研究により水和剤として製剤化したもの(生菌製剤)である。シュードモナス フルオレッセンスという細菌は、特に珍しい細菌ではなく、土壌中や植物体表面上にごく普通に生存しているありふれた細菌である。しかし人それぞれ個性があるように、一口にシュードモナス フルオレッセンスといっても特性は個々の菌株毎に異なる。レタス腐敗病に対する発病抑制効果を有するシュードモナス フルオレッセンスの中の1菌株を選抜・発見したというわけである。本菌はグラム陰性、好気性の細菌であり最適生育温度は15~30 ℃である。ベジキーパー水和剤をレタスに散布すると、ベジキーパー菌がレタス葉面に定着し、レタス腐敗病菌と葉面で競合することにより防除効果が得られると考えられる。 |
▲ベジキーパー水和剤 |
3.登録内容は
現在の登録内容は、第1表の通りである。レタス腐敗病に対し1,000倍で散布する。使用時期は発病前~発病初期であり、収穫前使用日数の制限はない。また総使用回数の制限もない。後述するが、本剤はキャベツ黒腐病にも防除効果があり、先般、キャベツ黒腐病および非結球レタス腐敗病にも適用拡大された。
作物名 |
適用病害名 |
希釈倍数 |
使用方法 |
使用時期 |
本剤の使用回数 |
散布液量 |
レタス |
腐敗病 |
1,000倍 |
散布 |
発病前
~発病初期 |
- |
100~300L
/10a |
非結球
レタス |
キャベツ |
黒腐病 |
▲第1表 ベジキーパー水和剤の登録内容(2006年5月31日現在) |
4.防除効果はどのくらいか
製剤化前の生菌および、製剤化しかベジキーパー水和剤の防除効果を数多く検討してきた。その結果の一部を第2表に示す。第2表では、接種による中発生条件の試験である。ベジキーパー水和剤の1,000倍液は対照薬剤のZボルドーの500倍と比較し、優る防除効果であった。無処理区との比較では、防除効果が認められた。野菜花き試験場佐久支場における試験でも、2003年の試験では、ベジキーパー水和剤の1,000倍液は対照薬剤のZボルドーの500倍と比較し、同等の防除効果であった。これは自然発生による少発生条件の試験である。
試験結果はケースバイケースだが、少~中発生では、総じて対照薬剤(Zボルドー等)と同等の防除効果である場合が多い。多発条件下では、さすがに防除効果は低くなるが、それは殺菌剤も同様である。
供試薬剤 |
希釈倍数 |
調査株数 |
発病株率(%) |
発病度 |
防除価 |
薬害 |
ベジキーパー水和剤 |
1,000倍 |
40 |
19.2 |
9.5 |
72.2 |
なし |
Zボルドー |
500 |
40 |
25.0 |
17.8 |
48.0 |
あり*) |
無処理 |
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40 |
50.0 |
34.2 |
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▲第2表 ベジキーパー水和剤のレタス腐敗病に対する防除効果(2002、野花試)
*)対照薬剤に外葉葉身部が褐色班点状を呈する薬害が発生。実用上間題なし。
試験場所:野菜花き試験場内 定植:5月14日 品種:シナノサマー
栽植密度:45cm×30cm 区制・面積:1区13.5m2(3m×45m)フ5株 3連制
薬剤散布:6月5日、12日、19日に背負動噴で所定濃度の薬液を10a当り250L散布。
6月13日P.cichoril細菌懸濁液(×107cfu/ml)を150ml/m2の割合で、噴霧器接種。
供試薬剤には展着剤アイヤー(10,000倍)を毎回加用。腐敗病の発生状況 中発生
調査:6月26日に、各区40株について程度別に調査。 |
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▲ベジキーパー水和剤現地試験(左:体系防除区、右:無処理区) [2005年 軽井沢町]
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5.効果的な利用法(レタスの場合)
本剤は薬害を生じず、収穫前使用日数の制限がない。ならば、殺菌剤による防除が事実上困難な結球期以降に使用するのが得策だ。ただ、本剤は、レタスにおいては基本的に腐敗病にしか十分な防除効果が期待できない。そこで結球期前までは、銅剤により各種病害の総合防除を図り、その後、ベジキーパーを使用するのが効果的な利用法と考えられる。
その考えの基、実際に試験してみた。現地試験の薬剤散布実績の一例を示す(第3表)。結球期までは無機銅剤(有機銅でも構わないが)で防除し、結球期からベジキーパーを散布した。複数の試験結果から、腐敗病に対し、ベジキーパー体系防除区は慣行防除区に優る高い効果が認められた。軟腐病の発生は、慣行防除区と同等であった。このように結球期までの銅剤散布により、軟腐病の発生は実用上問題ないレベルに抑えられた。ただし、この体系では斑点細菌病の発生が十分抑えられないので、斑点細菌病が多発しそうな場合(感受性品種を栽培し、外葉に病斑が散見され、降雨が続きそうな場合)、結球期以降は殺菌剤による斑点細菌病防除にシフトする。また糸状菌病(べと病、菌核病、灰色かび病など)もこの体系では十分でないので、産地、圃場の状況に合わせて殺糸状菌剤を加える。この体系は、あくまで腐敗病を主要対象にした防除であるので、梅雨期、秋雨期の腐敗病の発生が予想される時期はこれを基本にされるとよい。しかし軟腐病が多発する盛夏期では、後半ベジキーパーに替えてバイオキーパー水和剤等を入れてもよい。
当然のことだが、耐病性の高い品種の選定、圃場衛生など、薬剤のみでなく総合的な病害虫防除を心がけたい。
処理区 |
定植5日後(6/20) |
定植10日後(6/24) |
定植14日後(6/30) |
定植22日後(7/7) |
定植28日後(7/13) |
定植34日後(7/19) |
43日後 |
ベジキーパー体系区 |
- |
Zボルドー(w) |
Zボルドー(w) |
ベジキーパー(w)十ゲッター(w) |
ベジキーパー(w) |
ベジキーパー(w) |
ベジキーパー(w) |
慣行防除区 |
キノンドー(w) |
アグリマイシン100(w) |
スターナ(w) |
スクーナ(w)十ダコニール1000(F) |
ゲッター(w) |
バリダシン
(L)5 |
調査 |
無処理区 |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
▲第3表 ベジキーパー水和剤を基幹とした殺菌剤体系防除試験防除実績(2005) |
6.気を付けたい点
短所とも言える点も記しておく。まず汚れ。本剤は白色粉状の薬斑が、葉の凹んだところに付着しやすい。散布後、雨など降れば流されて問題ないが、散布後乾燥が続いて、球に薬斑が残ると気になる。そこで、いくら収穫前使用日数の制限がないからといって、収穫直前に散布するのは避けたい。
防除効果も、常に安定しているとは限らない。これは微生物農薬の宿命ともいえるのだが、ベジキーパー菌が、安定してレタス葉に定着してくれないと防除効果が発揮されない。予防的散布が重要であり、腐敗病菌が感染する前にベジキーパー菌が十分レタスに定着できれば、防除効果が発揮できるだろう。
腐敗病菌はレタス葉面で、ある一定の数まで増殖すると感染し、発病することが明らかとなっている。ベジキーパー菌はレタス葉上で腐敗病菌を一網打尽に殺菌するのではなく、腐敗病菌の増殖を抑制するのである。腐敗病菌の数が、一定のレベル以下に抑えられていれば、腐敗病菌が居ても発病は免れるのである。
7.今後は
本剤はキャベツ黒腐病にも防除効果があり、先般、キャベツ黒腐病に適用拡大された。キャベツでも体系防除試験を行なっている。さらに他病害に対する効果も検討中である。
(長野県野菜花き試験場)
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